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AIで「作業」が消える時、法務に必要なスキルとは

AIで「作業」が消える時、法務に必要なスキルとは
この記事を読んでわかること
    • AI活用力が法務人材の“前提スキル”に
    • 意思決定力=法務の本質として再評価される
    • 昭和型育成”から“令和型育成”へ
奥村 友宏(おくむら・ともひろ)
Interviewee

奥村 友宏(おくむら・ともひろ)

株式会社LegalOn Technologies 執行役員・CCO(Chief Content Officer)

慶應義塾大学法学部法律学科卒、Duke University School of Law(LL.M.)修了。2011年弁護士登録、2018年ニューヨーク州弁護士登録。長島・大野・常松法律事務所を経て、2020年4月入社。2023年4月より現職。

AIの発展により、定型的な契約書レビューや翻訳といった「定型業務」は、かつてないスピードで自動化されつつある。こうした変化の中、法務人材に求められるスキルはどう変わっていくのか。

LegalOn Technologiesで法務開発部門を統括する奥村友宏・執行役員に、AI活用が当たり前になった時代にもとめられる人材について話を聞いた。

AIが法務業務にもたらした「変化」

─2018年にリリースした「LegalForce」をはじめ、「AI」を活用したリーガルテックが次々登場しています。こうしたツールは法務業務をどのように変革していますか。

一番大きな変化をもたらしたのは「定型業務」です。

例えば契約書のレビューをAIがサポートする場合では、「30分かかっていたチェック項目の洗い出しが10秒で終わる」といったように大幅に短縮されるようになりました。

かつての法務担当者は、分からないことがあれば本を読んで理解し、1、2年ほどしてようやく契約書レビューに慣れていくことが通常でしたが、これがAIレビューでは瞬時に必要な知識を集めてくれる。業務に慣れるスピードも格段に上がりました。

「翻訳」も効率化を果たした業務です。私が弁護士になったばかりの頃は契約書の翻訳業務の大部分を人が実施していましたが、英文契約書も、今日ではAIによって瞬時に翻訳することができるようになりました。

これにより、業務時間の短縮が実現できました。

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─そんな中で、法務担当者は今後、どのようなスキルを身に着けるべきでしょうか。

「AIを使う能力」は確実に求められるでしょう。

例えば、Google検索がなかった時代は「どの本に何が書いてあるか」を知っていることは、情報を取得するために必要な能力でした。今、その能力の重要性は相対的に低下していると思います。

Google検索ができるようになってからは、「Googleでどのように検索ワードを入れると必要な情報を手に入れられるか」が必要になり、今では「生成AIにどのような聞き方(プロンプト入力)をすれば適切な返答がもらえるか」を知っていることが重要な能力になりました。

例えば、現在のAIは「ふわっとした聞き方をするとふわっとした答えが返ってくる」こともままありますが、しっかりとした条件や前提知識を与えながら質問をしていくとより適切な答えが返ってくる可能性が高まります。AIを使う能力が高い人がより大きな効果を得られます。

こうした新しい技術を使いこなす「意識」と「能力」が今後は必要です。

現在のAIの進化の速度を見ると、今後1年で、業務で「AIを使いこなす人」「なんとなく使っている人」「あまり使っていない人」とで業務の方法や効率性は大きく変わってくると思います。

重要性増す「意思決定」力

─一方で、必要な法務スキルはどのように変化するでしょうか。

「意思決定を行う能力」が今後さらに重要になるでしょう。

説明したように「契約書レビューのリスクを洗い出す」といったタスクはAIが代わりにしてくれますが、複数の案がある際に、「修正案を適用すべき」か「修正を行わないべき」かを相手方との関係で最終的に意思決定することが求められます。

AIは、リスクを洗い出すことはできますが、「これは企業として飲めるリスクかどうか」の責任を伴う判断を行うことは人間の仕事です。

AIでは代替できない情報収集力も

─「意思決定力」を磨くために必要なことは何でしょうか。

意思決定のために必要十分な情報を集めて、「合理的に説明できる能力を磨くこと」でしょうか。

何か意思決定が必要な際に、適当に「イエス」とも「ノー」とも言えると思いますが、これは合理的な意思決定ではありません。

意思決定の時には必要十分な情報を前提に、合理的に判断ができることが重要です。

「若手の人が正しい判断ができるのか」という指摘もあるかもしれませんが、後から見たら判断を間違っていたとしても、その時点で合理的だと考えられる判断ができることが重要ではないでしょうか。

─合理的な判断を支える情報を集めることも重要だと感じます。

社内外で交わされる情報を拾うために「アンテナを張っておく」ということも、なお必要なスキルです。AIによって情報を集めてくるためには必要な場所にナレッジが蓄積されていることが必要ですが、社員間や担当者間の何気ない会話など、すべてのことがドキュメントデータとして蓄積されているわけではありません。

そういうシーンでは、AIによる情報収集が難しい。その最後のピースを埋められるかが、法務担当者のスキルの差を分けることがあるでしょう。

法務チーム育成の「令和型」モデル

─法務部員の育成プロセスはどのように変化するべきでしょうか。

「AIが発達してなかった時代と同じことを求めない」ことが大事だと思っています。

例えば、さきほど話したような契約書の翻訳の能力は、AIが発達していなかった私の新人時代では必要でしたが、今その能力は相対的に重要性が低くなっていると思います。

私が弁護士になりたてのころは、やはり多くの経験や量を経験することで、例えば、契約書レビューの回数を重ねれば、「何となくこの条項は危なそうだな」といった感覚を身に着けることができ、その能力はとても役に立ったと思います。ただ、自分の体験に基づいて、同じことを漫然とやらせるのは違うと思います。なぜなら、今後同じ能力が求められることになるかは必ずしも明らかではないからです。

AIが発達した時代では、求められる能力が異なるはずで、かつて望ましかった1000本ノックのように「数だけ重ねさせる」訓練の仕方が今の時代に重要かは改めて考えさせられます。

「成長の仕方が自分の時代と違う」ということを認識して指導することが上長には求められるのではないでしょうか。

─ご自身が上長として実践していることはあるでしょうか。

AIの力を積極的に活用するようにチームには伝えています。

特に生成AIの活用ケースでは、「どのようなプロンプトを入力するとどのような答えが返ってくるのか」をチーム内で共有するように推奨していて、社内チャットではさまざまな活用例がポストされています。

チーム内ではどうしても、AIの活用度合いに差が出るため、こうした取り組みでチーム全体のAIの活用機運を高めようとしています。

─組織として、AIを積極的に活用することはどれほど重要でしょうか。

先ほど言ったように、「意思決定」ができる人材に、みんながなってほしいと思っています。その中で、「いわゆる『作業』はAIに任せ、意思決定をメンバーでやる」という効率的なチーム運営が理想です。

─法務の若手にとっては、AIによって情報収集が容易になることで法務業務の難易度が下がり、「失敗しづらい」という気持ちになるような気がします。

「意思決定しないといけないシーン」は今も昔も変わらずあるため、「失敗の機会」が昔と比べて減ったかと言われるとそうではないと思います。

AIによって、判断するための材料は比較的容易に集められるようになります。逆に考えれば、法務担当者として仕事をするためには、AIの活用により生成AIを活用する周りと同党の情報を集めることができることは必須の能力とも言えます。

すでにAIの能力は一部では人の能力を超えており、「AIと同じ土俵で戦うべきではない。人ができる意思決定能力を磨くべきだ」というのが私の意見です。

リーガルプロフェッショナルとして変化に敏感になること

─一人のリーガルプロフェッショナルとして、新たなテクノロジーに対してどのように向き合うべきだと考えていますか。

一番気を付けているのが、変化に敏感になることです。契約書レビューの領域を例にすると、私がLegalOnに入社した2020年は、まだ生成AIも日常的に議論されず、一世代前のAIが注目の的でした。

ただ、それが普及すると、一世代前のAIを使うことが「普通」になってきました。こうした時代の変化に伴って仕事のやり方を変えなくてはいけない。

生成AIも、「使えないんじゃないか」という否定的な側面を探す意識を持つより「どうやって使おうか」と活用を意識し、考えることが重要です。

仕事のやり方を変えるのは一定のストレスがかかりますが、「適応しよう」という意識を持つだけでも大きく変わると思っています。