下請法とは何か
下請法(正式名称:下請代金支払遅延等防止法)は、親事業者による優越的地位の濫用を防止し、下請事業者の利益を守るために制定された特別法です。
主に、発注後の代金減額や支払遅延、物品購入の強制、返品の押し付けなどを禁止し、書面交付義務や支払期日の設定なども定めています。違反が発覚した場合には、公正取引委員会が是正勧告を行い、内容が公表されるため、企業にとって社会的信用の低下リスクが伴います。
取引の公正性を確保し、健全な経済活動を支えるためにも、下請法の正確な理解と順守がすべての事業者に求められているのです。
下請法の目的
下請法(正式名称:下請代金支払遅延等防止法)の主な目的は以下の2点です。
- 下請取引の公正化
- 下請事業者の利益保護
下請法は、特に大規模な資本を有する親事業者が、影響力を背景に下請事業者へ不利な取引条件を強いる事態の発生を抑制するために設けられた法制度です。
親事業者の4つの義務と11の禁止事項
下請法では、親事業者に対して以下4つの義務を課しています。
- 発注時の書面交付義務(第3条)
- 取引内容を記録した書面記録の作成・保存義務(第5条)
- 下請代金の支払期日を定める義務(第2条の2)
- 支払い期日を過ぎた場合の遅延利息の支払義務(第4条の2)
また、以下のような11項目の行為を禁止しています。
- 受領拒否(第4条第1項第1号)
- 下請け代金の支払遅延(第4条第1項第2号)
- 下請代金の減額(第1項第3号)
- 返品(第4条第1項第4号)
- 買いたたき(第4条第1項第5号)
- 購入・利用強制(第4条第1項第6号)
- 報復措置(第4条第1項第7号)
- 有償支給原材料等の対価の早期決済(第4条第2項第1号)下請事業者の給付(成果物の納品など)に必要な原材料などを親事業者が有償で支給している場合に、下請事業者の責任に帰すべき理由がないのにその対価を先払いで求めること。
- 割引困難な手形の交付(第4条第2項第2号)
- 不当な経済上の利益の提供要請(第4条第2項第3号)
- 不当な給付内容の変更及び不当なやり直し(第4条第2項第4号)
下請法の適用対象
下請法の適用が及ぶかどうかは、当該取引の内容に加え、取引に関与する両当事者の資本金規模という2つの基準に基づいて判断されます(第2条)。
下請法の適用対象となる取引内容
下請法が適用される可能性のある取引内容は、以下の4つです。
- 製造委託(第2条第1項)
- 修理委託(第2条第2項)
- 情報成果物作成委託(第2条第3項)
- 役務提供委託(第2条第4項)
各取引の内容は、以下のとおりです。
- 製造委託:物品の販売を行う事業者や、製造を請け負う事業者などが、製品の規格・品質・形状・デザイン・ブランドなどを指定した上で、他の事業者に対して物品や部品の製造・加工などを依頼することを指します。
- 修理委託:物品の修理を請け負う事業者が、その修理作業の全部または一部を他の事業者に依頼することを指します。また自社で使用する物品を自社内で修理している場合でも、その一部を外部の事業者に委託するケースも含まれます。
- 情報成果物作成委託:情報成果物(第2条第6項)の提供や作成を行う事業者が、他の事業者にその作成作業を委託することなどをいいます。情報成果物の例は以下のとおりです。 (例) ・プログラム ・映画などの影像や音声などの音響などから構成されるもの(アニメなど) ・文字、図形、記号などから構成されるもの(ポスターのデザインなど)
- 役務提供委託:運送やビルメンテナンスなどのサービスを提供する事業者が、その役務の提供を他の事業者に委託することを指します。なお、建設業を営む事業者が請け負う建設工事については、役務提供委託には該当しません。
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取引内容によって変わる資本金区分
<取引内容の区分:親事業者(資本金):下請事業者(資本金)>
- 製造委託修理委託情報成果物作成(プログラム)、役務提供(運送・倉庫保管・情報処理):3億1円以上:3億円以下
- 同上:1,000万1円以上3億円以下:1,000万円以下
- 情報成果物作成(プログラム以外)役務提供(上記以外):5,000万1円以上:5,000万円以下
- 同上:1,000万1円以上5,000万円以下:1,000万円以下
下請法が適用されるか否かは、取引当事者間の資本金規模の比較によって判断されますが、基準は委託される業務の内容によって異なることを覚えておく必要があります(第2条第7項、第8項)。
たとえば、製造や修理、プログラム作成などの情報成果物作成、あるいは運送・倉庫保管・情報処理といった役務提供が取引の対象となる場合、資本金が3億1円を超える事業者が親事業者とみなされ、3億円以下であれば下請事業者と位置づけられます。
また、資本金が1,000万1円以上3億円以下の事業者が親事業者、1,000万円以下の事業者が下請事業者となる場合もあります。
一方、プログラム作成を除いた情報成果物の作成や、運送・保管・情報処理以外の役務提供を含む取引においては、資本金が5,000万1円を超える事業者が親事業者に該当し、5,000万円以下の事業者が下請事業者と見なされます。
同様に、資本金が1,000万1円以上5,000万円以下の事業者が親事業者で、1,000万円以下の事業者が下請事業者とされる場合もあります。
下請法の最新動向と法改正への対応ポイント
近年、取引の公正性をさらに高めるため、下請法に関する法改正が進行しています。特に令和7年には、物流・価格転嫁・書面義務などに焦点を当てた見直しが行われました。ここでは、改正の趣旨や変更点、企業が講じるべき実務対応策について明確に解説していきます。
令和7年の法改正内容と目的
令和7年3月に公表された下請法の改正案では、名称を「下請中小企業振興法等の一部を改正する法律案」とし、取引条件の透明化と価格交渉の活性化が柱とされています。とりわけ、再委託時の情報提供義務や、交渉過程の文書化義務の強化が明記され、親事業者の説明責任が格段に高まりました。
また、インボイス制度への適応や物流コスト上昇への対応も焦点となり、下請事業者保護の観点から包括的な改革が進められています。企業は新制度の趣旨を正確に把握し、発注プロセスの再設計を図る必要があります。
法改正が企業に与える影響
法改正によって親事業者は、従来よりも詳細な契約情報の提示が求められ、交渉経緯や価格設定における根拠説明の重要性が増しています。口頭による発注や曖昧な取引条件では違反のリスクが高まるとされ、法務・購買部門における実務の見直しが不可欠です。
さらに、交渉の透明性確保や文書保存義務の強化は、証拠管理体制の整備にも波及するため、電子契約や契約書管理システムの導入が急務となります。これらの変化は、全社的なコンプライアンス意識の醸成にも直結し、法務だけでなく経営課題として捉える必要があります。
法改正を踏まえた企業側の対応策
改正内容を受けて企業が講じるべき対応としては、まず発注・契約時における取引条件の明文化が挙げられます。次に、従業員への下請法研修の実施、交渉履歴の記録保存、外部監査の導入など、社内体制の強化が求められます。
特に再委託や委託範囲の変更を行う場合は、下請先への事前通知と合意形成が不可欠となり、トラブル防止の観点からも早期対応が重要です。また、法改正内容を反映した社内規程の改定も不可欠であり、総務・法務部門が中心となって全社的な整備を主導すべきです。
契約書の交付義務(3条書面の交付)
親事業者に求められる4つの義務のうち、特に慎重な対応が求められるのが「発注時の書面交付義務」です。下請事業者に対して発注を行う際に、「3条書面」と呼ばれる文書を交付することを義務付けるものです(第3条第1項)。
3条書面とは、取引の内容や条件などを記載し、親事業者が下請事業者へ発注時に交付しなければならない書類を指します。怠った場合、親事業者は下請法違反と見なされ、50万円以下の罰金が科される可能性があります(第10条第1号)。
3条書面に記載すべき事項
- 親事業者および下請事業者の名称
- 発注日
- 給付の内容(製品仕様、数量など)
- 納期(役務提供の場合は提供期日・期間)
- 納入場所
- 検査完了期日(検査を行う場合)
- 下請代金の額
- 支払期日
- 手形の金額と満期(手形を交付する場合)
- 金融機関名、貸付け又は支払可能額、親事業者が下請代金債権相当額又は下請代金債務相当額を金融機関へ支払う期日( 一括決済方式で支払う場合)
- 電子記録債権の額及び電子記録債権の満期日(電子記録債権で支払う場合)
- 原材料等を有償支給する場合、品名、数量、対価、引渡しの期日、決済期日及び決済方法
上記の事項をすべて記載した書面を、下請事業者に交付する必要があります。
注意点
正当な理由により一部の事項を発注時に記載できない場合は、まず記載可能な内容のみを盛り込んだ書面を交付することが認められています。その後、残りの事項については、決定次第速やかに追加の書面を交付する対応が必要です。
このような場合には、当初の書面に「なぜ内容を定められないのか」という理由と、「いつまでに定める予定か」という日付の記載が求められます。
なお、3条書面には決まった様式があるわけではありません。ただし、すべての必要事項を過不足なく記載することが重要とされています。
下請法違反の具体例
下請法では、親事業者による不当な取引行為を未然に防ぐため、11の禁止事項が設けられています。中でも、「支払遅延の禁止」と「不当な代金減額の禁止」は、実務上とくに注意が必要な項目です。
支払遅延の禁止
親事業者には、下請代金をあらかじめ定められた支払期日までに支払う義務があります。支払期日は、下請事業者から物品やサービスを受け取った日を起点とし、60日以内の範囲で、可能な限り短い期間に設定しなければなりません。
違反の具体例
- 受け取った物品等の社内検査が済んでいないため60日を超えて下請代金を支払っていた
- 支払日が金融機関の休業日に当たったときに、下請事業者の同意を得ずに翌営業日に支払を順延すること
注意点
- 支払遅延が発生した場合、親事業者は遅延利息(年率14.6%)を支払う義務が発生する
不当な代金減額の禁止
親事業者は、下請事業者に責任がないにもかかわらず、発注時に決定した下請代金を減額してはいけません。
法務担当者は、以下の禁止事項を正確に把握し、自社の取引が法令に則っているかどうかを常に確認することが求められます。
万が一、違反が明らかになった場合には、公正取引委員会からの勧告や社会的信用の低下など、深刻な影響を受けるおそれがあります。
違反の具体例
- 発注後に、親事業者の都合で代金を減額する
- 協賛金や値引きと称して、下請代金から一定額を差し引く
- 原材料価格の下落を理由に、すでに発注済みの案件の代金を減額する
- 支払時に端数を切り捨てる
注意点
- 下請事業者の了解を得ても、正当な理由がない減額は違法となる
- 減額の要請自体も下請法違反となる可能性がある
下請法違反事例から学ぶ実務対応
近年、公正取引委員会は多数の企業に対して下請法違反の勧告を行っており、違反内容や処分の実例から実務上のリスクを学ぶことが求められています。ここでは、令和7年に発表された実際の勧告事例をもとに、企業が注意すべき行動と対応策について解説します。
最近の具体的な違反事例(令和7年勧告事例)
令和7年には、日精樹脂工業株式会社やカヤバ株式会社などが、下請法違反による行政勧告を受けたことで注目を集めました。特に、長期間発注を行わずに型や治具の無償保管を強いた事例や、一方的な発注取り消しによる損失負担の押し付けなどが問題視されています。
これらの行為はいずれも、不当な経済上の利益提供の要請または不当な給付内容の変更に該当し、親事業者としての責任が問われる結果となりました。発注や取引停止の判断が、下請事業者に実害をもたらす可能性がある点を踏まえたうえで、慎重な対応が求められます。
参照:公正取引委員会|日精樹脂工業株式会社に対する勧告について
違反企業が受けた具体的なペナルティ
違反が確認された企業には、勧告を通じて是正措置の実施や損害補償の支払い、社内体制の見直しが求められます。たとえば、株式会社シャトレーゼの場合、受領拒否と不当な保管要請が指摘され、該当商品の受領または相当額の代金支払い、公正取引委員会への報告義務が課されました。
また、役員会での違反事実の確認や、従業員への社内通知・教育も義務付けられており、単なる取引修正にとどまらない全社的対応が必要となっています。これらの措置は、違反行為が企業の信用や継続的な取引関係に重大な影響を及ぼすことを如実に物語っています。
参照:公正取引委員会|株式会社シャトレーゼに対する勧告について
違反を回避するための実務的チェックポイント
違反を未然に防ぐには、契約内容・取引履歴・代金支払い状況について定期的な内部監査を実施することが重要です。また、発注書や納品記録、交渉メモの整備・保存も、後のトラブル防止につながります。
とくに注意すべきは、下請事業者の同意なしに納期延長や価格変更を行うケースであり、これらは違反の典型です。
加えて、型や設備の保管指示についても、使用予定がない状態での継続保管は不当な経済負担とみなされる可能性が高いため、放置せず速やかな回収または補償が必要です。社内規程の整備と教育の徹底により、実務リスクを確実に低減できます。
下請法の取締り
親事業者に下請法違反の疑いがある場合は、公正取引委員会の調査対象となります。調査の結果によっては、勧告や指導にとどまらず、刑事罰が科される可能性もあります。
勧告が出された際には、企業の社会的信用が損なわれるおそれもあるでしょう。
立入検査
公正取引委員会や中小企業庁では毎年、親事業者と下請事業者の双方に対して定期調査を実施しています。下請取引が適正に行われているか、確認することが目的の調査です。
必要に応じて、親事業者の取引記録の確認や、立入検査が行われる場合もあります。
違反企業名の公表
親事業者が下請法に違反した場合には、原状回復や再発防止に向けた措置を講じるよう求められます。
さらに、勧告が出された際には、原則として企業名や違反内容が公表されるため、企業の信用に深刻な影響を及ぼすことが懸念されます。
罰金
下請法に違反した場合、同法第10条に基づき、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
罰金の対象となる主な違反行為の例:
- 下請法第3条:下請事業者への書面交付義務を怠った場合
- 下請法第5条:書面の作成・保存を行わなかった、または虚偽の記録を作成した場合
- 下請法第11条:報告徴収に対し、報告を拒否・虚偽の報告を行ったり、公正取引委員会や中小企業庁の検査を拒否・妨害した場合
さらに、下請法違反により下請事業者に損害が発生した場合には、損害賠償請求などの民事上のトラブルに発展する可能性もあります。
下請取引の適正化のためのポイント
下請法について、発注担当者の確認不足や理解してないことで、気付かないうちに違反してしまうことがないよう、以下のポイントをチェックすることをおすすめします。
取引条件の定期的な見直し
下請取引は長期にわたることが多いため、定期的に取引条件を見直すことが重要です。以下のポイントを意識し、必要に応じて条件を更新しましょう。
- 市場価格の変動に応じた下請代金の見直し
- 業務内容や納期の変更に対応した契約内容の更新
- 新たな法規制や業界標準への適合
フィードバックの収集
定期的な取引見直しを行う際は、下請事業者からフィードバックを収集することも重要です。フィードバックを得る方法は、以下を参考にしてください。
- 定期的なミーティングの開催
- アンケート調査の実施
- 下請事業者との個別面談
上記を通じ、下請事業者の意見を反映した公正な取引条件を維持できます。
下請事業者側が知っておくべき対処法
不当な取引条件や契約違反が発生した場合、下請事業者が泣き寝入りを避けるためには、適切な対応手順の理解が不可欠です。ここでは、被害に遭遇した際に取るべき具体的な行動や相談先、証拠保全のポイントについて実践的に解説します。
違反行為を受けた場合の具体的な対応方法
- 発注書の交付がない
- 代金が減額される
- 納期が一方的に変更される
上記の不当行為を受けた場合、まずは相手企業に対し書面による是正要求を行うことが基本となります。その際、感情的な抗議ではなく、事実関係を明記した通知書の提出が有効です。
加えて、法的措置を見据えて、取引に関する資料(発注書・納品書・請求書など)を一元管理し、やり取りの記録も保存しておくべきです。交渉が進まない場合は、各都道府県の中小企業支援機関や弁護士会への相談を検討しましょう
公正取引委員会等への相談窓口の活用法
下請法違反の疑いがある場合、公正取引委員会が運営する「下請かけこみ寺」や中小企業庁の相談窓口が活用できます。これらの機関では、無料の法律相談や紛争調整のサポートを提供しており、取引関係に基づく問題について中立的な立場から対応がなされます。
特に、相手方との関係悪化を懸念して自力で解決できない場合、第三者による助言や仲介が効果的です。また、相談内容が記録されることで、継続的な監視の対象にもなりやすく、行政による是正指導につながる可能性もあります。
被害を受けた際の証拠保存と法的措置
下請法違反に対して法的手段を講じる際、客観的な証拠がなければ請求は認められません。したがって、時系列で整理された以下の情報を保全することが不可欠です。
- 契約書や発注書
- メールのやり取り
- 納品記録
- 録音データ
特に、電子メールは送受信日時を含めた原文形式で保存することが望ましく、改ざん防止の観点からも有効です。また、損害賠償請求を検討する場合は、法務の専門家と連携し、必要書類や訴訟の見通しを確認する必要があります。
被害の深刻化を防ぐためにも、初期段階から備えておくことが重要です。
下請法の理解と実践でビジネスの成長を
この記事では、下請法の基礎知識と取引のポイントについて詳しく解説しました。
下請法を正しく理解し、実務に落とし込むことは、取引先との信頼構築やコンプライアンスの確保だけでなく長期的な企業成長にもつながる重要な取り組みです。発注書の交付や代金支払い義務など、親事業者に求められる行動は明確に定められており、法改正によって求められる水準はさらに高まっています。
また、行政処分を受けた事例から学ぶことで、自社のリスクを未然に防ぐことが可能です。加えて、下請事業者として被害を受けた際にも、的確な対応策と相談先を知っておくことで、不利益を回避できます。
ぜひ、この記事の内容を参考に、自社の下請取引が適切に行われているか常に確認し、必要に応じて改善を行ってください。
なお、高品質で効率的な法務サービスの提供には、法務DXが必須です。一方で、ただ闇雲にリーガルテックを導入するだけではコストに見合う成果は得られません。