賃貸借契約とは
賃貸借は、民法601条で以下のように規定されています。
(賃貸借)第六百一条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
つまり賃貸借契約とは、貸主(賃貸人)が借主(賃借人)に物を使用・収益させ、その対価として借主が賃料を支払うことを約束する契約のことです。
中でも建物賃貸借契約においては、貸主が所有する建物や土地を借主が利用する権利を得る代わりに、借主は毎月賃料を支払います。この契約は、当事者間の合意によって成立し、書面での作成が義務付けられているわけではありませんが、後々の紛争予防のために書面で契約を締結することが一般的です。
また、建物賃貸借契約はその契約形態により、「普通建物賃貸借契約」「定期建物賃貸借契約」の2種類に分けることができます。
普通建物賃貸借契約
普通建物賃貸借契約は、建物賃貸借契約の最も一般的な形態です。借地借家法に基づき、借主の居住権や事業活動の安定を保護する観点から、貸主が一方的に契約の更新を拒絶することが厳しく制限されています。
この契約では、契約期間が満了しても借主が希望し、かつ貸主が更新を拒絶する正当事由を持たない限り、契約は自動的に更新されるのが原則です。(借地借家法第26条、第28条)
ここで言う正当事由とは、貸主が自らその建物を必要とする場合や、建物の老朽化など、客観的に更新を拒絶するに足る合理的な理由を指します。
また、貸主からの解約申し入れや更新拒絶には、一般的に6ヶ月前までの通知が必要です。(借地借家法第26条1項)
定期建物賃貸借契約
定期建物賃貸借契約は、2000年3月1日に施行された借地借家法の一部改正によって導入された契約形態です。普通建物賃貸借契約とは異なり、契約期間の満了とともに確定的に契約が終了し、更新がないことが最大の特徴です。
定期建物賃貸借契約は、公正証書などの書面によって契約をする必要があります(借地借家法第38条1項)。これに加えて、貸主が借主に対し、契約の更新がなく期間の満了により契約が終了することを、事前にその旨を記載した書面を交付して説明しなければなりません(借地借家法第38条3項)。この説明を怠ると、定期建物賃貸借契約としての効力が生じず、普通建物賃貸借契約とみなされる可能性があります。
定期建物賃貸借契約は、将来的に建物の建て替えを予定している場合や、海外赴任など期間限定で自宅を貸し出す場合など、契約期間を明確に定めたい場合に活用されます。
定期建物賃貸借契約は、将来的に建物の建て替えや自己利用を予定している場合のほか、事業用途では、都心の一等地などの需要の高いオフィスビルや商業施設におけるテナント契約で広く活用されています。貸主側は安定した事業計画を立てやすく、借主側も賃料増減額請求権を双方共に排除する特約を結ぶことで予算を立てやすいというメリットがあります。
<関連記事>
定期建物賃貸借契約書の見方は?契約期間や成立要件などわかりやすく解説
電子契約について
近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に伴い、賃貸借契約においても電子契約の導入が進んでいます。電子契約とは、書面で行っていた契約を電子データで行うことで、インターネットを通じて契約締結を行う仕組みです。
2021年に施行された「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」により、宅地建物取引業法が改正され、不動産の賃貸借契約における重要事項説明(35条書面)や契約書(37条書面)の電磁的方法による交付が原則として可能になりました。また、この法改正に伴い借地借家法も改正され、定期建物賃貸借契約の締結や、その事前説明書面の交付についても電磁的方法で行うことが可能となりました(借地借家法38条2項、4項)。
これらの法整備に伴って、従来の書面での交付に加えて、電子契約での締結が認められるようになり、契約手続きの効率化が期待されています。電子契約を導入することで、契約書作成・郵送の手間や印紙税のコスト削減、契約締結までのスピードアップ、保管・管理の容易化といったメリットが期待できます。
建物賃貸借契約における主要な契約条項と実務上の留意点
建物賃貸借契約書は、貸主と借主の権利義務を明確にし、将来的な紛争を未然に防ぐための重要な書類です。ここからは、紛争を回避するために建物賃貸借契約書に記載すべき事項を紹介していきます。
契約当事者に関する情報
貸主と借主の氏名(法人の場合は会社名)、住所、連絡先を正確に記載します。共同名義の場合や連帯保証人がいる場合は、その情報も全て記載します。
建物や住居の概要
物件の所在地、建物の構造、床面積、部屋番号など、賃貸する不動産を特定するための情報を詳細に記載します。また、付属設備(エアコン、給湯器など)についても、その有無や状態を明記することが望ましいです。
契約期間と更新
契約の開始日と終了日を明確に記載します。普通建物賃貸借契約の場合は、更新に関する規定(更新料の有無、更新手続きなど)を、定期建物賃貸借契約の場合は、更新がない旨とその説明義務について明確に記載します。
賃料
月額賃料、支払期日、支払方法を具体的に記載します。また、賃料の増減に関する規定(賃料改定の条件や通知方法など)も盛り込んでおくことで、将来的な賃料の引き上げに際する紛争を回避できます。
敷金・礼金・保証金
敷金・礼金・保証金の金額、性質、返還の有無や条件を明確に記載します。特に敷金・保証金の金額、償却(しょうきゃく)の有無・割合、返還時期、原状回復費用との相殺について詳細に規定します。
使用目的
賃貸する不動産の具体的な使用目的(居住用、事務所用、店舗用など)を明記します。これに反する使用があった場合の措置についても記載することで、適切な利用を促し、紛争を防止します。
禁止事項
転貸(サブリース)の禁止、用途変更の禁止、造作・改築の制限など、借主が遵守すべき禁止事項を具体的に記載します。事業用途の場合は加えて看板設置のルール、重量物の搬入制限、特定時間帯以外の入退館制限など、事業運営に直接関わる事項を具体的に記載します。居住用途の場合、ペット飼育の可否、楽器演奏の制限なども記載されます。
契約の解除
賃料の不払い、契約違反、法令違反など、どのような場合に契約を解除できるのか、その条件や手続きを明確に定めます。これにより、万が一の事態が発生した際に、迅速かつ適切に対応できます。
原状回復の範囲
借主が退去する際の原状回復義務の範囲を明確に定めます。
判例の考え方や実務上の指針となる国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参考に、貸主負担とすべき通常の損耗や経年劣化によるものと、借主負担とすべき故意・過失、善管注意義務違反等による損傷との区別を明確にすることで、退去時の紛争を大幅に減らすことができます。なお、事業用物件の原状回復の場合、特約によって借主の負担範囲が広範に定められることが多い点にも留意が必要です。
特約事項
上記以外に、当事者間で特別な合意がある場合は、特約事項として具体的に記載します。例えば、修繕費用の負担区分、災害時の対応、ゴミ出しルールなど、個別の事情に応じた規定を盛り込むことができます。
建物賃貸借契約に必要な書類一覧
建物賃貸借契約を締結する際には、貸主と借主の双方がいくつかの書類を用意する必要があります。スムーズな契約締結のためにも、事前に必要書類を確認し、準備を進めておくことが重要です。
貸主(賃貸人)側
- 物件の権利関係を証明する書類:不動産登記簿謄本、固定資産税評価証明書など。物件の所有者であることを証明します。
- 物件に関する情報書類:建築確認済証、検査済証、設計図面、測量図など。物件の状態や詳細な情報を確認するために必要となる場合があります。
- 建物賃貸借契約書:本記事で解説している、貸主と借主の間で締結する契約書です。
- 重要事項説明書:宅地建物取引業者が作成し、契約締結前に借主に対して交付・説明する義務のある書面です(宅地建物取引業法35条)。詳細については後述します。
借主(賃借人)側
- 本人確認書類:運転免許証、パスポート、マイナンバーカードなど。法人の場合、法人の登記情報が確認できる書類、履歴事項全部証明書。
- 印鑑証明書:実印での契約締結の場合に必要です。
- (法人の場合)事業概要がわかる書類:会社案内、パンフレット、ウェブサイトの写しなど。
- (法人の場合)財務状況を証明する書類:直近の決算書(2〜3期分など)、法人税の納税証明書など。
- (法人で連帯保証人を選定する場合)連帯保証人の関連書類:代表者個人を連帯保証人とする場合、その個人の印鑑証明書や収入証明書等が別途必要になります。
- (個人の場合)住民票:本人確認や転居関連のために提出します。
- (個人の場合)収入証明書:源泉徴収票、確定申告書、納税証明書など。家賃の支払い能力があることを証明するために必要です。法人の場合は、決算書や納税証明書などが必要になります。
これらの書類はあくまで一般的な例であり、契約内容や状況によっては追加の書類が必要となる場合もあります。そのため、事前に双方で確認を行い、不安が残る場合は弁護士に確認することをおすすめします。
重要事項説明書とは
重要事項説明書とは、宅地建物取引業法第35条に基づき、宅地建物取引業者(不動産仲介事業者など)が不動産の賃貸借契約を締結する前に、借主に対して交付・説明が義務付けられている書面です。この説明は、不動産取引の専門家である宅地建物取引士が、宅地建物取引士証を提示して行う必要があります。
重要事項説明書の目的は、契約内容や物件に関する重要な情報を借主が正確に理解し、納得した上で契約を締結できるようにすることです。これにより、契約内容に関する錯誤や説明不足に起因する紛争を防止し、借主と貸主の双方の利益を保護します。
重要事項説明書には、以下のような項目が記載されます。
- 物件に関する基本的な情報:所在地、種類、構造、規模、登記情報(所有権、抵当権など)、都市計画法・建築基準法に基づく制限など。
- 契約に関する重要な情報:賃料以外の金銭(敷金、礼金、更新料、保証金など)の授受に関する事項、契約期間、契約の更新・解除に関する事項、損害賠償額の予定、賃貸借の条件に関する事項など。
- 建物の維持管理に関する情報:飲用水・電気・ガスの供給施設や排水施設の整備状況、通常の保守点検の状況、災害発生時における危険の有無、周辺環境に関する情報など。
- 特約事項:契約書に記載される特約事項についても、重要事項として説明されます。
重要事項説明は、契約締結前の冷静な判断を促すために非常に重要なプロセスです。説明を受ける側も、不明な点があれば積極的に質問し、十分に理解した上で契約に進むことが求められます。
企業間で不動産を貸借するまでの流れ
企業間における不動産の賃貸借には、借りる企業も貸す企業も安心して取引に臨めるよう、整理しておくべきポイントがあります。ここでは、手続きをスムーズに進める上で必要になる主要なステップを解説します。
1. 物件の情報整理と条件の確認
借主は、自社の事業運用に必要となる物件に求める条件(広さ、設備、アクセス、賃料条件、用途地域、内装工事の有無など)を整理しておく必要があります。
貸主は物件の現状を詳細に把握します。築年数や設備の状態、修繕の必要性などを確認し、必要であればリフォームやリノベーションを検討します。あわせて賃料や敷金・礼金、契約期間、使用目的(居住用、事務所用など)、ペット飼育の可否など、賃貸の条件を具体的に決定します。
周辺の類似物件の賃料相場などを参考に、双方にとって納得のいく条件設定を行います。
2. 不動産仲介事業者の活用
企業間の賃貸借取引においては、不動産仲介事業者に仲介を委託する場合も少なくありません。
借主も貸主も複数の不動産仲介事業者から情報提供を受け、安心して委託できるパートナーを最終的に選定します。不動産仲介業者を経由する場合に締結する媒介契約には「専任媒介」「専属専任媒介」「一般媒介」という種類があり、それぞれの特徴もよく理解しておくとより安心です。
3. 物件情報の提供と内見
媒介契約後、不動産仲介事業者が企業向けに情報提供を行います。情報を確認した借主は、内見にあたって自社が求める条件に合っているかどうかという視点で交えてチェックします。貸主は内見時に、物件の優位性を訴求するとともに、物件の不具合や契約内容に適合しない点(契約不適合)などについても誠実に情報開示を行うことが、当事者間の信頼関係を醸成する上で不可欠です。内見の対応は不動産仲介業者が代行している場合もあります。
4. 入居申込と入居審査
企業から入居申込があった場合、貸主もしくは委託先の管理会社が入居申込書の内容に基づき入居審査を行います。審査では、申込み企業の事業実態、信用情報、賃料の支払能力、物件の活用方法などを総合的に判断し、賃料を滞りなく支払えるか、物件を適切に使用できるかなどを確認します。必要に応じて、保証会社の利用も視野に入れます。
5. 重要事項説明と建物賃貸借契約の締結
入居審査を通過したら、宅地建物取引士による重要事項説明が行われます。借主・貸主の双方が、この重要事項に漏れや誤解がないよう、よく確認した上で最終的に賃貸借契約書に署名または捺印して契約を締結します。この際、敷金・礼金などもあらかじめ整理しておく必要があります。
6. 物件の引き渡し
建物賃貸借契約が締結され、初期費用の払込みが完了したら、貸主は物件の鍵を借主に引き渡します。引き渡し時には、物件の状態を再度確認し、双方に認識の齟齬がないことを確認し、合意の上で、引き渡し確認書などを交わすことが望ましいです。
おわりに:適正な契約管理により円滑な賃貸借契約を
賃貸借契約は、貸主と借主の双方にとって重要な法律行為です。特に企業の担当者にとっては、自社が貸主となる場合も借主となる場合も、その内容を深く理解して適切な手続きを行う必要があります。
この記事では、建物賃貸借契約の基本的な種類から、電子契約の導入状況、そして紛争を未然に防ぐために契約書に盛り込むべき重要事項について詳しく解説しました。また、重要事項説明書の役割や、建物賃貸借契約に必要な書類、さらには不動産を貸し出すまでの具体的な流れについてもご紹介しました。不明な点があれば、専門家である不動産仲介事業者や弁護士に相談し、納得のいくまで内容を確認することが、安心して不動産を賃貸借するための第一歩です。
こうした契約業務を含む法務業務全体の質と効率を高めるためには、法務DXは必須です。一方で、ただ闇雲にリーガルテックを導入するだけではコストに見合う成果は得られません。LegalOn Cloudは、AIテクノロジーを駆使し、法務業務を広範囲かつ総合的に支援する次世代のリーガルテックプラットフォームです。あらゆる法務業務をAIがカバーできるほか、サービスを選んで導入できるため、初めてリーガルテックの導入を検討する方にもおすすめです。
<関連記事>
契約書作成の必要事項6項目と注意点を徹底解説|代表的な契約書14種類を紹介