物品運送契約とは
物品運送契約は、物流事業者が荷主から物品を受け取り、これを運送して荷受人に引き渡す契約です。
この契約は、契約書などの書面がなかったとしても、口頭の合意だけで成立します。
書面化の重要性
上記のように、物品運送契約は契約書がなくても成立します。
しかし、書面化せずに契約を締結することには落とし穴があります。
契約の内容を書面化しておかないと、どのような条件で契約をしたのかが不明瞭となり、後にトラブルが発生した際に、想定外の責任を負ってしまうリスクがあります。
そこで、物品運送に関する取引を行う場合には、契約書を作成するなどの書面化が重要となってきます。
書面化しない場合に生じる問題
契約の内容を書面化することには、一般的に、
- 契約条件が事前に明確となることで当事者間の認識が一致し、紛争の予防につながる
- 実際に紛争が生じた場合に、裁判でも用いることができる証拠になる
というメリットがあるといわれています。
物品運送契約の内容について書面化を怠ると、このようなメリットを得ることができず、書面を作成した場合と比べて、次のような問題が発生する可能性が高くなるといえるでしょう。
- 当初の契約にはない附帯作業を要求される。
- 責任の範囲が曖昧で、物品の滅失・損傷などが生じた場合に発生した損害を全額賠償する義務を負う。
- 契約内容の確認が不十分となり、独占禁止法や下請法などの法令に違反する可能性がある。
特に1.は、2024年問題とも関係します。
まず、契約にはない附帯作業が発生すると、物流事業者にとっては、単純に想定外の負担が生じることになります。
また、物流事業者側で「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」の4条1項3号に定められている1日当たりの拘束時間のコントロールが難しくなり、知らず知らずのうちに拘束時間に関する規制に違反してしまう可能性が出てきます。
さらに、物流事業者は、実際に物品を運送しているトラック運転手などに対し「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」の4条1項5号に定められている休息時間を取得させる必要があります。
そのため、契約にはない附帯作業が発生し、休息時間が後ろにずれることによって、他の荷主との取引機会の損失につながる可能性があります。
書面に記載するべき項目
では、上記のような問題を回避するためには、どのような項目を書面に記載するべきでしょうか?
国土交通省は、契約条件の書面化について、「トラック運送業における書面化推進ガイドライン」を公表しています。
このガイドラインでは、物流事業者と荷主間の合意内容を書面化することを推奨するとともに、書面化する際に記載すべき必要最低限の事項についても定めており、参考になります。
下記で列挙された項目が記載すべきとされている事項の一覧です。
これらは、いずれも物品運送契約における中核的な条件を列挙したものといえます。
- 貨物の品名、重量、個数等
- 運送日時(積込み開始日時・場所、取卸し終了日時・場所)
- 運送の扱種別
- 運賃、燃料サーチャージ、料金(積込料及び取卸料、待機時間料、附帯業務料等)、有料道路利用料、立替金その他の費用
- 荷送人及び荷受人の連絡先等
- 運送状の作成年月日等
- 高価品については、貨物の種類及び価額
- 積込み又は取卸し作業の委託の有無
- 附帯業務の委託
- 運送保険加入の委託の有無
- 支払方法、支払期日
引用:国土交通省「トラック運送業における書面化推進ガイドライン」平成29年8月
ひな形整備の重要性と注意点
荷主と物流事業者の間で物品運送契約を締結するたびに、これらの項目をふまえた契約書を一から作成することは労力がかかります。
そこで、契約書のひな形をあらかじめ作成しておき、これを取引の相手方に提示することが有効です。
これにより、自社の認識に沿った契約内容をベースとして、迅速に書面での契約を締結することができます。
もっとも、ひな形の作成は、取引の実態に即し、かつ、抜け漏れのない内容となるよう、慎重に行う必要があります。
インターネット上でもひな形がダウンロードできることもありますが、内容を精査することなくこれを自社のひな形として使用してしまうと、内容が適切ではなかったり、最新の法令に対応していなかったりと、むしろ悪影響が生じることもあるので注意が必要です。
契約審査の重要性
なぜ契約審査が重要なのか
物品運送契約を締結する際、自社が作成した契約書のひな形を使う場合のほかに、荷主から送付された契約書をベースに契約することもあります。
このようなケースでは、物流事業者側にとって負担が大きい条件が記載されていたり、重要な事項の記載が漏れていたりする場合があり、内容を確認せずに押印することは避けるべきです。
チェックすべき項目
では、どのようなポイントを確認するべきなのでしょうか。
あくまで一例ではありますが、物流事業者の立場から、物品運送契約の審査においてチェックすべき事項をいくつか挙げて説明します。
運送約款の適用に関する条項
物流事業者は、国土交通省による標準貨物自動車運送約款や、物流事業者が独自に定める約款に従い、取引を進めていることが多いです。
このような約款を物品運送契約に適用するためには、そのことを契約書に記載する必要があります。
具体的な条項例は、以下のとおりです。
≪条項例≫
(基本原則)
荷主及び物流事業者は、基本契約及び個別契約において、標準貨物自動車運送約款その他物流事業者が定める約款(以下「本約款」という)が、本業務の委託に適用されることを確認する。ただし、本約款と基本契約又は個別契約とで矛盾する点がある場合には、基本契約及び個別契約の定めが優先するものとする。
運送約款の適用との関係で物流事業者が注意するべきなのは、荷主側が提示する契約書の中には、運送約款の適用を排除するような規定が定められていることがあるという点です。
物流事業者の想定と異なる内容とならないよう、確認を行う必要があります。
委託料の改定に関する条項
燃料費や人件費の高騰その他の経済情勢の変動などの理由により、当初の委託料のままでは物流事業者が適切な金額を請求できなくなるといった事象が生じることがあります。
そのような場合に備えて、スムーズに荷主との交渉を進めることができるよう、荷主と物流事業者が協議の上、委託料を変更できることを定めておくことが望ましいです。
具体的な条項例は、以下のとおりです。
≪条項例≫
(委託料)
1. 荷主が物流事業者に支払う委託料は、個別契約において定める。
2.[略]
3. [略]
4. 経済情勢の変動、取扱高の増額等の理由により委託料が不相当となった場合は、荷主と物流事業者が協議して委託料を改定することができる。
物品の滅失・損傷時の責任に関する条項
実際の契約書では、運送の過程で物品の滅失・損傷などが生じた際の責任について、物流事業者の帰責事由の有無を問わず、荷主は物流事業者に対して損害賠償を請求できることが定められている場合があります。
この規定が定められていると、例えば、輸送中のもらい事故が原因で物品が滅失・損傷した際に荷主から損害賠償を請求される場合など、物流事業者は自身に帰責性がない場合にも損害賠償を請求されるおそれがあります。
そこで、物流事業者としては、なるべく責任を回避できるような規定に修正することが考えられます。
具体的な条項例は、以下のとおりです。
≪条項例≫
(責任と挙証)
1. 標準貨物自動車運送約款40条にかかわらず、本物品の受取から引渡しまでの間に本物品が滅失し若しくは損傷し、若しくはその滅失若しくは損傷の原因が生じ、又は本物品が延着したときは、物流事業者に故意又は重過失があった場合に限り、物流事業者が荷主に損害を賠償する。
2. [略]
契約締結時の法的注意点
契約を締結する場面では、その契約に適用される法令にも意識を向ける必要があります。
契約内容が法令に違反した場合、行政処分や企業名の公表などのペナルティを受けることがあり、企業の信用低下をもたらすおそれがあります。
物流特殊指定や下請法による規制
物品運送契約を締結する場面では、一般的には強い立場にある荷主から、物流事業者を保護するため、物流特殊指定や下請法による規制がなされています。
今回の記事では、2024年6月に、公正取引委員会による初めての立ち入り検査がなされるという事例のあった物流特殊指定に焦点を当てて説明していきます。
規制の全体像
物品の運送に関する取引のうち、1. 荷主(いわゆる真荷主)が元請物流事業者に対して物品の運送・保管を委託する場合は物流特殊指定による規制の対象となり、2. 元請物流事業者が下請物流事業者に対して物品の運送・保管を委託する場合など、物流事業者間の再委託の取引については、下請法の規制の対象となります。
物流特殊指定と下請法の関係性
- 荷主(真荷主)が元請物流事業者に対して物品の運送・保管を委託する場合
⇒物流特殊指定の規制対象 - 物流事業者間における再委託の取引
⇒下請法の規制対象
物流特殊指定の概要
適用条件
物品運送契約は物品の運送を委託する契約に該当しますが、それに加え、荷主と元請物流事業者の資本金額等が次のいずれかの関係にあるときに、物流特殊指定の適用を受けます。
- 資本金3億円超の荷主が、資本金3億円以下の物流事業者に委託するという関係にある
- 資本金1千万円超3億円以下の荷主が、資本金1千万円以下の物流事業者に委託するという関係にある
- 取引上の地位が優越している荷主が、取引上の地位が劣っている物流事業者に委託するという関係にある
規制の内容
物流特殊指定においては、荷主による以下の行為を禁止しています。契約書の作成や審査にあたっても、荷主が禁止された行為を行うことがないよう、配慮しながら進める必要があります。
- 代金の支払遅延
- 代金の減額
- 買いたたき
- 物の購入強制・役務の利用強制
- 割引困難な手形の交付
- 不当な経済上の利益の提供要請
- 不当な給付内容の変更およびやり直し
- 要求拒否に対する報復措置
- 情報提供に対する報復措置
違反行為のペナルティ
物流特殊指定の違反行為に対する取り締まりは、関係者から公正取引委員会への報告などをきっかけに開始します。
この報告などにより荷主が違反行為を行っている疑いがある場合には、公正取引委員会は荷主の事業所などへの立入検査を行い、帳簿や取引記録などの関連資料を収集し調査を行います。
これらの調査により違反行為の存在が明らかになった場合、公正取引委員会は、違反行為を速やかに取りやめるよう命じる「排除措置命令」を行い、課徴金の納付を命じる場合があり、これらの処分内容は企業名と共に公表されます。
さらに、違反者が排除措置命令に従わない場合には、懲役刑や罰金といった刑罰が科せられる可能性があります。
事例の紹介
物流特殊指定による規制は2004年から始まりましたが、2024年6月には、これに違反するおそれがあるとして、公正取引委員会の立ち入り検査が初めて行われました。
事例の概要
報道によると、住宅設備販売会社が、配管設備や空調機器について販売店への配送を複数の物流事業者に委託するのに際して、時間外料金を支払わず、また、運送代金について当初契約で定めていた金額を事後的に「割戻金」などの名目で減額していた疑いがあるとして、公正取引委員会による立ち入り検査が行われるに至りました。
この事例からの学び ~法令遵守の重要性~
この事例では、物流特殊指定に違反したおそれがあるとして新聞をはじめとした媒体で報道されていますが、こういった事態は企業の信頼を失墜させることにつながります。
また、因果関係は明確ではありませんが、本件の報道後、この企業の株価が一時下落するという事態に至っています。
この事例からは、法令への適切な対応を怠ると、事業の推進の大きな妨げになるおそれがあることが分かります。
日ごろから契約内容を確認することが、このような事態を防ぐことにつながります。
また、業務の委託を受ける物流事業者としても、法令に違反するような不利な契約条件を回避できるよう、契約内容の確認を怠らないことが重要です。
まとめ
今回の記事では、運輸・物流業界において身近な「物品運送契約」を取り上げて、契約の締結に際して留意するべき事項について紹介しました。
法的な側面において、事業の継続に深刻な影響を及ぼすトラブルを回避するためには、契約内容を書面化し、契約内容を審査することはもちろん、その契約に適用される法令にも意識を向けることが重要となります。
しかしながら、適切な契約書審査を人の手だけで実施することは非常に手間がかかり、困難です。
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参考文献
自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)|(厚生労働省)
トラック運送業における書面化推進 ガイドライン |(国土交通省)
物流特殊指定の考え方についての相談|(公正取引委員会)
物流特殊指定 知っておきたい「物流分野の取引ルール」|(公正取引委員会)
知ってなっとく独占禁止法|(公正取引委員会)