リスクだけでなくソリューションまで提示するコミュニケーションが重要
軸丸 まず、皆様の自己紹介をお願いできますでしょうか。
菊池 株式会社メルカリ執行役員CLOの菊池です。法務・ガバナンス・知財・リスクマネジメント・法令調査の5チームで構成されているリーガル&ガバナンス・ディビジョン(法務ガバナンス本部)を率いています。個人情報やプライバシーに関しては、別のチームのため、弊社リーガルチームはプライバシーなどを除いて対応している形です。
西蔭 カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下:CCC)執行役員CLO兼CPOの西蔭です。弊社の法務コンプライアンス部門は大きく分けて、法務・コンプライアンス・会員基盤の3部署があり、人員は合わせて約20名弱です。CCCにはVポイントを運営する子会社であるCCCMKホールディングス株式会社(以下:MK)があり、私自身はそちらの取締役も務めております。
今仲 株式会社メドレー上級執行役員の今仲です。弊社法務は、法務・知財・コンプライアンス・リスク管理・政策渉外を担当し、人員は約20名です。特徴としては、法務が社長直轄部署になっており、経営の一翼を担っていることが挙げられます。M&Aや株式事務、インサイダー情報の管理など他社においては他部門が担うこともある業務に関しても法務が広く見ていく体制をとっています。
軸丸 ありがとうございます。最初に、「法務部門が戦略的パートナーとなるために」と題してお話を伺います。法務部が事業成長の戦略的パートナーとして、法的リスクを管理しながらも成長を止めずに促進させる働きが重要かと思います。そのために、経営側や事業部門側とどのようなコミュニケーションをとられてきたのでしょうか?
菊池 さまざまな事業が並行して走っていく中で、法務がただ「こういうリスクがあります」と提示するだけでは戦略的パートナーにはなり得ません。ですからリスクの提示に加え、「それを避けるためにこうした対処策はどうでしょうか?」と必ずソリューションまで提示するよう心がけています。
また、オンラインサービス分野において求められる事業開発の速度に対応したスピード感ある対応を意識し、急ぎの案件はダイレクトに経営陣へ確認するなどの対応をとっています。また、新規事業の際にはダメだったときの撤退シナリオも提示しておき、どういう状況下でも事業部門側が物事を進めやすいように筋道立てておくこと、なども行なっています。
西蔭 CCCは子会社のMKも含め、レンタル事業やポイント事業などの企画型のビジネススタイルであり、個人情報などのデータや顧客間の売買契約などが大きく関わります。人と情報を組み合わせて事業性を高めていくというビジネスなので、「そもそもその事業が適法か?」という点が、法務・コンプライアンスが事業の初期段階から入らなければ判断できないことが多くあるのです。ですから、我々が戦略的パートナーとして事業に深く関わっていく必要があります。一方で、距離が近すぎて馴れ合いになることも避けなければいけません。
そうした関わり方の中で重視していることが2つあります。1つは、NOと伝えるタイミングの見極めです。初期段階から並走する必要がありますが、法務としてリスクや社会通念を考えて線引きしなければならないタイミングではしっかりと伝えて止めること。
もう1つは、全体を俯瞰して利害関係を理解し、経営陣や事業部門と連携することです。例えばポイント事業の場合、提携先企業が増えるほど登録されるお客様も増え、各種規約による利害関係が複雑になっていきます。各事業ユニットがその全体を把握することは難しいので、法務がその全体像を把握し、経営陣や事業部門に正しく伝えることが重要です。以上の2点を軸としたコミュニケーションを心がけています。
今仲 弊社法務部は、経営陣も事業部も法務部も基本的には同じ方向に向いているという意識の下、リスクを正しく伝えることを重視しています。リスクやリターンを正しく伝え、細かい部分でもミスコミュニケーションがないかを確認しながら、対話をするように心がけています。
例えば、法務が「絶対にNO」と言っても、事業部や経営陣が「YESだ」と判断を下す場合というのは、おそらく正しくリスクを伝えられていないか、逆に法務側がリスクとリターンを正確に把握できていないことが原因と考えられます。そうしたミスコミュニケーションが起きないよう、普段から事業部と一緒に仕事をし、対話をし、信頼関係を築いていく。地道で基本的なことではありますが、それが最も大切だと考えて進めています。
プロダクトやサービスにふれることが事業部門の考えや市場感覚の理解につながる
軸丸 法務部門が事業部門側を理解するために、もしくは逆に理解してもらうために、意識されていることや取り組まれている施策があれば教えていただけますでしょうか?
今仲 実際にそのプロダクトを動かしてみる、実店舗に行ってリアルなお客様の声を聞くことが非常に大事だと思います。加えて、「事業部からの質問にこう答えたら、相手はどう思うか」という想像力を常に働かせて、対話をすることが重要ではないでしょうか。
西蔭 勉強会などの形で情報共有はしっかりやった上で、法務・事業部問わず福利厚生の一部として、Vポイントを従業員に配り、自社店舗で買物やサービスに使ってもらう、もしくは競合のポイントを利用して実際に物品・サービス等を購入してもらった上で報告書を出してもらうという施策をおこなっています。その中で法務部員がお客様の立場で生の体験をすることで、ただ単に法律的な契約が分かるだけではなく、市場の動きを踏まえて新規事業のアイディアなどを考えられる人材が育ってほしいと考えています。
菊池 同じく弊社でも、法務のメンバーに日常的に自社プロダクトやサービスを使ってみてもらっています。例えば、メルカリ ハロというスキマバイトサービスがあるのですが、実際にそこでアルバイトをしてみてもらったり、アルバイトはしないまでも、世の中にどんな仕事があるのかみんなに探してみたりしてもらっています。そうした体験から「こんな機能があれば、より使いやすい」といったアイディアが生まれることもあります。
逆に、プロダクトマネージャーなどの事業部側の人間に法務のことを理解してもらうという意味では、新規事業の法的な論点を弁護士さんと詰めていく際に、「一緒に来てもらえませんか」と誘うことがあるんです。そうすると喜んで来てくれる人も多くて、「このプロダクトが世の中からどう見られているか、感じ取れました」と感想をもらったこともありました。こうした形で、お互いの現場に入り込んで議論することが大切だと思います。
コンプライアンス・イシューを探すことはコストではなくバリュー
軸丸 次に「リスクと成長のバランス」のテーマでお話を伺います。リスクと会社の成長のバランスを取るためにおこなわれている取り組みや、その際に意識されていることなどを教えてください。
今仲 会社が小規模な間は、リスクやコンプライアンス・イシューも自然と見つかりやすいですが、会社の規模が大きくなるにつれ経営陣が把握することが難しくなりますので、「探しに行かなければ見つからない」という意識をもつことがまず大切だと思います。
同時に、リスクやコンプライアンス・イシューを探すことは、コストではなくバリューであると捉えることも重要です。今の時代、そうした危機によって会社の存続自体が危ぶまれることも珍しくありません。問題を探して取り除くことは、会社の成長に寄与するものだという発想が前提として必要だと考えます。
具体的な取り組みとしては、全従業員へのコンプライアンスアンケートの実施、年1回のリスクマネジメントプロジェクト(全社規模でのリスク洗い出し・対応策検討・モニタリング)の実施が挙げられます。アンケートは問題の発見だけでなく、社員のリスクに対する意識や温度感を把握できるという意味でも効果的でした。リスクマネジメントプロジェクトは、法務部門が全社的なプロジェクトをリードし会社における重要な情報を収集できるという面でも、経営陣に対して法務のバリューをアピールする意味でも、法務が担当することに意味があると感じています。
菊池 リスクと成長のバランスという意味では、リスクマネジメントの専門チームをハブにすることで、プロダクト開発チームなどと、法務・コンプライアンスのコミュニケーションが滑らかになるようにコントロールし、少しでも早くプロダクトをお客様に届けるようにしていくことを取り組みとして実施しています。
他には、新たに立ち上げた法令調査チームが政策企画部と連携して、個人情報保護法などの法令に関する改正やアップデート情報をまとめてくれています。法改正や規制の変更も多くなっているため、後追いではコンプライアンス対応しきれません。こうした変化をいち早くキャッチ、経営陣に上げて議論していく取り組みも進めているところです。
西蔭 コンプライアンス・イシューで難しいのは、「法令に違反したいわけでも、実際に違反しているわけでもないのに、法令がない分野などで、社会通念や個々人の考え方によって、何故か気付かない内に世間から批判を受けてしまっている」という点ではないでしょうか。そういう事象が、さまざまな企業で起きているのだと思います。
CCCグループでも、子会社のMKがポイント事業で会員様の個人情報をお預かりしているため、法令に違反していなくても、そうした個人情報をデータ分析やそれに基づく商品・サービスの開発をどこまで実施していいのか、という問題は常に社内で議論になります。
そこで実施したのが、プライバシーセンターと外部有識者によるアドバイザリーボードの設置です。アドバイザリーボードに、適法であることを前提に、「社会通念上も適正かどうか」を判断いただき、そのご意見をもとに会社として合議体で意思決定していく形をとっています。こうした形であれば、透明性をもって社会に説明できた上で、怖くて何もできないような企業文化にならないよう歯止めをかけ、企業成長の助けになると考えています。
法務部以外の人材とも連携し、予算を抑えつつ幅広く対応すべき
軸丸 それでは最後の質問になるのですが、予算面に悩まされている法務担当者の方も多いかと思います。法務責任者として、どのようなお考えで予算作成計画を進められているのか、教えていただけますでしょうか。
西蔭 予算に関しては、今後はやはりAIの発展が1つのポイントになるのではないでしょうか。AIの発展で削減できる作業がある一方で、「AIがあれば法務は要らないのではないか」と、さらに人員や予算が削られる可能性もあります。だからこそ、「法務の価値はどこにあるのか」ということをもう一度問い直し、社内の各部署や、行政を含む社外関係者などとも連携し、法務の付加価値を高めていくことがより重要になってきます。特にこの先数年は、そうしたAIを含めた変化を注視しながら、予算計画を考えていく必要があると思います。
今仲 法務はコストがかかるという認識はありつつも、会社の成長ステージに見合った法務組織が社内に構築されていないことで事業成長が阻害されることもあります。特に成長企業は早めに事業のマイナス要因に対処しなければならないので、常に会社の先のステージを見据えて法務人員の拡大やリーガルテックなどのシステム導入を積極的に行っていく必要があると思います。
また、西蔭様からAIの話がありましたが、リサーチ業務などはAIで削減できても、法務として人と人との間に入る仕事、重要な案件の交渉や経営陣の説得などは最後までなくならないと思いますので、そうした意味でも必要な人員は着実に増やしていかなければならないと考えています。
菊池 法務の予算不足、人材不足はどの企業様も悩まれている問題だと思います。そうした状況もあり、私個人としては、全ての業務を法務だけで完結させようとする必要はなくなってきているのではないか、と考えています。
経営陣も多少は法律を理解しなくては正しく事業を進められませんし、弊社の場合、法務人材は政策企画部などにも存在します。リーガルに関すること全てを法務だけで進めなければならないと考えるのではなく、案件に応じたベストな連携体制で進めていく。例えば、外部弁護士への相談も、法務がスーパーバイザーとして付いた上で事業部門の方が相談するケースなども考えられます。そうやって限られたリソースを有効活用することで、予算を抑えながらも幅広く対応していくことができるのではないでしょうか。
軸丸 本日は、事業成長の原動力としての法務の在り方を、御三方のさまざまなお考えから学ぶことができました。皆様、ありがとうございました。
<関連記事>
【基調講演(ニトリ白井氏)】トラブル予防のための教育や社内統治まで幅広く活躍する法務の働き