米国発祥で日本にも広がりつつあるリーガルオペレーションズ
― まず、リーガルオペレーションズとは何でしょうか? 定義をお聞かせください。
一言で言うと、「法務部門のオペレーションにビジネス管理手法やテクノロジーを導入し、日常業務を進化させること」です。もともと米国で提唱されるようになった概念で、米国発祥の法務コミュニティであるCLOC(The Corporate Legal Operations Consortium)が「法務部門が社内クライアントに対して、より効率的に法務サービスを提供するための仕組み・活動、専門家のこと」と定義しているのですが、やや難解なので、私なりに解釈してこのように表現しています。最近になって、日本でも少しずつ知られるようになってきました。
― 日本で知られるようになった背景は何でしょうか。
近年、ビジネスのグローバル化、イノベーションの加速、コンプライアンスの強化等、法務部門を取り巻く環境が大きく変化し、オペレーションの変革が必要になったからです。これに関しては、2018年4月と2019年11月に公表された経済産業省の報告書によって、日本企業の国際競争力強化に資する経営と 法務機能の在り方が以下のように提言されました。
法務部門に求められる機能として次の二つがあります。
- ガーディアン機能
- パートナー機能
ガーディアン機能とは契約審査や法律相談対応などの従来の守りの機能のことで、パートナー機能とは既存事業の拡大やM&Aなどの分野で、経営のパートナーとして伴走する機能のことです。
2019年11月の提言では、このうちのパートナー機能をさらに二つに分類し、「事業と経営に寄り添い、リスクの分析や低減策の提示などを通じて、積極的に戦略を提案する機能」であるナビゲーション機能と「既存のルールや解釈が存在しない領域において、事業が踏み込める領域を広げたり、そもそもルール自体を新たに構築・変更したりする機能」であるクリエーション機能に分けました。特にクリエーション機能は、新規ビジネスの創出やルールメイクに法務が直接貢献する、受けの姿勢では決して実現できない機能です。
経済産業省内の研究会で提言された法務の三つの機能
出典:法務機能実装の方向性のストーリー(2019年7月 経済産業省)より一部改変
― そのクリエーション機能とリーガルオペレーションズの必要性がどのように関わってくるのでしょうか。
新しい機能を求められるようになったとはいえ、従来の機能も引き続き果たし続けなければなりません。その上で、クリエーション機能という難易度と作業コストが高い役割も果たさなければならないことは、法務組織にとって非常に大きな負担です。人的リソースの補強に限界がある法務組織において、リーガルオペレーションズの導入による日常業務の進化は、避けては通れない課題になったのです。
リーガルオペレーションズの三つの指標
― なるほど、リーガルオペレーションズが広まってきたのは、実務上、既存業務の最適化が必要になってきたからなのですね。
日常業務の進化とのことですが、具体的にどのように実践するものなのでしょうか。
リーガルオペレーションズにはその達成度合いを測る指標があります。世界では先述のCLOCが公表した「CORE12」、組織内弁護士団体(Association of Corporate Counsel=ACC)が公表した「Maturity Model 2.0」の二つが知られています。どちらも法務部門のオペレーションを、情報ガバナンスや予算、人的リソースなどの要素に分けて解説しており、区分は異なっていても内容はほぼ似たようなものです。
リーガルオペレーションズの二つの指標、CLOC CORE12とACCのMaturity Model 2.0。それぞれ12・14項目で分類されるが、内容は共通する部分が多い。
出典:What is Legal Operations?(CLOC)、Maturity Model 2.0 for the Operations of a Legal Department(ACC)より作図
リーガルオペレーションズの実践を日本にも広めようと策定されたのが、日本版リーガルオペレーションズの「CORE 8」です。私も所属している、経営法友界や組織内弁護士協会の有志で結成した「日本版リーガルオペレーションズ研究会」が2021年に公表しました。CORE 8では、日系企業の法務組織のオペレーション改善に必須と思われる要素を8項目に分類し、それぞれ三段階で評価するようにしています。
日本版リーガルオペレーションズ研究会が公表したCORE 8。
三つのレベルで構成されるCORE 8の各項目
― それぞれの項目について、解説をしていただけますか。
各項目はレベルごとにチェックリスト形式でアセスメントできるように書かれていますが、概要をまとめると以下のようになります。
戦略
予算
マネジメント
人材
業務フロー
ナレッジマネジメント
外部リソースの活用
テクノロジー活用
出典:日本版リーガルオペレーションズ研究会(商事法務)
― 米国の指標と比較すると項目が変わって少なくなっていますね。
米国企業の法務部門と日系企業の法務部門では雇用文化やビジネス慣習などさまざまな面で違いがあり、そのまま日系企業に適用することはできなかったのです。
例えばジョブ型雇用中心の米国に対して日本はメンバーシップ型が主流であるとか、米国は社内弁護士が法務業務の主な担い手である一方で日本ではそうではないなどの違いです。あとはeDiscoveryという米国特有の情報開示制度の影響もあります。
― 日本に最適化するにあたり、項目以外に変わったことはあるのでしょうか。
元々の趣旨は変わらないので、項目の違いはあるにせよゴールは同じです。「法務サービスの品質と生産性の向上」ですね。それにより、企業の発展に法務部門が一層貢献できるようにすることが、リーガルオペレーションズの目指すところです。
(後編に続く)