法務における「ナレッジ管理」とは
ナレッジ管理(ナレッジマネジメント)とは、法務業務における「ナレッジ」つまり、契約書レビューや法務相談など、さまざまなシーンでやり取りされた情報を検索可能な形で蓄積し、必要なときに取り出せる状態にすることです。
たとえば、契約書のレビュー業務での事業部とのやり取りや、相手方とのやり取りの内容を保存すること。事業部からの法務相談の対応記録を保存しておくことなどです。
多くのやり取りがある法務のナレッジ管理は従来、法務の悩みの種となっており、業務の属人化を生み出す原因でもありました。
現在は、リーガルテックの導入によって、効率的なナレッジ管理が可能になっています。
法務でナレッジ管理をする目的・メリット
法務でナレッジ管理をすることには、以下のようなメリットがあります。
- 属人化の防止
- 業務スピードの向上
- 契約書チェック業務の品質向上
- 契約書トラブルの防止
以上4つのメリットについて、それぞれ詳しく見ていきましょう。
属人化の防止
ナレッジ管理の基本的なメリットは、業務の属人化を防ぐことです。
法務を担当するメンバーのスキルや知識に差があり、人材育成に十分な時間が取れない状況では、特定の人材に業務が集中することや、「この案件についてはこの人しか知らない」といった状況が生まれやすいです。
ナレッジ管理によって、誰でもナレッジが使える状況にすることで、こうした属人化を防ぐことができます。人材の流出や新入社員の採用があっても、業務に支障が出ない仕組みづくりができます。
業務スピードの向上
ナレッジ管理が十分にできていると業務スピードが向上し、スピード感のある対応ができるようになります。
過去の事例や契約書のテンプレート、判例や法改正情報などが整然と蓄積され、アクセスしやすい状態にあることで、担当者はリサーチにかかる時間を大幅に削減できるためです。また、一度下した判断についてもう一度最初から検討する時間的なコストがかかるのを防ぐことができます。
法務の対応スピードが上がることで、企業全体のビジネススピード向上につながります。
法務判断の品質向上
ナレッジ管理によって早いレスポンスが可能になるだけでなく、法務の「品質向上」にもなります。
ナレッジ管理によって、法務のベテラン社員のノウハウを部署で共有できると、新人担当者など他のメンバーが必要な情報を確認しやすくなり、法務組織全体の判断レベルも上がります。
法務リスクの低減
ナレッジ管理は法務リスクの低減・トラブル防止にもつながります。法務として対応レベルを上げていた案件や条文について、一貫した対応をすることで法的リスクを低減することができるほか、相手方とのやり取りの際、過去のやり取りを参考にせずトラブルになるのを防ぐことができます。
また、万が一トラブルが発生したときには、過去の事例が共有されていると、迅速な対応がしやすくなります。類似トラブルへの対処や、同一顧客に対するトラブル対応を平準化することも可能です。
迅速・効率的に対応を行うことができれば、顧客の反応に応じることに終始するのではなく、見通しを持ったリスク対応が可能となります。時間的余裕と見通しができると、きめ細かい顧客ケアがしやすくなるのです。
法務のナレッジ管理の課題
これまで、法務のナレッジ管理をさまたげていた課題、法務でナレッジ管理が難しかった理由について解説します。
情報量・種類の多様化
法務が扱うデータは、契約書レビュー・法律相談・コンプライアンス関連文書の内容など多岐にわたります。種類ごとに管理方法やフォーマットが異なるため、統一的なプラットフォームで保管するのが難しくなります。
属人的なノウハウの蓄積
特定の担当者が有するノウハウや経験値が属人化しやすく、体系的に共有されずに担当者が異動・退職するとノウハウが失われるリスクがあります。
情報の機密性・取扱いの難易度
法務情報は高い機密性が求められるケースが多いため、アクセス権限や情報セキュリティの管理が煩雑になりやすいです。過剰な制限により情報共有がスムーズに進まないジレンマも生じます。
既存システムとの連携
契約書管理システム、コーポレートポータル、文書管理システムなど、すでに利用している複数のプラットフォームをどう統合・連携させるかも大きな課題となります。
法務のナレッジ管理のプロセス別指標と施策例
法務のナレッジ管理については、経営法友界や組織内弁護士協会の有志で結成した「日本版リーガルオペレーションズ研究会」が、プロセス別の指標を策定しています。ナレッジ管理(ナレッジマネジメント)については、プロセス別に3段階で設定されています。
レベル1から3にかけて、ナレッジ管理のレベルが上がっていきます。
<参考記事>
レベル1
状態
情報が蓄積されている段階
- 過去の契約書や相談事項を記録として保管している
- 業務に関連する最新の法制度等の情報を定期的に収集している
蓄積する情報例
- 契約書のデータ(ドラフト、締結版)
- 法的検討メモ(弁護士意見書、メモ、ラジム、社内メモ)
- 議事録管理表
- メール
- セミナー資料
レベル2
状態
必要な情報が集約され、体系的に整理されている段階
- 情報を特定の形で集約している
- 蓄積された情報を統合的に整理している(例:法分野別、相談事項別、事業別 等)
情報集約・整理方法の例
- 共有フォルダ
- 契約管理システム/データベース
- インハウスマニュアル/Playbook
- よくある質問集
- Clause Library
- テンプレート集
- 外部事務所・士業との連携・契約
レベル3
状態
ナレッジとして活用されている段階
- 情報を蓄積・共有化するための基盤・ツール等が整備され、情報が抜け漏れなく(集約され)ている
- 情報の蓄積・共有が、日常の業務フローに組み込まれている
- 定期的に情報が更新され、陳腐化・劣化が生じていない
- 蓄積情報が多角的な視点で検索可能な状態にあり、データの組み合わせで新たな知見を導き出せる
- 情報を活用する仕組みなどが整備されている
- 知見・経験・ノウハウやスキル等の暗黙知について可視化・共有化が図れている
施策の例
- CLM(contract lifecycle management)システム
- ナレッジマネジメントの担当者設置
- ケーススタディ・実践型教育プログラム
- タグやマッピング管理
- 定期的な事例共有会
出典:日本版リーガルオペレーションズ研究会(商事法務)
日本版リーガルオペレーションズ研究会の「戦略のための戦術(商事法務)」では、ナレッジマネジメントのほか「戦略」「予算」「マネジメント」といった法務部門が対応するべき諸業務の方針を消化いしています。
法務のナレッジ管理の取り組みの具体例
ナレッジ管理施策の一部について、具体的な取り組み例を紹介します。
契約書テンプレートの共有
法務のナレッジ管理の中でも比較的手が付けやすく、効果も出やすいのは契約書テンプレート(自社ひな形)の共有です。
契約書テンプレートは、契約書を監修・チェックする法務の担当者だけでなく、事業部門の担当者も閲覧・利用するニーズがあります。
法務担当者にとっては、契約書テンプレートを一覧的に把握できるようにすることが重要です。事業部門の担当者にとっては、自社製品やサービスに関する基本契約書・個別契約書といった業務に利用するテンプレートにいつでもアクセスできることが助けになります。
締結した契約書の保管
締結した契約書を適切に保管することも、法務のナレッジ管理の一部です。
締結した契約書をすぐに閲覧できるように保管・共有することで、過去の契約書がデータベースとして機能することになり、ノウハウが蓄積されます。閲覧しやすさの実現には、契約書をパターン別・条項別などに整理し、「検索機能」を確保することが必要です。
さらに契約書の「バージョン管理」も、法務のナレッジ管理の重要なポイントです。バージョン管理によって契約書の修正履歴を保存しておくと、作成の過程を後から確認しやすくなり、担当者が変わってもスムーズな対応がしやすくなります。
契約に関連するやり取りの共有・保存
契約に関連する交渉などのやり取りを保存・共有することも、法務のナレッジ管理では重要です。
過去のやり取りを保存するだけでなく、現在進行中の案件についても、チャットやメールの内容を全員が共有することがナレッジ管理の業務に含まれます。
事業内容にもよりますが、例えば以下の項目が検討課題となるでしょう。
- グループメールの利用方法
- チャット履歴の保存方法
- 他のシステムとの連携方法
単にメールやチャットを保存するだけでなく、他のシステムとの連携や、契約書や取引先情報との「紐づけ」を行うことも重要です。
法務にナレッジ管理を導入する方法・手順
法務のナレッジ管理を本格的に行うのに「どこから手を付けるべきか」については、しばしば迷うところです。
ナレッジ管理を導入するまでの適切な手順は、会社や法務担当者の属性、経験、知識レベルなどによって異なります。ここでは参考として、ツールを利用したナレッジ管理を導入するまでの一般的な流れを解説します。
ナレッジ管理の目的・対象の明確化
まずはナレッジ管理の目的や、「何を管理するのか」を明確にします。
ナレッジ管理の作業に終始して意味が薄いものにならないよう、何のためにナレッジ管理をするのか、目的を具体化してから進めることがポイントです。
例えば、主に「スキルの継承や人材育成」を目的とするのか、「効率化」を目的とするのかなど、重視する目的を明確にします。
さらに「管理の対象となる情報」も明確化しておきましょう。法務に関する全ての情報を可視化・共有化することは困難なことも多いですが、「優先順位」を付けて作業を進めるなら、ナレッジ管理を効率的に進められます。
導入する管理ツールの検討
次に、どのようなツールでナレッジ管理するかを検討する段階です。
効率化を主眼としてナレッジ管理を行うのであれば、法務用のAIレビュー支援機能のあるツールの導入が候補として挙げられるでしょう。
また、AIレビュー支援機能を備えているツールと契約管理システムの組み合わせができれば、過去のナレッジを業務に利用して、大幅な効率化を図ることができます。契約書の作成から保存・管理まで一元化でき、効率化と可視化を一括で進めることが可能です。
スキルの継承や人材育成のためにナレッジ管理をするなら、例えば掲示板式の管理ツールや、SNSタイプのナレッジツールを利用することも有効です。契約管理システム上のデータを共有しながら案件検討をするなどの共同作業もしやすくなります。
業務フローを計画
ナレッジ管理の導入後に、法務の業務フローが実際にどう変わるかなどの詳細を計画します。
契約締結前から締結後まで、各担当者に必要なアクションを具体的に計画し、詳細な業務フローに落とし込んで検討していく段階です。
「定型的な処理」と「例外的な処理」の違いを踏まえたフローにしておき、柔軟性を持たせることが重要です。さらにダブルチェックなどによる業務の品質を担保するフローについても、具体的に決めておきましょう。
導入後のフィードバック・修正を行う
ナレッジ管理のスタート後も、業務フローに問題がないか検証を行うことも必要です。
ナレッジは業務の中で量的に増えていくものです。また新たに整理分類すべきナレッジの種類が増えることもあり、ナレッジ管理の方法は常に更新・改善していく必要があります。
業務フローを検証する際には、時間・期間あたりの処理量を計測するなど、「効果測定」も実施してみましょう。必要に応じてナレッジ管理の方法や運用ルールの修正を行うことにより、PDCAサイクルを回していくことが大切です。
法務のナレッジ管理を導入する際の注意点・成功させるコツ
法務のナレッジ管理を導入しても、うまく機能しなかったり、現場の担当者が不便に感じたりなどの失敗は避けたいところです。法務のナレッジ管理で注意すべきポイントや、成功のために意識しておきたいコツを解説します。
現場・担当者の意見を取り入れる
ナレッジ管理の方法を決める際には、法務担当者や関連する事業部門の担当者の意見を参考にすることが大切です。
担当者の意見を参考にすることで、実際に現場で手を動かしている人にしか分からないようなニーズや、共有すべきナレッジについての情報を得られるでしょう。
ツールを導入する効果の予測や見通しを立てる上でも、現場・担当者の意見が重要です。ツール導入についてどう思うのか、整理の視点はどうあるべきかなど、詳しい意見を聞くようにしましょう。
セキュリティ面にも配慮する
ナレッジ管理では、情報漏えい対策などのセキュリティ面にも注意が必要です。
ナレッジ管理では契約書を共有することが重要ですが、契約書には重要な機密情報が含まれていることを忘れてはなりません。
例えば契約書の共有方法としてよく利用されるのは、クラウド上に契約書のデータを保存することです。クラウドでの共有はインターネットを経由するため、不正アクセスなどの問題が起きないよう、セキュリティ対策を十分に設定する必要があります。
アクセス権の設定や複製可否の設定など、セキュリティ上のルールを十分に規定し、それが遵守されるようにしなければなりません。
関連するデータを紐づけ・一元管理する
情報をバラバラに保存するのではなく、どのように紐づけ・一元管理するかは、ナレッジ管理における重要な課題です。
ナレッジの量が増えると、整理しにくくなって情報がバラバラに存在する状況になりがちです。そうならないよう契約ごとに関連する情報を紐づけして、できるだけ一元管理する必要があります。
契約書とそれに関連するチャット・メールのやり取り、その他の顧客情報などを別々に保管するのではなく、紐づけして一元管理できるようにしておきましょう。
法務のナレッジ管理なら「LegalOn Cloud」
LegalOn Cloudは、AIテクノロジーを駆使し、法務業務を広範囲かつ総合的に支援する次世代のリーガルテックプラットフォームです。法務情報をやり取りするだけで、AIが情報を体系的に整理し、適切なタイミングでレコメンドします。ナレッジの整理をする手間がなくなり、ナレッジ活用の基盤が整います。