コンピテンシー評価とは
コンピテンシー評価とは、ハイパフォーマーに共通する行動特性(コンピテンシー)を評価基準にする人事評価制度のことです。ハイパフォーマーとは、各職種や役割のなかで高い成果を出し続けるロールモデルのような人材を指します。
この評価で重視するコンピテンシーは、定性的な要素が中心です。
こうした特徴から、多くの企業では、情意評価や能力評価の一部としてコンピテンシー評価を用いる傾向があります。その場合、業績評価などの定量的な基準と並行して用いられるイメージになるでしょう。
コンピテンシー評価と他の評価制度との違い
コンピテンシー評価の特徴は、ほかの評価制度との違いに注目することでイメージしやすくなります。ここでは、以下3つの評価制度とコンピテンシー評価の違いを見ていきましょう。
- コンピテンシー評価と能力評価の違い
- コンピテンシー評価とバリュー評価の違い
- コンピテンシー評価と業績評価の違い
コンピテンシー評価と能力評価の違い
能力評価とは、従来の職能資格制度にあたるものです。能力評価では、業務にあたるうえで必要な能力・適性を評価します。具体的には、各従業員のスキル・適性・行動・勤務態度などを評価することが多いでしょう。
これに対してコンピテンシー評価の場合、優れた業績をあげているハイパフォーマーに共通する行動特性に合った考え方や行動ができているかどうかを見ていきます。仮に、ある職種で仕事の進め方が変わっても、コンピテンシー評価では、現在のハイパフォーマーの行動特性を基準にするイメージです。
このことから、コンピテンシー評価は能力評価と比べて、現状に即した評価が可能であると考えられます。
コンピテンシー評価とバリュー評価の違い
バリュー評価は、自社が設定した行動規範や価値観に沿った行動ができているかどうかを評価するものです。コンピテンシー評価とバリュー評価は「行動・思考・価値観」に注目する点でよく似た制度になります。ただし厳密には、以下の点で異なるものとなるでしょう。
- 【バリュー評価の基準】企業があらかじめ設定した価値観・行動規範
- 【コンピテンシー評価の基準】自社で優れた業績をあげているハイパフォーマーの行動特性
ハイパフォーマーが自社の規範に沿った行動・思考を行っている場合、コンピテンシー評価とバリュー評価の基準が一致することもあります。
コンピテンシー評価と業績評価の違い
業績評価は、成果評価と呼ばれたりするものです。特定の期間内に設定した目標達成度や、会社の売上・成果への貢献度で評価を行います。基本的には、定量的な評価になるでしょう。
一方でコンピテンシー評価の場合、売上や成果などで高い実績をあげるハイパフォーマーの行動・思考に着目することから「定性的な評価」になります。
コンピテンシー評価のメリット
自社の人事評価制度にコンピテンシー評価を導入すると、以下の効果・メリットが期待できます。各効果を詳しく解説しましょう。
- 評価の客観性が高まりやすくなる
- モチベーションやパフォーマンスを高めやすくなる
- 人材採用や人材育成と連動しやすくなる
評価の客観性や納得感が高まりやすくなる
コンピテンシー評価の基準は、高い業績をあげているハイパフォーマーの行動特性に基づきます。
ハイパフォーマーは「年間成績が最も高い」や「多くのお客様から高い満足度評価を得ている」といった明確な成果を出していることから、特定の職種や役割のなかでロールモデルともいえる存在です。
ロールモデルの行動特性を人事評価に加えると、多くの人が納得できる客観性の高い評価がしやすくなるでしょう。
この特徴は、たとえば「Aさんには期待しているから高評価をつけよう」や「Bさんは毎日頑張っているから良い評価をしてあげたい」といった上司の主観的な評価から脱却するうえでも、非常に役立つものとなります。
モチベーションやパフォーマンスを高めやすくなる
コンピテンシーによる評価への納得感や客観性は、上司と部下の信頼関係を構築するうえでも役立ちます。信頼関係があるなかで適切な評価が行われると、部下には以下のような想いからモチベーションやパフォーマンスが高まりやすくなるでしょう。
- ハイパフォーマー(Aさん)の売上に近づいたら、上司から高評価された。もっと頑張ろう。
- 上司からの適切な評価でやる気が出たら、仕事中の集中力もアップしてきた。
不公平感や不信感のない適切な評価は、上司やチームへの愛着を示すエンゲージメントを高めるうえでも不可欠なものとなります。
人材採用や人材育成と連動しやすくなる
コンピテンシー評価の基準となるハイパフォーマーの行動特性は、人材採用や育成でも活用できるものです。たとえば、採用面接でハイパフォーマーに共通する行動・思考などを確認すると、自社で高い業績をあげる可能性が高い人材を採用しやすくなるでしょう。
また、たとえばハイパフォーマーに「お客様とのラポール形成を大事にしている」や「積極的傾聴が得意である」などの行動特性がある場合、ラポール形成や傾聴の研修を実施することで、効果的な人材育成も可能となります。
コンピテンシー評価によって「高い業績をあげるためには◯◯と◯◯が足りない」などの弱みが明確になると、上司からのサポートやフィードバックもしやすくなるでしょう。
コンピテンシー評価のデメリット
コンピテンシー評価には、先述のような多くの効果がある反面、導入や運用が難しい特徴があります。ここでは、場合によってはデメリットになるポイントを3つ紹介しましょう。
- 導入が難しい
- 変化への対応が求められる
- 定義したコンピテンシーが適切とは限らない
評価基準の設定や導入が難しい
コンピテンシー評価の項目や後述する評価シートには、法律などで定められたテンプレートが存在するわけではありません。
また、たとえば特定の職種・役割で高い成果を出しているハイパフォーマーが、すべて同じ行動特性であるとも限らないことから、場合によっては、すべての評価者と被評価者にとって納得感のある評価項目や基準を設定するために、かなり多くの時間や手間がかかることもあるでしょう。
なお、システム開発プロジェクトなどの場合、同じチーム内で以下のようにさまざまな職種や役割の人が働いています。そこでコンピテンシー評価を導入するとなれば、それだけ多くのハイパフォーマーに注目し、評価項目や基準を考える必要があるでしょう。
- プログラマー
- システムエンジニア
- プロジェクトリーダー
- プロジェクトマネージャー
- スペシャリスト(待遇はプロジェクトマネージャー、仕事内容はシステムエンジニア) など
変化への対応が求められる
近年のビジネス環境は、コロナショックのような外的環境の変化が起こりやすいVUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)の時代です。VUCAでは、たとえば「訪問営業をオンライン営業に変える」や「顧客ニーズの変化に伴い、営業手法をAからBに変える」といった事業方針の変更が求められることがあります。
上記のように成果を出すための手法を変えた場合、ハイパフォーマーの定義自体が変わるかもしれません。
VUCAの時代にコンピテンシー評価を導入すると、外的環境の変化に伴い評価項目や基準の変更が頻繁になる可能性があります。
定義したコンピテンシーが適切とは限らない
ある仕事・職種・役割におけるハイパフォーマー全員が、同じ行動特性を持っているとは限りません。そこでハイパフォーマーの特定やそこからの評価項目・基準の設定を誤ると、人事評価と業績が連動しない「絵に描いた餅」になる可能性もあります。
また、業種によっては、成果を出すためのアプローチ方法が複数あり、どれを選択しても間違いではない場合もあるでしょう。そういうなかでコンピテンシーを一つに絞ってしまうと、違うアプローチをする人材の強みが適切に評価できないかもしれません。
コンピテンシー評価が注目される理由
コンピテンシー評価を導入する企業は、近年とても多くなっています。その背景にあるのが、最近のビジネス環境をとりまく以下のような変化・問題の影響です。各要因を見ていきましょう。
- 年功序列制度の崩壊
- 労働人口の不足
- 事業コストの増大
年功序列制度の崩壊
近年のビジネス環境では、日本企業を長く支えてきた終身雇用と年功序列制度が崩壊し、新たな人事評価として成果主義の考え方を取り入れる傾向が高くなっています。
このような背景から、コンピテンシー評価は高い業績をあげているハイパフォーマーの行動特性に注目するため、成果主義との相性が非常に良い評価方法です。各企業ではコンピテンシー評価の導入によって、年功序列制度の時代に多かった上司による主観的な評価が起こりにくくなっています。
労働人口の不足による採用難
かつての日本では、新卒一括採用でたくさんの新卒学生を採用し、そのなかから優秀な人材を次世代リーダー候補として育てる流れが一般的でした。一方で近年の日本では、少子高齢社会の影響で労働人口が不足し、優秀な新卒学生などの採用に難航する企業が多くなっています。
こうしたなかで行われる採用活動では、自社に合う優秀な人材の獲得が不可欠になります。また、転職も一般化していることから、優秀な人材の定着・活躍を促し、早期離職しない仕組みづくりも必要です。
その点についてコンピテンシー評価は、高い業績をあげているハイパフォーマーの行動特性に注目することで、採用活動における優秀な人材像の明確化とつながる側面があります。また、コンピテンシー評価を通じて高い成果を出すためのフィードバックなどを行うことには、各従業員に仕事の面白さややる気の向上などをもたらす利点もあるでしょう。
事業コストの増大
最近では、ウクライナ侵攻や異常気象などの影響から、企業が事業を行ううえで不可欠な原材料費・輸送費・光熱費などのコストも増大しやすくなっています。また、労働人口による採用難も、優秀な人材の確保に多くの工数や広告費などがかかるわけですから、企業のコストを増大させる大きな要因です。
こうしたなかで事業コストを抑えるためには、各従業員にハイパフォーマーと同じ思考・行動などを実践してもらい、生産性を高めてもらう必要があります。
コンピテンシー・ディクショナリーの項目例
コンピテンシー評価の項目は、各企業や部門で自由に設定可能です。
しかし、多くの企業では、最初から自社ですべての項目を考えることが大変であることから、項目選定の際にコンピテンシー・ディクショナリーを活用するのが一般的となります。
コンピテンシー・ディクショナリーは、ライルM.スペンサーとシグネM.スペンサーが開発したものです。業種・職種横断的に必要なコンピテンシーを洗い出し、6領域・21項目で分類・モデル化したものになります。1990年の発表以降、さまざまなコンサルティング会社によって独自に編纂されているものです。
コンピテンシー・ディクショナリーの領域・項目は以下のとおりです。これらのカテゴリ・項目を参考にすることで、自社独自のコンピテンシー評価も設計しやすくなるでしょう。
- 「達成・行動」領域の項目:達成志向、秩序・品質・正確性への関心、イニシアチブ、情報収集
- 「援助・対人支援」領域の項目:対人理解、顧客支援志向
- 「インパクト・対人影響力」領域の項目:インパクト・影響力、組織感覚、関係構築
- 「管理領域」領域の項目:他者育成、指導、チームワークと協力、チームリーダーシップ
- 「知的領域」領域の項目:分析的思考、概念的思考、技術的・専門職的・管理的専門性
- 「個人の効果性」領域の項目:自己管理、自信、柔軟性、組織コミットメント
コンピテンシー評価における3つのモデルとその特徴
コンピテンシー評価基準は、ハイパフォーマーの行動特性をベースに設計するのが一般的です。
ただし、仮に複数のハイパフォーマーが存在し、それぞれの行動特性に違いがある場合、評価基準をどのように設定・設計すべきかわからなくなることもあるかもしれません。また、場合によっては、部門内に群を抜いたハイパフォーマーが存在せず、「どんぐりの背比べ」に近いケースもあるでしょう。
こうしたときには、以下3つのモデルを軸に、自社のコンピテンシー評価基準を設計していくのも一つです。各特徴を解説しましょう。
- 理想型モデル
- 実在型モデル
- ハイブリッド型モデル
理想型モデル
理想型モデルは、企業側が思い描く理想の人材像に基づくものです。理想型モデルは、高い業績をあげているハイパフォーマーが存在しなかったり、その行動特性をほかのメンバーが実践しても良い業績が上がりづらかったりする場合に、企業側が独自に設定する基準となります。
実在型モデル
実在型モデルは、その名のとおり実際に存在するハイパフォーマーの行動特性を項目・基準に反映するものです。実在型モデルで設定するコンピテンシーは、具体的かつ再現性が高いものでなければいけません。
ハイブリッド型モデル
ハイブリッド型は、理想型と実在型を組み合わせたものです。
ハイパフォーマーの行動特性は、そのすべてが企業側で求める理想像と重なるものとは限りません。こうしたときにハイブリッド型を選択すると、ハイパフォーマーの行動特性を部分的に評価項目に盛り込むことが可能となります。
コンピテンシー評価における5つのレベル
コンピテンシー評価では、各項目が定性的なものとなることから、業績評価のような定量的でわかりやすい判断が難しくなりがちです。この問題を解消するためには、各コンピテンシーにおける行動状況を以下の5段階で評価するのも一つになります。
ここでは、多くの企業で導入されているコンピテンシーの5段階について、各レベルを詳しく紹介しましょう。
【レベル1】受動行動
受動行動は、その名のとおり受け身の段階です。いわゆる指示待ちともいえるでしょう。レベル1の従業員には、以下のようなことが難しい傾向があります。
- 指示を待たずに率先して動く
- ミスを防ぐための工夫をする など
【レベル2】通常行動
通常行動は、上司から与えられた仕事や役割をこなせる状態です。レベル1との大きな違いは、レベル2の従業員が「確実にこなしたい」や「ミスを防ぎたい」などの意識を持っている点になります。
ただし通常行動では、与えられたことを「最低限やる」というレベルです。高い意欲で取り組んだり、上司に言われる前に先回りしたりするわけではありません。
【レベル3】能動行動
能動行動のレベルになると、仕事に対して明確な目標・目的・意図を持ち、能動的な行動ができる状態になります。たとえば、お客様とのラポール形成なども「言われたからやる」ではなく「お客様の悩みに寄り添いたいから実践する」に変わるイメージです。
また、仕事で必要な情報・知識などがあれば、調べ物のAI活用や、関連書籍を買って自主的に勉強するといったことも、上司から言われる前にできるようになります。
【レベル4】創造行動
創造行動とは、目標達成や課題解決、現状打破に向けて、自らより良いやり方などを創り出すレベルです。仮にチームが計画実行するうえでボトルネックがあれば、上司やほかのメンバーに「こうしたほうが良いのではないか?」や「こんな新技術も活用用できる!」などの提案も積極的に行えます。
また、創造行動のレベルになると、自分の業績だけでなく、チーム・同僚・お客様・市場に対するメリットなどにも意識が向きやすくなるでしょう。
【レベル5】パラダイム転換行動
パラダイム転換行動とは、既成概念にとらわれることなく独自のアイデアを打ち出しながら、チームメンバーなどを良い方向に巻き込んだり導いたりしていく状態です。
たとえば、古い価値観ややり方によって生産性の低下や従業員の離職などの悪循環が続いていた場合、その現状を打破するためのアイデアを打ち出し、組織を変革していくイメージになります。
その存在や姿勢が、周囲にプラスの影響を与えるレベルといえるでしょう。
コンピテンシー評価の導入ステップ
コンピテンシー評価の効果性を高めるためには、以下の流れで導入作業を進めることが大切です。
また、コンピテンシー評価の場合、自社のビジネスモデルなどが変わることにともない、評価項目・基準を変更する必要が生じることがあります。こうした変更作業に備えるうえでは、以下の流れで組織作りからしっかり進める必要があるでしょう。
ここでは、コンピテンシー評価の導入・運用における各段階のポイントを解説します。
1.コンピテンシー評価の開発・推進チームを立ち上げる
コンピテンシー評価の設計・運用には、多くの工数がかかります。また、各職種・役割のハイパフォーマー分析や評価項目の設計は、業務の中身を知らない人事担当者だけでできるものではありません。
こうした特徴から、コンピテンシー評価の導入をする際には、各部門の責任者や管理職などを巻き込んだ専任の開発・推進チームをつくる必要があります。各部門の業務とは別にコンピテンシー評価の仕事に関わってもらうためには、経営層からのアナウンスも必要となるでしょう。
2.ハイパフォーマーを分析する
開発・推進チームが立ち上がったら、ハイパフォーマーの分析やモデル対象者の分析に入っていきます。ここでのポイントは、ハイパフォーマーなどの念入りなヒアリングを行い「これだけの業績をあげるために、どのような行動や思考を意識しているのか?」を確認していく点です。
ただし、ハイパフォーマーのなかには、その部門の業績に直結しない習慣や考え方などを大事にしているケースもあります。こうしたズレを防ぐうえでは、ハイパフォーマーの分析に多くの時間をかけて入念なヒアリングや調査をしていく必要があるでしょう。
3.コンピテンシー項目を洗い出す
ハイパフォーマーから入念なヒアリングを実施したら、高い業績をあげるために必要なコンピテンシー項目を洗い出していきます。先述のコンピテンシー・ディクショナリーを参考にした場合、以下の6領域21項目が考えられるでしょう。
- 「達成・行動」領域の項目:達成志向、秩序・品質・正確性への関心、イニシアチブ、情報収集
- 「援助・対人支援」領域の項目:対人理解、顧客支援志向
- 「インパクト・対人影響力」領域の項目:インパクト・影響力、組織感覚、関係構築
- 「管理領域」領域の項目:他者育成、指導、チームワークと協力、チームリーダーシップ
- 「知的領域」領域の項目:分析的思考、概念的思考、技術的・専門職的・管理的専門性
- 「個人の効果性」領域の項目:自己管理、自信、柔軟性、組織コミットメント
4.コンピテンシーモデルを設計する
コンピテンシーモデルの設計では、上記の評価項目に対して、その職種・役割・ランクで必要なコンピテンシーを落とし込んでいきます。たとえば営業職の場合、以下のイメージになるでしょう。
- 【テレアポの回数を増やす行動】外回り営業に出掛ける前の◯回を日課とする
- 【傾聴力】自分の話をする前に、まずは相手の話に耳を傾ける など
ハイパフォーマーにヒアリングをしても、適切な行動特性が見つからない場合は、企業側が求める理想型やハイブリッド型でコンピテンシーモデルを設計しても構いません。
5.評価基準を考える
評価基準を考えるうえでポイントになるのは、ハイパフォーマーに共通する項目やモデルが、すべての仕事やランクに必要とは限らない点です。
たとえば、周囲との信頼関係を築き人を動かすためのヒューマンスキル(対人関係力)は、新人・若手よりは、リーダーや管理職に求められる能力です。すべての従業員に高いヒューマンスキルがあることが理想ではありますが、この能力を身につけるまでには、それなりの時間や経験・教育が必要となります。
こうしたなかでコンピテンシー評価の基準を現実的なものにするには、以下2つの基準に分けて設計を進めることも大切でしょう。
- 【共通基準】全従業員に求められる基準
- 【個別基準】部門・職種・役割・ランクごとに設定された基準
6.経営戦略や自社のMVVと連携させる
コンピテンシー評価は、経営陣が描くMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や自社の経営戦略と同じベクトルにすることも大切です。また、自社のMVVを全従業員に浸透させることを考えると、行動規範に該当する「MVVのバリュー」とコンピテンシー評価を連動させることも一つでしょう。
7.評価者を育成する
仮にこれまでの組織で上司の主観による評価が行われていた場合、評価者の意識を変える教育も必要です。この教育での大事なポイントは、新しい制度であるコンピテンシー評価の目的やメリットを理解・共感してもらうことになります。
たとえば、「成績優秀なハイパフォーマーの行動特性を基準にすることで、営業メンバーの育成もしやすくなる」などの効果・メリットを多く伝えることで、新たな制度への共感や協力への姿勢も育まれやすくなるでしょう。
8.従業員に説明する
コンピテンシー評価の導入時は、従業員にもその目的や効果などを説明する必要があります。たとえば、以下のようなことを詳しく伝えることで、新制度のなかで実践すべきことの理解も進みやすくなるでしょう。
- 従来の制度と何が違うのか
- 新制度によってどんなメリットが得られるのか など
評価者と被評価者への説明では、新たな評価制度に理解・納得してもらうことが大切です。説明会などでは、不安や違和感を解消するコミュニケーションも必要でしょう。
9.定期的な評価・見直しをする
コンピテンシー評価は、一度導入したら終わりではありません。
近年、ビジネス環境の変化によってハイパフォーマーに求められる行動や思考も変わりやすくなっています。こうしたなかで適切な評価制度を運営するためには、コンピテンシー評価の導入による効果測定や振り返り、課題の改善などのPDCAを回すことが不可欠です。
PDCAとは、マネジメントの質を高める目的で行う以下のサイクルを指します。
- Plan(計画)
- Do(実行)
- Check(測定・評価)
- Action(対策・改善)
コンピテンシー評価の効果測定では、従業員へのアンケートやヒアリングを実施するのも一つです。現場の声に耳を傾けることで「実務と評価項目が合っていない」や「業績アップとはあまり関係がない項目が入っている」などの課題が見つけやすくなるでしょう。
コンピテンシー評価シートの項目例と書き方
近年、コンピテンシー評価も実施できる人事評価システムも登場するようになりました。こうしたITシステムを未導入の場合、上司と部下がそれぞれ評価を記入するコンピテンシー評価シートの準備も必要となります。
ここでは、一般的なコンピテンシー評価シートに記載される以下4項目について、選定ポイント・書き方・例文などを紹介しましょう。
- カテゴリ分けされた評価項目
- 領域の評価軸
- 各評価項目の評価軸
- 各評価項目の尺度
カテゴリ分けされた評価項目
シート内の評価項目は、強みや課題を理解しやすくするために、5~6個程度のカテゴリにまとめておくのが理想です。用意するカテゴリや評価項目は、職種・仕事・役割によって変わってくるものとなります。
先述のコンピテンシー・ディクショナリーを見て、以下のカテゴリをベースにしてもよいでしょう。
- 達成・行動
- 援助・対人支援
- インパクト・対人影響力
- 管理領域
- 知的領域
- 個人の効果性
領域の評価軸
コンピテンシー評価シートを評価者と被評価者の両方が同じ視点で取り扱えるようにするうえでは、上記で決めた各領域についてどういう軸で評価するのかを記載しておく必要があります。具体的には、以下のイメージになるでしょう。
- 【援助・対人支援】他者からのニーズに応えるための努力を評価
- 【管理領域】部下や同僚をリードすることや、チーム力を高める行動などを評価 など
各評価項目の評価軸
領域内の各評価項目についても、評価軸が必要です。たとえば、コンピテンシー・ライブラリー内の項目では、以下のような軸になるでしょう。
- 【関係構築】チームメンバー・お客様・取引先などと、良好な信頼関係を築き維持できる
- 【イニシアチブ】問題を回避するための行動を起こせる など
評価項目はすべて、現場で行われている実務や状態に落とし込みます。
また、領域や評価項目に並ぶ用語は、全メンバーでその意味を共有・理解し、自社やチームの共通言語にすることも大切です。たとえば、上記のイニシアチブを「先取り的に行動すること」という意味を持つ共通語にすれば、上司と部下のコミュニケーションで「もう少しイニシアチブを持ったほうがいいよ」など会話もしやすくなるでしょう。
各評価項目の尺度
上記で決めた評価軸について、英数字などによるレベルを設定します。具体的には、以下のイメージになるでしょう。
- 【S:10点】会社全体を巻き込んで実施できるレベル
- 【A:8点】チームメンバーを巻き込んで実施できるレベル
- 【B:6点】自分一人でこなせるレベル
- 【C:4点】ほかの人のサポートや指示があれば実施できるレベル
- 【D:0点】していない状態 など
各項目に対して「できた・できない」の二択では、主観的な評価になりがちです。そこで上記のように細かな尺度を設定すると、客観的な基準によって被評価者の自己理解も進めやすくなるでしょう。
コンピテンシー評価の導入・成功事例
近年の日本では、さまざまな企業でコンピテンシー評価とほかの手法を組み合わせた人事評価制度が導入されるようになりました。効果性の高いコンピテンシー評価を導入・運用するうえでは、各社の成功事例を参考にするのも一つです。
ここでは、以下3社の事例を見ていきましょう。
- ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社
- クラレ株式会社
- 富士フィルムビジネスイノベーション株式会社(旧富士ゼロックス)
ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社
ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社の人事評価制度では、コンピテンシーを23個に分類したうえで、職位ごとの期待値を設定しています。この企業におけるポイントは、コンピテンシーを「標準的に求められるスキル」と位置付け、人事評価に柔軟性を持たせている点です。
また、すべての従業員に共通する評価軸を「コンサルタントの振る舞い」にすることで、それぞれの強みを伸ばしやすい人事評価制度を構築しています。
クラレ株式会社
クラレ株式会社では、グループ全体に共通する行動指標「クラレコンピテンシー5×5」をベースに、人材評価の項目設計や能力開発などを行っています。
また、各国・各社ごとに異なる資格等級を職務の大きさをベースにした基準で整理し、グローバル・グレードとしてグループ全体での共有を行っている点は、世界的なグローバル企業ならではの特徴でしょう。
参考:クラレCSRレポート2022|職場での取り組み(クラレ株式会社)
富士フィルムビジネスイノベーション株式会社(旧富士ゼロックス)
旧富士ゼロックスでは、1990年代からコンピテンシーを重視する人事制度を導入しています。この企業における人事制度の特徴は、各役割に就くための任用条件をコンピテンシーを用いて明確化している点です。
そうすることで、「この仕事をするには◯◯のコンピテンシーが必要」といったことを企業・上司・部下の間で共有可能になります。その結果、透明性の高い人事制度の運用や、適材適所の人材配置などがを実現することになりました。
参考:日本におけるコンピテンシー|モデルングと運用(井村直恵)
コンピテンシー評価を運用する際の注意点
コンピテンシー評価には、先述のとおり導入・運用が難しい側面があります。こうしたなかで、コンピテンシー評価の導入を通じて人事評価制度の効果性を高めるためには、以下のポイントを意識した運用を行う必要があります。
- 少しずつ導入する
- 「成果を上げること」を重視する
- 人事評価や育成に柔軟性をもたせる
- 他の指標や評価制度と組み合わせる
少しずつ導入する
仮にこれまでの組織が年功序列制度のなかで人事評価をしていた場合、成果重視のコンピテンシー評価を導入することで現場に戸惑いや混乱が起こる可能性もあります。
こうした混乱への対処を適切に行えない場合、多くの時間とコストをかけて作った新制度が絵に描いた餅になってしまうこともあるでしょう。
コンピテンシー評価を効果性の高いものにするためには、まずは一つの部門や職種に導入を行い、新制度の問題をある程度解決した段階で、次の部門に取り入れる流れが理想となります。
プロセスに固執しすぎない
コンピテンシー評価が目指すべきゴールは、各従業員が「より良い行動や思考を実践する」というプロセスの向上ではありません。本来の目的は、ハイパフォーマーに近いプロセスを通じて「多くの従業員が高い成果をあげられるようになること」になります。
人事評価の際にプロセスばかりを重視してしまうと、たとえば「自分はAさんみたいにお客様とのラポール形成がうまくできない」などの自責から、従業員の自己肯定感や自己効力感が下がる可能性もあるでしょう。
コンピテンシー評価を導入した場合、各従業員にハイパフォーマーと同じ行動・思考を実践してもらうことが理想です。ただし、仮に従業員のなかにハイパフォーマーと同じ行動・思考が苦手な人材がいた場合、本人の弱みにフォーカスしすぎることを避け、強みを伸ばす方法で成果につなげる柔軟性なども必要かもしれません。
他の指標や評価制度と組み合わせる
人事評価制度は、一つの手法にこだわりすぎた場合、客観性や公平性が損なわれやすくなります。この問題を防ぐためには、以下の能力評価やOKR、KPIといったほかの手法や指標と組み合わせて評価を行うことが大切です。
- 【能力評価】業務遂行に必要な能力・スキルをもとに評価するもの。
- 【OKR】部門やチームの目標設定・管理で活用されるフレームワーク。部門の目標・ベクトルと従業員個人の人事評価を連動させたいときに組み合わせると効果的。
- 【KPI】組織の最終目標を達成するためのプロセスになる指標。最終目標から逆算して設定される特徴から、従業員個人に求められる行動・成果などと連動させやすい。
また、以下の記事では、評価手法の最新トレンドも紹介しています。自社に適したものがあれば、ぜひコンピテンシー評価と組み合わせてみてください。
<関連記事>【2025年最新版】人事評価制度の成功事例集|評価手法の最新トレンドや期待できる効果も解説
コンピテンシー評価で使える公的ツール・サンプル
コンピテンシー評価の設計・導入は、職種や役割ごとの項目設定が必要になることから、担当者にとって骨が折れる作業になりやすいものです。
こうしたなかで、たとえば「広告業」や「イベント産業」といった自社の業種・職種に合った評価項目を洗い出したいときには、厚生労働省が公開する職業能力評価基準や、この基準をベースに作成された各種資料を活用するのも一つになります。
ここでは、厚生労働省が公開する基準や情報について、以下の観点から簡単に紹介しましょう。
- 職業能力評価基準とは
- 各社の評価シートサンプルなども公開中
職業能力評価基準とは
職業能力評価基準は、働く人が仕事をこなすために必要な「技術・技能」「知識」に加えて、「成果につながる職務行動例(職務遂行能力)」を、職種・職務別、業種別に整理したものです。
厚生労働省では、「職業能力評価基準導入マニュアル」のなかで以下のようにアナウンスしています。
「職業能力評価基準」は「職業能力の辞書」、「コンピテンシーディクショナリー」として整備を進めている公的なツールであり、全データを厚生労働省ホームページ上で公開しています。
職業能力評価基準の枠組みや構造を理解したうえで、ホームページへアクセスしていただくと、必要な職業に関する情報を効率的に入手しやすくなります。
各社の評価シートサンプルなども公開中
厚生労働省の人材開発統括官が所管する中央能力開発協会の資料「企業と従業員の「共通言語」職業能力評価基準」では、コンピテンシーを含んだ項目・基準のサンプルなども以下のように公開中です。
引用:企業と従業員の「共通言語」職業能力評価基準(中央能力開発協会)
この資料内では、さまざまな企業が独自に設計・導入している行動能力評価シートなどのサンプルも公開しています。行動能力評価は、厳密にはコンピテンシー評価とは異なるものです。しかし、行動に関する文言の書き方や評価シート設計の観点では、役立つ情報になるでしょう。
なお、厚生労働省のホームページでは、各分野・職種別のモデル評価シート(Excel)も公開中です。この評価シートは職業訓練向けのものとなりますが、シート内「職務遂行のための基準」の文言は、全従業員に関連する共通基準を考えるうえでも参考になるでしょう。
参考:モデル評価シート・モデルカリキュラム 一覧表(厚生労働省)
コンピテンシー評価シートの書き方について解説しました
コンピテンシー評価は、評価の客観性や納得感を高めるうえでも導入していきたい制度です。また近年、長く日本企業を支えていた年功序列制度が崩壊し、人件費などが増大するなかで、コンピテンシー評価に注目する企業も増えるようになりました。
ただし、コンピテンシー評価には、評価基準の設定や導入が難しいなどの注意点があります。
コンピテンシー評価を少ないコストで導入するためには、本文中で紹介したコンピテンシー・ディクショナリーや厚生労働省の資料を活用するのもおすすめです。各企業の事例を見ながら、自社に適用できるかどうかを検討してみてもよいでしょう。