6事業に分かれたグループ経営における法務の位置づけ
角田 「法務の期待貢献と求められる力」をテーマに、ソニーグループ株式会社執行役員として法務・コンプライアンス・プライバシーを担当されている竹澤香織様にお話を伺います。まず、ソニーグループ様の全体像についてご説明をお願いできますでしょうか。
竹澤 現在、ソニーグループは6つの事業セグメントで構成されています。G&NS(ゲーム&ネットワークサービス)事業、音楽事業(アニメ事業含む)、映画事業(テレビ制作や配信事業含む)、エレクトロニクス製品とインターネットプロバイダーサービスを提供するET&S(エンタテインメント・テクノロジー&サービス)事業、イメージセンサーなどの半導体事業であるI&SS(イメージング&センシング・ソリューション)事業、そしてソニー生命・ソニー損保・ソニー銀行・ソニーライフケアから構成される金融事業です。
ソニーはエレクトロニクス製品を祖業とした会社ですが、徐々に音楽や映画などのコンテンツ事業へとシフトし、現在ではグループ全体の売上の半分以上をエンタテインメント領域が占めています。多岐にわたる事業がある中で共通しているのは、「感動を届けたい」という目的であり、我々自身はソニーを「テクノロジーに裏打ちされたクリエイティブ・エンタテインメント・カンパニー」だと定義しています。
角田 グループの構造と法務部門の位置づけ、そして竹澤様自身のご経歴についても簡単にご紹介いただけますでしょうか。
竹澤 6つの事業セグメントそれぞれにCLOを置き、各事業の法務領域の責任を負う形になっています。その上で、ソニーグループ全体の法務・コンプライアンス・プライバシーを統括する本社法務機能があり、私はそちらに所属しています。
私自身は新卒でソニーに入社し、以来ずっと法務の領域で働いてきました。入社時はまだエレクトロニクス製品の会社だったのですが、事業が広がるにつれて法務の担当領域もどんどん広がっていき、さまざまな仕事を経験させていただきました。
▲ソニーグループの事業セグメント構成図
法務は経営にインフルエンスをもたらさなければならない
角田 ソニーグループの法務部門に期待されている経営貢献について、竹澤様のお考えを教えてください。
竹澤 それについては、ソニー創業者であり、ソニーの法務機能を作り上げた盛田昭夫氏の言葉からお話しできればと思います。書籍『ジュリスト No.857』(1986年)に、盛田氏は「ビジネスのリスクを的確に分析し、説明し、トップに決断を求めるこの機能こそが、企業法務の基本である」「法務は経営の足を引っ張ってはいけないが、経営にインフルエンスをもたらさなければならない」という言葉を寄稿しています。私は、まさにこれが法務に期待される貢献だと考えています。
この言葉の背景には、アメリカでのベータマックス訴訟があります。1980年代に、ビデオテープレコーダーによる録画・私的複製が著作権法上認められるかを巡り、アメリカで最高裁まで争ったのですが、盛田氏自ら陣頭指揮をとって勝訴に導きました。このことから、盛田氏は法務・法律問題が経営に大きな影響を及ぼしうると考え、法務機能を強化したのです。この出来事と盛田氏の言葉は、ソニーグループにおける法務の源流になっていると思います。
角田 会社の歴史自体が法務に大きな影響を与えているのですね。実際に法務が経営にインフルエンスを及ぼしてきた事案について、教えていただけますでしょうか。
竹澤 法務が貢献してきた具体例としては、映画・ゲーム事業における大規模なサイバーインシデントへの対応、PC・バッテリー部門の事業譲渡、グループ再建に向けた公募増資、金融事業のパーシャルスピンオフ、M&A案件などが挙げられます。M&Aでは、EMIパブリッシングを買収しソニーが世界最大の音楽出版会社になった案件などは、インパクトが大きかったと思います。これらのプロジェクトで、初期段階から法務もキーメンバーとして参加し、一緒に知恵を絞ってまいりました。▲ソニーの中期経営計画の年表(上部)と、それに対応した法務が対応した主な出来事(下部)
ディスクロージャー・ガバナンスにより広がった法務の役割
角田 さまざまなプロジェクトの初期段階から法務が入って貢献されてきたということですが、そのように早くから法務が経営に関わることができた理由はどこにあるのでしょうか?
竹澤 法務が早期から経営的な視点でプロジェクトに関与できるようになった理由として、「ディスクロージャー/コーポレートガバナンス」「事業の多様性/新規事業創出」の2つが挙げられます。
まず、ディスクロージャーとガバナンスについてご説明します。ディスクロージャーに関しては、1989年に映画事業としてコロンビアピクチャーズを買収した際に、情報開示体制に不備があったということで、アメリカの証券取引委員会から提訴されたことがありました。和解で決着したのですが、これを契機に法務が情報開示に深く関わることになりました。
ガバナンスに関しては、2000年代に委員会等設置会社へ移行したことに合わせ、グループ内での意思決定権限の設計・維持・管理機能を法務に移管しています。それ以降、法務内にグループ全体の決裁事務局を設置して案件ごとの承認や管理・統括を行い、一定以上の案件は必ず法務の事前確認が必要という形にしました。最終決裁で「これはできません」とひっくり返すことは、我々も事業部側の方も避けたい状況ですので、できる限り早期の段階から相談いただけるように普段から対話を心がけています。事業部の方に「相談しやすく、その上問題が整理される」といった付加価値を感じてもらえるような対応を意識しており、そのことも、各事業部のプロジェクトに早期から関われるようになったきっかけの一つではないかと思います。
これらの変化により、経営陣の考えや経営状況、会社の施策などについて深く理解し、経営にインフルエンスを与える法務としての働きがより大きくなりました。
角田 ディスクロージャーに関して、「訴訟に発展する可能性があるから法務が見る」という明確な因果関係があるのは、グローバルに展開されているからこそだと感じました。
竹澤 私自身、入社後すぐにコロンビアピクチャーズの買収に関連する米国での訴訟問題を法務として経験したのですが、その経験が後の大きな糧になっていると感じます。開示内容を見るということは、経営上のあらゆる情報を集約していくわけですから、より経営目線で法務の仕事を遂行することができるようになります。正しく情報開示するためには、経営上の情報を正しく見ることが必要ですから、法務としては、その情報を正しく理解しようと努めることが非常に重要だと思います。
事業多様化に関わる上で重要な好奇心と先を読む力
角田 もう1つ挙げられていた「事業の多様性/新規事業創出」についても教えてください。
竹澤 祖業であるエレクトロニクス製品から、半導体、音楽、金融などグループの事業が広がっていく中で、法務が関わる領域も広くなっていきました。例えば、現在はSREホールディングスという会社になっている社内ベンチャーから始まった不動産テックがあるのですが、このベンチャーのスタートから上場まで法務が寄り添ってサポートしました。こうした新規事業や多様な事業に関わることで、法務の仕事もより幅広くなり、経営に深く関わることが増えていっています。
角田 法務として新規事業や多様な事業に関わる上で、心がけておられることはございますか?
竹澤 ソニーグループの法務メンバーで共有している言葉なのですが、「専門性・法的思考力と好奇心をもって、事業への貢献に取り組んでいくこと」を大切にしています。好奇心をもって掘り下げていくことで、どんな法律が関係するのかなど、より深く考え、理解することができます。
▲ソニーグループ法務部が共有している「期待貢献」と「求められる力」
もう1つは、先を読む力ですね。ソニーグループの法務領域は本当に幅広く、例えば通商・輸出管理を扱う際には、地政学的な視点や経済安保についてもカバーしなくてはなりません。さらに今ではAI倫理といった問題もあります。また、ちょうどアメリカ大統領選挙がありましたが(※本セッションは2024年12月16日に開催)、アメリカの政権が変わることでビジネスの不確実性も増します。そうした社会の環境や会社の事業の変化などをいち早く察知して、それに応じた体制や人員へとどんどんアップデートしていく。そういった感度も法務に求められてきていると思います。
各事業の法務をサポートしシナジーを生むことが本部法務の役割
角田 続いて、グループ本社と各事業会社との連携について伺います。竹澤様はグループ本社の法務に所属されていますが、連携や各事業会社を導くという点ではどんなことを意識されていますか?
竹澤 やはり各事業会社を熟知しているのはそれぞれの法務部隊ですので、基本的には彼らのリスク分析や方向性を尊重するようにしています。その上で、グループ本社として、投資家やマーケットからの視点、他グループ会社への影響やシナジーなどを踏まえ、サポートしていく形ですね。もちろん、重要な案件は本社承認が必要ですので、その際には我々本社法務も一緒に入らせていただいています。そうした形で、グループ全体で見ていくものと、それぞれの各事業で進めていくものを切り分けています。
ソニーグループ本社としては、各事業会社に対し「管理する」という考え方ではなく、「緩やかに連携する」という考えを軸にしています。本社の役割は、リソースアロケーション・シナジー創出・新規事業創出だと定義しており、本社法務の役割も基本的には同じだと考えています。また、近年ではリーガルオペレーションズという考え方やリーガルテックの活用も注目されてきていますが、これらへの対応検討も、グループ本社の法務がリードして進めている領域ですね。
角田 企業文化の醸成もグループ本社の重要な役割かと思うのですが、こちらに関する法務の働きを教えていただけますでしょうか?
竹澤 企業文化はブランドイメージそのものですので、非常に重要視しています。ソニーグループは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを掲げ、それを踏まえて日々の行動指針を定めたグループ行動規範も定めています。行動規範に関しては、世の中の変化や事業の多様化に対応する形で、本社法務でイニシアティブをとって日々アップデートを進めています。
法務問題は複雑になっても初心忘れるべからず
角田 最後に、竹澤様から本講演をご視聴されている皆様にメッセージをいただけますでしょうか。
竹澤 企業法務として大事な要素は、認識力・構想力・実行力・好奇心の4つではないかと、私は考えます。
認識力は、事実を正しく把握してリスクを的確に分析する能力。構想力は、その分析した結果に基づいて、ゴールまでのプロセスをしっかりと構築する能力。実行力は、構築したプロセスをしっかりと推進していく能力です。どんな案件やプロジェクトも実現しなければ意味がありませんし、実現のためにはこの3つの能力がまず重要になります。加えて4つ目の好奇心ですが、どんなビジネスも現状維持だけでは衰退してしまいますので、常に事業や技術の動向に好奇心をもって追いかけていくことも非常に重要です。
そして最後に、もう一度弊社創業者である盛田昭夫氏の言葉を引用させていただきます。彼は「法務問題は、複雑になっても初心忘れるべからず」とも言っています。プロジェクトが佳境に入ったときに一旦立ち止まり、全体を俯瞰してみて、何のためにやっているのかを考えること。本質は何かに立ち返って考えること。この意識は企業法務にとって非常に大事ですし、今後AIが発展しても代替できない機能だと思います。
角田 竹澤様、本日はありがとうございました!
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