給与明細の意義
所得税法231条では、給与を支払う者は給与の明細書を交付することが定められています。
居住者に対し国内において給与等、退職手当等又は公的年金等の支払をする者は、財務省令で定めるところにより、その給与等、退職手当等又は公的年金等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を、その支払を受ける者に交付しなければならない。(所得税法231条)
給与明細の意義は、従業員に対して給与の支給内容や控除項目を明確に伝え、適正な支払いが行われていることを証明することにあります。これにより、労使間の信頼関係が築かれ、誤支給や未払いトラブルの防止につながります。
また、従業員は生活設計やローン審査、各種申請時に必要な証明書類として活用できます。さらに、企業側にとっては法令遵守の証拠となり、万一の監査やトラブル発生時にも重要な資料となります。
企業側に給与明細を保管する義務はない
先に説明したように、給与明細に法律で定められた保管期間はありません。
給与明細はあくまで「通知書類」であり、企業の帳簿や法定書類とは位置付けが異なるため、法律で一律の保管義務が課せられていないと解釈することができます。また、給与明細を給付された従業員にも、保管の義務はありません。
近年では電子交付が一般化しており、従業員が必要なときに自身でデータをダウンロードできる仕組みが整っている場合もあります。このような環境では、企業側が長期にわたり物理的に保管する必要性が低下しています。
企業が給与明細を保管する意義
法的な保管義務のない給与明細ですが、実務上はさまざまな観点から保管する意義があります。実務上考慮すべき保管期間の目安をご紹介します。
税務申告の観点
前述の通り、税務申告に関連する書類として、過去の申告内容の確認や修正が必要になった場合に備え、7年間の保管が推奨されます。
社会保険の観点
年金事務所から年金加入記録の確認を求められる場合や、健康保険の傷病手当金、出産手当金などの申請時に給与明細が必要になることがあります。そのため、2~3年は保管しておくことが望ましいでしょう。
労働者とのトラブル防止
労働条件に関するトラブルを防ぐために、退職後も含めて給与明細を一定期間保管することが推奨されます。企業によっては、5年間保管するケースもあります。
以上のように、給与明細の保管期間については実務上さまざまな観点がありますが、最低でも2〜3年間、可能であれば7年間保管するというのが目安です。次からは、給与明細をはじめとする給与関係書類を安全で効率的に保管する方法について、解説していきます。
給与関係書類の保管期間は?
給与明細に法律で定められた保管期間はありませんが、給与関係書類の保管期間は、法律によって定められています。ここでは、労働基準法と国税通則法の規定に基づく給与関係書類の保管期間について説明します。
5年間の保管義務がある書類
労働基準法では給与明細自体の保存期間を定めていませんが、関係書類である以下の書類に関しては、5年間の保管を義務付けています。(労働基準法109条)
- 労働者名簿
- 賃金台帳(従業員の給与の支払い状況を記載した書類)
- 解雇に関する書類
- 災害補償に関する書類
- 賃金その他労働関係の書類
それぞれの書類について解説します。
労働者名簿
労働者名簿には、労働者の氏名や生年月日などのほか、雇入れ年月日、退職・解雇年月日およびその理由、従事する業務の種類、賃金の支払方法、労働契約の期間などが記載されます。これらは労働者の雇用状況や労働条件を明確に管理するために必要な情報です。
賃金台帳
賃金台帳には、労働者の基本的な情報のほか、賃金計算期間、労働日数、労働時間数、時間外・休日・深夜労働の時間数、基本給や手当などの賃金額、控除項目と金額、賃金支払日、賃金の支払い方法などを記載します。これらは正確な賃金管理と労働条件の適正な履行を確認するために必要とされます。
解雇に関する書類
解雇に関する書類には、解雇予告通知書(解雇理由と解雇日を記載し、原則30日前までに通知)、解雇理由証明書(労働者から請求があった場合に交付義務)、退職証明書(退職理由や在職期間などを記載し、請求があれば交付)があります。
災害補償に関する書類
災害補償に関する書類には、労働者死傷病報告書(労働災害が発生した場合に所轄労働基準監督署へ提出)、労災保険給付請求書(療養補償給付や休業補償給付などの請求時に使用)、災害発生状況報告書(社内用の災害記録)、補償金支払い記録などがあります。これらは労働者災害補償保険法に基づき、適切な補償と法令遵守、再発防止のために必要です。
賃金その他労働関係の書類
賃金決定関係書類、昇給・減給関係書類や、出勤簿、タイムカード等の記録、労使協定の協定書、各種許認可書、始業・終業時刻など労働時間の記録に関する書類などがあります。
7年間の保管義務がある書類
国税通則法では、国税の徴収権の消滅時効が定められています。その消滅時効までは、国税に係る給与関連書類も保管が必要であると解釈でき、その期間は最長で7年間です。国税に係る給与関連書類には、以下のようなものがあります。
- 扶養控除等申告書
- 保険料控除申告書
- 源泉徴収簿 など
これらの書類は、税務署から要求に応じて過去の税務申告を確認できるようにするため、消滅時効までの期間保管しておく必要があります。(国税通則法70条-73条)それぞれ解説します。
扶養控除等申告書
扶養控除等申告書は、従業員が年末調整や源泉徴収の際に適用される所得控除(扶養控除、配偶者控除、障害者控除など)を申告するための書類です。これにより、毎月の所得税額が適正に計算され、過不足のない税額控除が行われます。提出は年末や入社時に行い、扶養家族の状況が変わった場合は速やかに再提出が必要です。
保険料控除申告書
保険料控除申告書は、年末調整時に生命保険料、地震保険料、社会保険料などの支払い実績を申告し、所得控除を受けるための書類です。これにより、課税所得が減少し、所得税や住民税の負担が軽減されます。従業員は保険会社から発行される証明書を基に記入し、勤務先に提出します。
源泉徴収簿
源泉徴収簿は、企業が従業員ごとの給与支給額、所得税・住民税の源泉徴収額、各種控除額、年末調整結果などを記録・管理するための法定帳簿です。所得税法に基づき、正確な税務処理と年末調整を行うために使用されます。企業はこの簿冊を作成・保管し、税務署から求められた場合に提出できるようにしておく必要があります。
給与関係書類を保管しなかった場合の罰則等
給与関係書類を適切に保管しないことで、様々なリスクが生じる可能性があります。ここでは、法律違反による罰則、税務調査でのトラブルなどのリスクについて説明します。
法律違反による罰則
前述の通り、労働基準法により、使用者は賃金台帳(給与明細)を5年間保存しなければなりません。この義務を怠った場合、使用者は30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。
税務調査でのトラブル
税務署による税務調査で、給与関係書類の提示を求められた際、適切に保管されていない場合はトラブルに巻き込まれる可能性があります。具体的には、収益の過少申告を疑われ、追徴課税を受けるリスクなどです。
労使間のトラブル
従業員との間で給与に関する労使間トラブルが発生した場合、給与明細が証跡として必要になる可能性があります。例えば、従業員から給与明細の内容の誤りを指摘された場合、会社側が給与明細の控えを保管していないと原因の究明に支障をきたす恐れが出てきます。
給与明細の正しい保管方法
給与明細を適切に保管するためには、紙での保管方法と電子化のメリットを理解し、安全に保管するためのポイントを押さえることが重要です。ここでは、それぞれの方法について詳しく説明します。
紙での保管
紙の給与明細を保管する場合は、以下の点に注意しましょう。
- 直射日光や湿気を避け、涼しく乾燥した場所に保管する
- ファイルボックスやバインダーを使い、年月ごとに整理する
- 保管場所は施錠できるところが望ましい
- 定期的に保管状態を確認し、劣化や破損がないか点検する
これらのポイントを押さえることで、紙の給与明細を長期間、安全に保管することができます。
電子データとして保管
給与明細を電子データとして保管します。電子データとして保管する場合は以下のようなメリットがあります。
- 保管スペースを大幅に節約できる
- 検索性が向上し、必要な明細をすぐに見つけられる
- データのバックアップが容易で、紛失や破損のリスクが低い
- ペーパーレス化が進む
給与明細の電子化は、保管の効率化だけでなく、業務の生産性向上にも寄与します。一方で、電子帳簿保存法の要件を満たさないといけないことに注意が必要です。
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給与明細を安全に保管するためのポイント
給与明細には個人情報が含まれるため、安全な保管が非常に重要です。以下のポイントに留意しましょう。
- アクセス制限を設け、関係者以外が給与明細を閲覧できないようにする
- 電子化する場合は、パスワード保護やデータ暗号化を行う
- 定期的にウイルスチェックやセキュリティアップデートを実施する
- 紙の給与明細を廃棄する際は、シュレッダーで細断する
こうした安全対策を講じることで、給与明細の漏洩や不正アクセスを防ぐことができます。
給与明細は、紙での保管と電子化のそれぞれのメリットを理解し、適切な方法を選択することが大切です。また、安全性に細心の注意を払い、個人情報を保護することが求められます。正しい保管方法を実践し、給与明細を大切に管理しましょう。
給与明細などの給与関係書類を適切に保管する
この記事では、給与明細には法定の保管義務はない一方で、給与関係書類の中には保管義務があるものもあることを説明しました。また、実務上の適切な保管期間の目安についてもふれました。
保管方法については、紙と電子化二つの方法を挙げ、それぞれのメリットを解説しました。状況に応じて適切な方法を選択し、安全性に十分配慮したうえで個人情報の保護に努めることが求められます。
適切な給与明細の保管は、労働者の権利を守り、トラブルを未然に防ぐために不可欠です。法定保管期間を遵守し、メリットを理解した上で、安全な保管方法を実践しましょう。
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