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生成AIインシデント発生時に法務が取るべき対応とは

生成AIインシデント発生時に法務が取るべき対応とは
この記事を読んでわかること
    • 生成AI利用で想定されるインシデント
    • インシデント発生時の法務の対応フロー
    • インシデントを発生させないための対策

生成AIのビジネス活用が急速に進む一方、情報漏洩や著作権侵害といった「生成AIインシデント」のリスクも顕在化しています。利便性の裏に潜むリスクを正しく管理できなければ、企業は深刻な経済的損失や信用の失墜に見舞われかねません。

万が一インシデントが発生した際、企業の損害を最小限に抑え、信頼を守るためには、法務部門を中心とした迅速かつ的確な対応が不可欠です。

本記事では、生成AI利用で起こりうるインシデントと、インシデント発生時における法務担当者の具体的な対応フローと、平時から準備しておくべきことについて、具体的な論点を交えながら解説します。

生成AI利用時に想定されるインシデントの類型

効果的な対応策を講じるには、どのようなリスクがあるのかを具体的に理解しておくことが大切です。主に、以下のようなインシデントが想定されます。

著作権侵害

生成AIはインターネット上の膨大なデータを学習しているため、生成物が既存の著作物と類似し、著作権を侵害してしまうリスクがあります。

学習データに含まれる第三者の著作物に類似したコンテンツをAIが生成した場合、著作権者から警告や賠償請求が発生する可能性があります。

例えば、AIにある有名画家の作風を模倣させ、生成されたイラストを自社製品のパッケージに大きく使用した結果、画家側から複製権・翻案権の侵害を主張されるといったケースが考えられます。また、利用するサービスの規約によっては生成物の商用利用が禁じられている場合もあり、注意が必要です。

不正確な情報や差別的な表現の拡散

生成AIは、事実と異なる情報(ハルシネーション)や、不正確・差別的な表現を生成することがあります。例えば、マーケティング部門がAIで作成した競合比較記事が正確ではなく、ファクトチェックせずに対外的に発信すると、企業の信用を大きく損なる恐れがあります。内容によっては名誉毀損(民事・刑事)や景品表示法違反(優良誤認)といった法的問題に発展する可能性もあります。

情報漏洩・目的外利用

従業員が顧客データなどの機密情報や個人情報を含むデータを、議事録の要約などのために生成AIサービスに入力し、AIに学習されてしまうケースが考えられます。個人情報保護法や不正競争防止法(営業秘密)、顧客との秘密保持契約(NDA)に違反する可能性があります。

ライセンス・利用規約の違反

利用している生成AIサービスのルールを遵守しないと、サービス提供者との契約トラブルや、損害賠償請求の原因となり得ます。例えば、学術研究向けに無償で提供されている高機能なAIサービスのAPIを、自社の商用アプリケーションに組み込んで有料で提供してしまうと、明確な規約違反となります。

インシデント発生時の法務の対応フロー

インシデントの発生、またはその疑いを把握した場合、法務部門は迅速に対応する必要があります。以下は、インシデント発生時の対応フローの例です。

①初動対応(被害拡大の防止)

インシデント覚知後の初期対応では、被害の拡大防止と状況の正確な把握が重要です。この対応の適正さが、その後の影響の大きさを決めるといっても過言ではありません。

事実確認

インシデントの報告者から、5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)に沿って事実をヒアリングします。加えてSlackやメール、AIツールの利用履歴などから関係情報を確認します。利用したAIサービス、入力情報、生成された内容、その用途などを正確に把握し、時系列で状況を整理します。この初期情報が、後の調査の起点となります。この情報は関係部署(情報システム、事業部門など)へ共有します。

拡大防止措置

被害がそれ以上広がらないよう、応急措置を講じます。情報システム部門と連携し、当該AIサービスの利用一時停止、公開された生成物の削除などを実行します。

対応チームの組成

インシデントの重要度に応じて、正式な対応チームを立ち上げます。法務、情報システム(技術調査・証拠保全)、広報(対外コミュニケーション戦略)、人事(従業員への対応)、当該事業部門(事業影響の評価)、経営層(最終意思決定)など、関係者の役割分担を明確にし、組織的な対応体制を構築することが求められます。複雑な法的リスクが考えられるケースでは、外部弁護士など専門家から助言を得て、法的・倫理的対応策を検討します。

②本格調査とリスク分析

初動対応の後は、より詳細な調査と法的な分析に移ります。

証拠保全

将来の法的な紛争や原因究明に備え、客観的な証拠を保全することが極めて重要です。PCの操作ログ、AIの利用履歴、関連するメールのやり取りはもちろん、可能であればPCのハードディスクイメージやネットワークの通信記録(パケット)、サービス提供事業者が開示可能な監査ログなどを、情報システム部門を通じて保全します。

詳細調査

保全した証拠と関係者への複数回のヒアリングを基に、事実関係を正確に特定します。特に「なぜその行為に至ったか」という動機や背景を理解することが、実効性のある再発防止策に繋がります。

法的リスクの評価

特定した事実関係に基づき、法務部門が中心となって法的リスクを評価します。下記は検討するべき関係法令の例です。

  • 個人情報保護法: 漏洩した個人情報の種類は何か。個人情報保護委員会への報告義務(速報3~5日以内、確報30日以内)や本人への通知義務の要件に該当するか。
  • 著作権法: 著作権侵害の可能性は高いか。引用など、権利が制限される場合の例外規定に該当しないか。
  • 契約関連: 関連する契約(利用規約、NDA等)の違反条項はどれか。契約上の損害賠償責任は考えられるか。

③収束に向けた対応

調査・分析の結果を踏まえ、インシデントを収束させるための具体的なアクションを実行します。

是正措置

原因を取り除き、元の状態に戻すことを目指します。サービス提供事業者への情報削除の要請、権利を侵害したコンテンツの削除や関係者への謝罪、不正確な情報の訂正などを行います。事業者への要請は、契約や利用規約上の根拠を示し、法務部門が主導して行うのが望ましいでしょう。

関係者への通知・公表

インシデントの内容に応じ、内外への情報開示を行います。「誰に、何を、いつ、どのように伝えるか」というコミュニケーション戦略は企業の信頼を左右するため、関係各所と連携することが重要です。個人情報保護法に基づく監督官庁への報告や本人への通知、取引先への説明、プレスリリースなどを、広報部門と連携し、実施します。

法的措置への対応

法的措置(警告書や損害賠償請求など)を受けた場合、まずは事実関係を正確に把握し、生成物や使用プロンプトの記録を保全します。そのうえで、内容証明などの書面に対しては、法務部門や弁護士を通じて慎重に対応することが重要です。経営陣と協議のうえ対応方針を決定し、再発防止策を明示することで解決の糸口となります。

再発防止策の検討

インシデント対応は、問題を収束させて終わりではなく、再発防止策を講じることが重要です。

ガイドラインの策定・見直し

インシデントから得た教訓を反映し、実効性のある「生成AI利用ガイドライン」を策定、または見直します。以下のような項目を盛り込んだり修正したりすることが考えられます。

  • 利用目的の制限と、禁止事項の具体例
  • 入力禁止情報(機密情報、個人情報、顧客情報、未公開の知的財産等)の定義
  • 会社として利用を許可するAIサービスのホワイトリストと、その利用申請・承認プロセス
  • 生成物を外部公開・商用利用する際の人間によるレビュー・承認フローの義務化
  • 生成物に含まれる著作権や個人情報に関する権利表示の方法

IT部門と連携した技術的な対策の導入

ルールだけに頼るのではなく、IT部門と連携したシステムによる技術的な対策を組み合わせることが有効です。機密情報などの送信をブロックするDLP(Data Loss Prevention)ツールの導入や、入力情報が再学習に利用されない法人向けのセキュアなAI環境(例: Microsoft Azure OpenAI Service)を整備し、その利用を推奨することが考えられます。また、利用ログを定期的に監査し、不審な利用を検知する体制の強化も有効です。

従業員教育の徹底

最終的にツールを使うのは「人」です。従業員一人ひとりのリスクに対する意識を高めるため、形骸化しない教育が求められます。

インシデントの事例を共有するだけでなく、「なぜこのルールが必要なのか」を丁寧に説明し、納得感を持たせることが重要です。また、ガイドラインに関するFAQ(よくある質問と回答)を作成・共有したり、理解度を確認するためのeラーニングや小テストを定期的に実施したりして、全社的なセキュリティレベルを向上させましょう。

生成AIを安全に使うための体制整備が企業成長の鍵に

生成AIのビジネス利用はもはや先進的な取り組みではなく、スタンダードになりつつあります。情報漏洩や権利侵害といったリスクを認識しつつ、管理体制を整備することは企業にとって重要な取り組みです。

法務部門が中心となり、明確なガイドラインの策定、従業員教育の徹底、そしてインシデント発生時に迅速に対応できる計画を主導することが、生成AIの利用リスクを抑えつつ、利点を最大限に引き出し、企業の持続的な成長を実現する鍵となりえます。

NobishiroHômu編集部
執筆

NobishiroHômu編集部

 

AI法務プラットフォーム「LegalOn」を提供する株式会社LegalOn Technologiesの「NobishiroHômu-法務の可能性を広げるメディア-」を編集しています。

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