事業譲渡とは
事業譲渡契約とは、事業譲渡を行う場合に、譲渡する側と譲受する側とで締結する契約です。
事業譲渡の対象は、個別の事業から、その会社全体の事業までと幅が広いので、どの事業を譲渡するのか当事者間で明確にする必要があります。
また、事業の中に含まれる不動産や動産についても、特定しておかなければなりません。さらに、譲渡代金をいくらにするのか、税金や必要な支払いをどうするのか等、金銭面でも決めておくべきことが多くあります。
会社法では、467条で事業譲渡の場合に株主総会決議が必要、ということを定めています。
条文上は事業譲渡についての定義はありませんが、判例によって
- 一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む)の全部または重要な一部の譲渡であって、
- 譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ
- 譲渡会社が譲渡の限度に応じて法律上当然に競業避止義務を負担するもの
とされています(最高裁昭和40年9月22日)。株式譲渡とは異なり、会社の事業そのものの権利・義務の一部または全部が譲渡されます。
事業譲渡の目的
事業譲渡は、企業の事業そのものを譲渡するという性質から、以下のような目的で実行されます。
また、中小企業や家族経営企業では、経営者の高齢化や後継者不在が大きな問題となっています。「事業承継問題」は深刻で、後継者を見つけられない企業が廃業を余儀なくされるケースが増えています。事業譲渡は後継者がいない場合でも企業の存続と発展を支える有力な手段です。
経営資源の集中・再編
複数事業を営む会社が、収益性の高い事業に経営資源を集中させるために、不採算・非中核事業を譲渡するケースです。リソースの最適化を図り、コア事業の競争力を高める狙いがあります。
事業の成長加速
譲受企業にとっては、買収により自社の事業ポートフォリオを拡大・多角化できます。販売網や顧客など、すでに出来上がっている事業全体を譲り受けることができるため、一から販路を開拓したり、技術を開発したりしなくても、すぐに利益が出る可能性が高くなります。
収益改善・財務健全化
不採算事業の切り離しにより、譲渡企業は収益性・財務状況を改善できます。借入金返済や投資資金の確保にも活用されます。
事業継続・雇用維持
経営状況が悪化した企業が事業譲渡を行う場合、譲受企業による継続的な運営が見込まれることで、従業員の雇用や取引先との関係を維持できます。
事業譲渡と株式譲渡の違い
会社や事業の再編で用いられる方法としては、事業譲渡以外に、株式譲渡があります。
株式譲渡とは、会社の株式を譲渡することをいいます。株式を有する株主を相手として、譲渡契約を締結します。
事業譲渡の場合は、会社の重要な財産の処分に関する取締役会決議や株主総会による特別決議が必要ですが、株式譲渡の場合には例外はあるものの、基本的にこのような決議は不要です。
また、事業譲渡は特定の事業を承継しますが、株式譲渡は、会社の株主となって、会社の経営全体に影響を与えます。そのため、事業譲渡のように個別の処理手続きは不要です。他にも、株式譲渡の場合は、一定比率の株式を保有できていないと、他の株主の同意を得なくては経営全体に影響を及ぼせない、という特徴もあります。
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株式譲渡契約書に記載すべき事項・締結時の注意点|ひな形も紹介
事業譲渡契約を締結する必要性
事業譲渡と一口にいっても、その実態は個別のケースごとに異なります。そのため、事業譲渡の対象や付随して行う第三者との調整や権利処理、さらにこれらを行う期日等を、当事者間で合意し、それを書面に残す必要があります。
また、事業譲渡を中断する場合や、当事者の一方が約束した内容を守らない場合に、契約をもとに戻す方法やペナルティについても定めておく必要があります。
事業譲渡契約書に記載する項目
そのため、事業譲渡を行う場合、事業譲渡契約の締結は必須といえます。万が一、事業譲渡契約を締結しないで事業譲渡を進めた場合には、ある事業が対象となっているのかどうかで当事者間で紛争になったり、片方が約束した内容と違った場合に損害賠償ができなかったりする等、多くの不都合が生じるリスクがあります。
業譲渡契約書に記載する項目は、おおよそ次のような内容です。
- 事業譲渡することを合意した旨
- 事業譲渡の対象となる財産(資産・負債)
- 譲渡の代金と支払日
- 表明保証
- 善管注意義務
- 競業避止義務
- クロージング
- 補償
- 契約の解除
- その他の一般条項(秘密保持義務、協議条項、管轄など)
譲渡対象
事業譲渡の対象となる財産のことを譲渡対象といいます。具体的には、不動産、機械、器具、家具等の資産や、買掛金やリース代金等の負債が対象となります。また、契約上の地位が対象となる場合もあります。
譲渡対象を契約書に記載する場合は、本文中に記載するよりも、別紙をつけることが多いです。包括的に財産を譲渡する場合には、「本件譲渡にかかる一切の財産」と記載することもあります。
譲渡代金と支払い方法
譲渡代金は、明確に決めるのは大前提で、税込か税別かも明記します。
支払日について、通常は譲渡対象の財産や必要書類の引き換えと同時に行うので、譲渡日を設定することが多いですが、一部の代金を後払いにして、調整する例もあります。
支払方法は銀行振り込みの例がほとんどです。
従業員の雇用の継続
事業を継続する場合、従業員も引き継ぐのであれば、その従業員の雇用の継続についても契約書で定める必要があります。なぜなら、物品とは違って、会社間のみの約束で当然に従業員の雇用が引き継がれるわけではないためです。
そのため、雇用を継続する従業員に譲受会社への雇用の切り替えを同意してもらうとともに、譲受会社はその従業員と雇用契約を締結する必要があります。なお、元の会社に所属させたまま、出向という方法をとることもあります。
競業避止義務
競業避止義務とは、同一の事業を、一定の場所と期間、行うことが禁止される義務です。
競業避止義務は、契約書の定めがなくとも会社法21条の規定が適用されますが、地域や期間を契約書に記載する例がほとんどです。
表明保証
表明保証とは、一定の時点での、譲渡対象の財産や契約関係等の一定の事実が真実及び正確であることを表明して保証するもので、英米法の概念がとりこまれたものといわれています。
表明保証が真実でない場合、契約違反として、損害賠償や補償義務が発生します。
善管注意義務
善管注意義務とは、客観的に判断して要求される、相応の注意義務のことです。
事業譲渡の場合には、実際に譲渡が実行される前までに譲渡会社が様々な手続きを行う必要がありますが、これをしっかり履行させ、対象となる事業価値を減少させないようにした規定です。
補償
補償とは、表明保証に違反した場合や、それ以外の譲渡契約上の義務に違反して、相手方に損害や余計な出費を与えた場合に、それを与えた側が負担するものです。
特に、クロージング(譲渡の実行)以降に判明した場合には、この補償条項が効果を発揮します。
解除
解除は契約を途中で終了させることをいいますが、事業譲渡契約も契約である以上解除条項があります。
もっとも、事業譲渡については、クロージング(譲渡の実行)前のみに解除を限定することがほとんどです。なぜなら、クロージング後は資産や負債が譲受人に移転しており、解除するにはこれらをすべてもとに戻さなければならず、あまりに煩雑だからです。
事業譲渡契約書のひな形を紹介
不適切な譲り受け側の存在や経営者保証に関するトラブル、M&A専門業者が実施する過剰な営業・広告等の課題に対応しようと、経済産業省がひな形の例を紹介しています。
なお、ここで紹介されているのは中小企業がM&Aを行う場合を想定した事業譲渡契約書の書式です。実態に応じてアレンジする必要がありますので注意してください。
「事業譲渡契約書サンプル」(本文44ページ以下)
事業譲渡契約書を作成する際の収入印紙
事業譲渡契約書を、電子契約ではなく紙の契約書で作成する場合には、収入印紙を貼付します。
この場合は、印紙税の第1号文書に該当し、譲渡の対価が1万円以上の場合には、その価格に応じた収入印紙の貼付が必要です。
参考:
「No.7140 印紙税額の一覧表(その1)第1号文書から第4号文書まで」(国税庁)
事業譲渡契約書を作成する際の注意点
これまで事業譲渡契約書に記載すべき事項は説明しましたが、さらに作成する際の注意点についても説明します。
事業譲渡をする側、事業譲渡を受ける側、それぞれに注意することが異なる場合もありますので、どちらの立場かも考えながらお読みください。
譲渡資産は明確に記す
事業譲渡のメインである、譲渡対象の資産を明確に記載することが必要です。
不動産であれば登記情報に記載されている甲欄の情報、機械であれば品名や型番、車両であれば車種のみならず車検証に記載されている型番や年式などの情報も記載します。
また、債権や債務については、債権者や債務者の氏名、住所、金額を明記します。
そして、知的財産権のうち、特許や商標などについては登録の情報を書きます。著作権の対象となる著作物については、その内容がわかるように種類などをしっかり記載します。
これは、対象を特定し、譲渡会社の財産のうち引き継がないものとの区別をつけるために必要となります。
従業員の雇用の引き継ぎには説明と同意が必要
譲渡対象の事業に従事する従業員も引き継ぐ場合には、従業員への説明と同意が必要です。なぜなら、従業員の雇用契約は、事業譲渡に伴って当然に引き継がれるものではないからです。
まずは譲渡会社が従業員に対して説明しますが、前提として、譲り受けた会社で雇用する際の労働条件を提示しなければなりません。また、譲り受けた会社の人事制度、給与制度、福利厚生についても説明します。それがなければ、従業員は就労を継続するかどうか判断できません。
そして、譲り受ける会社が、これらの従業員から同意をとる必要があります。人数が多ければ多いほど時間がかかるため、それを見据えて事業譲渡のスケジュールを組むことが大切です。
海外の会社と事業譲渡を行う場合は注意が必要
海外の会社と事業譲渡を行う場合については、どちらの法制度を適用するのか、どの言語での契約書を正として作成するのか等、日本の企業と事業譲渡と行い場合以外にも注意しなければならないことがあります。相手となる会社の国の法制度を調査する必要もあります。
特に事業譲渡の場合には、個々の財産について手続きをする必要があるため、それぞれについて適用法や手続きの方法を理解しておかなければなりません。
契約ごとにひな型をアレンジする
事業譲渡に限らず、すべての契約書の作成において必要なことですが、契約書のひな型をそのまま使用するのではなく、個々のケースに適した内容にアレンジすることが必要です。
ひな型は、その契約類型での典型的事案に沿って作成されたものです。そのため、個々のケースに当てはまらない条項や不要な条項があることも多いですし、まったく記載が漏れている内容もあります。
特に、事業譲渡は自由度の高い契約内容であるため、ひな型がそのまま当てはまることはほとんどありません。実際の事業譲渡の内容に適した契約内容への修正が必須です。
契約書作成時は専門家にアドバイスを受ける
事業譲渡に関する契約書を作成するときは、専門家にアドバイスを受けることはマストといえます。
特に、事業譲渡をよく取り扱っている弁護士であれば、自社では気づかない事項について指摘を受けられる可能性があります。
また、事業譲渡の対価を決定する際には、事業譲渡に伴う税金が発生するため、税理士に相談しておくことも大切です。
事業譲渡は会社にとっての重要な決断です。専門家の手を借りて、リスクを減少させておいたほうがいいのはいうまでもありません。
事業譲渡を行うデメリット
事業譲渡にはデメリットもあり、例えば下記のような内容が挙げられます。
- 個別に譲渡する手続きが必要なため手続きが煩雑事業譲渡は、個別の資産や権利ごとに、対抗要件を備えたり、関係者から同意を得たりする必要があります。例えば、従業員を引き継ぐ場合、個々の従業員から同意を得なければならず、手続きが煩雑になることがあります。
- 競業避止義務が課せられる事業を譲渡した側の会社には、競業避止義務が課せられます。会社法21条では、譲渡した事業と同一の事業を、同一の市町村内で20年間は行ってはならないと定めていますが、契約によって禁止する地域の拡張や、期間の延長ができます。ただし、期間は30年が最長です。
- 税金がかかる譲渡した側には法人税や住民税がかかり、譲り受けた側には、消費税や不動産の譲渡所得税がかかります。 このように税金が発生することも、デメリットといえます。
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