ストックオプションとは?
ストックオプションの基本概念
ストックオプションとは、会社が役員・従業員に対して発行する、自社の株式を あらかじめ決められた価格(権利行使価格)で購入できる権利のことです。
会社は、ストックオプションを付与し、役員・従業員は、将来、株価が上がったタイミングでこの権利を行使し、権利行使価格で株式を購入します。その後、株を市場価格で売却することで、権利行使価格と市場価格の差額が利益となります。この利益が、役員・従業員への報酬となる仕組みです。
この制度により、役員・従業員の報酬額は、会社の業績向上による株価上昇と連動します。そのため、ストックオプションを付与された役員・従業員は、会社の業績向上に向けてより積極的に貢献する動機を持つことになります。
ストックオプションは、もともとアメリカで生まれた制度ですが、日本では1997年5月の改正商法で導入されました。
ストックオプションの仕組み
ストックオプションのポイントは、あらかじめ権利行使価格で株式を購入することができる期間中(権利行使期間)なら、いつでも権利行使価格で自社株を購入できる点にあります。
例えば、現在の株価が1株100円の会社で、「権利行使価格1株100円で権利行使期間5年で1,000株分まで自社株を購入できる権利」を付与したとしましょう。
その後、会社の業績が好調で株価が上昇し、3年後には市場で1株250円になったとします。この時、ストックオプションの権利を行使すれば、市場価格よりも150円安い100円で自社株を購入できるのです。そしてそのタイミングで購入し、すぐに市場価格の250円で売却すれば、「1株あたり150円の利益 × 1,000株」で、150万円の利益を得ることができます。
一方、会社の業績が悪化して株価が下がってしまった場合はどうでしょうか。この場合、ストックオプションの権利を行使をしてしまうと損になりますが、行使しなければ、損をすることはありません。
ストックオプションの種類
ストックオプションの種類は大きく分けて2種類です。
- 有償ストックオプション
- 無償ストックオプション
両者の違いは、ストックオプションを付与される役員・従業員が付与時にストックオプションの発行価額を支払うかどうかです。その名の通り、有償ストックオプションであれば、役員・従業員はストックオプションの発行価額を支払う必要がありますが、無償ストックオプションであれば発行価額を支払う必要はありません。それぞれの特徴は以下の通りです。
【有償ストックオプション】
- メリット:税制適格要件といった制約がないので、自由な設計ができる
- デメリット:付与時に費用負担が必要なため、付与対象者の経済力によって差が出てしまう場合がある
【無償ストックオプション】
- メリット:無償で付与できるので、付与対象者の出費や手間が少なく済む
- デメリット:税制上の優遇措置を受けるためには、一定の制約がある
また、無償ストックオプションは、一定の要件を満たすことで、税制適格ストックオプションとして、税制面での優遇措置を受けることができます。
以下では、税制面での優遇措置を受けられる税制適格ストックオプションと、優遇措置を受けることができない税制非適格ストックオプションについて説明します。
【税制適格ストックオプション】
ストックオプションのうち、税制面で優遇措置を受けることができるものをいい、スタートアップ企業の多くで利用されています。
- メリット:税制非適格ストックオプションに比べて必要な税金が抑えられることがある。
- デメリット:税制面の優遇措置を受けるために一定の制約があり、税制非適格ストックオプションに比べて設計に自由度がない。
以下の主な要件を満たす必要があります。
付与対象者
- 会社およびその子会社の取締役・執行役・使用人
- 一定の社外高度人材
- ただし、大口株主(発行済株式の3分の1を超える株式を保有)およびその特別関係者・配偶者を除く
備考:2024年度の税制改正により、社外高度人材の要件が拡充されました。具体的には、非上場会社の役員経験者が追加され、国家資格保有者等に求めていた3年以上の実務要件が撤廃されました。
権利行使期間
- 付与が決定されてから、2~10年後の8年間。
- なお、設立から5年未満の未上場企業においては、付与決議から2~15年の13年間
備考:2023年度の税制改正により、未上場企業の行使期間が延長されました。
権利行使価額上限
- 設立5年未満の会社:上限2,400万円/年
- 設立5年以上20年未満の会社*:上限3,600万円/年(*非上場会社又は上場後5年未満の上場会社)
備考:2024年度の税制改正により、権利行使価額の上限が引き上げられました(従前は上限1,200万円/年)。
権利行使価額
- 権利行使価額が契約締結時の株価以上
譲渡制限
- 譲渡禁止
保管委託(権利行使で取得した株式を保管する先)
- 委託不要(自社で管理可能)
備考:2024年度の税制改正により、発行会社自身が譲渡制限株式を管理することが可能になりました(従前は、証券会社などの金融商品取引業者に株式の保管委託が必要でした)。
【税制非適格ストックオプション】
税制適格の要件を満たさないストックオプションをいいます。権利行使時に給与所得税が課税され、株式売却時に譲渡所得税が課税されます。
- メリット:①権利行使期間の制限がない ②権利行使限度額がない ③他人への譲渡が可能
- デメリット:税金が権利行使時と株式売却時の2回発生し、権利行使時の税率は給与所得課税となり税率が高くなることがある(最大税率約55%)
このように、ストックオプションは企業の成長を促進するための重要な報酬制度であり、適切な理解と運用が求められます。企業は、自社の状況に応じたストックオプションの種類を選択し、従業員のモチベーション向上につなげることが重要です。
ストックオプションのメリット・デメリット
ストックオプションは、企業と役員・従業員双方にとって魅力的な制度ですが、メリットだけでなくデメリットも理解しておく必要があります。ここでは役員・従業員側と企業側の切り口から解説していきます。
役員・従業員側のメリット・デメリット
メリット
- 業績向上によるキャピタルゲインの獲得:会社への貢献が株価上昇に繋がり、ストックオプションから大きな利益を得られる可能性があります。
- 株価下落リスクの回避:株式を直接保有するわけではないので、株価が下がっても損失を被ることはありません。権利行使のタイミングを選べる柔軟性があります。
- 税負担の軽減:通常の給与所得(最大税率約55%)と比較して、税制適格ストックオプションであれば最終的に株式を売却した際は譲渡所得(最大税率約20%)となるため、税負担が軽減されます。
デメリット
- 株価下落によるモチベーション低下:長期的な株価低迷は、ストックオプションの魅力を減らし、従業員の意欲低下に繋がる可能性があります。
- 権利行使期間と退職リスク:行使期間前に退職すると権利を失うことが一般的であるため、従業員の長期的な貢献を促す一方で、転職の自由度を制限する可能性があります。
会社側のメリット・デメリット
メリット
- 従業員のモチベーション向上と業績向上:ストックオプションは、従業員の貢献意欲を高め、業績向上に繋がる可能性があります。株価上昇が従業員の利益に直結するため、より積極的な業務遂行が期待できます。
- 優秀な人材の獲得:将来的なキャピタルゲインの可能性は、優秀な人材にとって魅力的なインセンティブとなり、採用競争力を高めます。
- キャッシュアウトの抑制:ストックオプションは金銭報酬ではないため、 キャッシュアウトを抑制することができます。
- 社外協力者の活用:社外協力者への付与も可能であり、金銭報酬なしで協力関係を強化し、事業成長を促進できます。
デメリット
- 株価下落によるモチベーション低下:株価が低迷すると、ストックオプションの魅力が薄れ、従業員の士気を下げる可能性があります。
- 付与基準の曖昧さによる不公平感:不明確な付与基準は、従業員間の不信感や不公平感を生み、モチベーション低下や社内環境悪化に繋がる可能性があります。
- 権利行使後の退職リスク:権利行使によるキャピタルゲイン獲得後、従業員が退職する可能性があります。
- 株式の希薄化:大量付与は既存株主の株式価値を希薄化させるリスクがあります。適切な付与比率の設定が重要です。
ストックオプションは、従業員にとっては業績向上による利益獲得や税負担軽減などのメリットがある一方、株価下落リスクや転職の自由度制限といったデメリットも存在します。企業にとっては、従業員のモチベーション向上や優秀な人材獲得などのメリットがある一方、株価変動リスクや人材流出、株式の希薄化といったデメリットも考慮が必要です。
ストックオプション導入によりより重要になるIPOとIPOにおける法務の役割
資金力が乏しいスタートアップ企業にとって、将来の成長性への期待感を人材確保のインセンティブにできるストックオプションという制度は、とても魅力的な制度です。一方でストックオプションは、上場後の権利行使(自社株買い)こそがインセンティブであるため、従業員などのモチベーション維持のためにも、IPOを目指すことがより重要になってきます。
ここからは、法令遵守、リスク管理、内部統制の確立、レピュテーションリスクの管理など、IPO実現のために法務担当者が担うべき5つの重要な役割について解説していきます。
内部統制とリスクマネジメントの確立
内部統制の確立は、企業経営における信頼性の基礎となるものであり、未上場の段階でも会社法を中心とした法令に基づいて一定の整備が行われるのが一般的です。しかし、上場を目指す企業にとっては、単なる法令遵守にとどまらず、内部統制の質的向上が重要な課題となります。
上場準備における内部統制の確立プロセスでは、まず業務フローや組織内の各部署の権限分掌を可視化することから始まります。これにより、法令違反や不正行為が発生する可能性のあるリスクの所在を特定し、それらのリスクを評価します。次に、特定されたリスクの顕在化を防止するためのマネジメント策を講じるのです。
このプロセスにおいて、法務部門が重要な役割を担います。法務は、リスクの所在把握から評価、そしてリスクマネジメントのための具体策の立案と実行まで、一連の作業を分析的かつ細密に行います。IPOを成功させるためには、このような法務部門の取り組みを通じて、1つ1つ丁寧に内部統制を整えていくことが不可欠です。
法務部門が導くコーポレートガバナンス・コードへの対応
コーポレートガバナンス・コードは、企業の統治体制を強化するための重要な指針であり、5つの基本原則、31の原則、47の補充原則の合計83項目から構成されています。この包括的な体系は、企業の行動基準を具体的に定めており、上場企業にとって重要な指針となっています。
コーポレートガバナンス・コードの特徴的な点は、「コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)」の原則が適用されていることです。この原則は、「遵守(Comply)せよ、さもなくば説明(Explain)せよ」という考え方に基づいており、企業はコードの各項目を遵守するか、遵守しない場合はその理由を合理的に説明することが求められます。
このコードへの対応において、法務部門が中心的な役割を担います。法務は、各項目に対する適応状況を精査し、遵守できない項目については代替案や合理的な説明を準備しなければなりません。またコードの要求事項を会社の実情に合わせて解釈し、適切な内部管理体制の整備を推進することも法務の重要な任務となります。
コーポレートガバナンス・コードの項目数が多いことから、その対応には綿密な分析と戦略的なアプローチが必要です。法務部門は、経営陣と密接に連携しながら、各項目への対応方針を決定し、必要に応じて社内の他部門とも協力して体制整備を進めていきます。このプロセスを通じて、企業は自社のガバナンス体制を強化し、投資家や市場からの信頼を高めることができるのです。
IPOに向けた資本政策と法務デューデリジェンス
資本政策は、企業の財務戦略において重要な位置を占めており、その策定と実行には経理財務部門と法務部門の緊密な連携が不可欠です。経理財務部門が主に数字的な側面を担当する一方で、法務部門は資本政策の実装において極めて重要な役割を果たします。具体的には、資金調達や株式発行などのスキーム構築、関連する契約内容の作成、そして必要な法的手続きの履行を法務が担当します。このように、資本政策の実現においては、法務部門の関与が非常に大きいと言えるでしょう。
さらに、IPOを目指す企業にとって、法務部門の役割は資本政策の実装にとどまりません。IPOの実現に向けては、証券会社の要請により、弁護士が中心となって包括的な法務デューデリジェンス(DD)を実施することが多いです。この過程では、社内の様々な情報を収集・整理し、締結済みの契約書や現行のコンプライアンス体制など、企業活動の全般にわたって法律上の問題点がないかを綿密に調査・検討が行われます。法務部門は、ヒアリングや資料提出に対応する必要があります。
具体的に、法務DDの対象と考えられる項目は以下です。
- 既存の契約関係の精査
- 知的財産権の保護状況の確認
- 労務関連の法令遵守状況の確認
- 各種許認可の取得状況の確認
- 訴訟リスクの評価
- コーポレートガバナンス体制の評価
このような包括的な法務DDを通じて、企業は潜在的な法的リスクを特定し、必要な対策を講じることができます。また、この過程で得られた情報は、IPOに向けた各種開示資料の作成にも活用されます。
したがって、資本政策の策定から実行、そしてIPOに向けた準備まで、法務部門は企業の成長戦略を法的側面から支える重要な役割を担っているのです。経理財務、経営企画、そして外部のアドバイザーとも密接に連携しながら、法務部門はIPOの成功に不可欠な基盤を構築していくのです。
レピュテーションリスクマネジメントにおける法務部門の役割
レピュテーションリスクのマネジメントは、企業の法務部門が担う重要な役割の一つです。このリスクは不祥事対応や危機管理と密接に関連しており、その対処には高度なリーガルマインドが要求されます。
具体的には、法務部門は社会的コンセンサスのある基準に基づいて、問題解決のための規準を策定して実行します。この過程では、法的知識だけでなく、社会的な規範や倫理的な考慮も必要です。
レピュテーションリスクへの対応は、単なる法令遵守にとどまらず、企業の社会的責任や倫理的行動の実践にも関わります。法務部門は、こうした多面的な要素を考慮しながら、企業の評判を守り、信頼を維持するための戦略を立案し実行する重要な役割を担っているのです。
事業拡大に伴う法的リスクマネジメント
IPO後の事業拡大に伴う法的リスクマネジメントは、企業の持続的成長において法務部門が担う重要な役割です。IPOはゴールではなく通過点であり、企業は更なる成長のために事業の多角化や新規事業展開を進めていきます。
この過程で、既存事業にはなかった新たな法規制やガイドラインへの適合が必要となり、時にこれらが事業展開の障壁となることがあります。ここで法務部門の役割が重要であり、具体的には以下の機能を果たさなければなりません。
- 事業の適法性判断
- 適法な事業実現のための論理構築
- 関係省庁との折衝
- 新市場創出のためのルールメイキング
法務部門は、これらの活動を通じて新規事業や多角化戦略の法的リスクを管理し、企業の持続的成長を法的側面から支援します。また、規制環境の変化に対応し、時には新たな法的枠組みの構築にも関与することで、企業の競争優位性確保にも貢献します。
このように、IPO後の事業拡大期における法務部門の役割は、単なるリスク回避にとどまらず、企業の戦略的成長を支える重要な機能を果たしているのです。
ストックオプションでIPOを成功に導く
ストックオプションは、企業成長と従業員のモチベーション向上に寄与する重要な報酬制度です。IPOを目指す企業にとって、優秀な人材確保の強力なツールとなります。しかし、その効果的な活用には適切な法務体制が不可欠です。
ストックオプションには株価変動リスクや運用管理の課題があるため、法務の専門知識に基づいた制度設計とリスク管理が重要です。同時に、IPOを目指す企業には高度な法令遵守と透明性のある経営体制が求められます。
このようにして、企業は投資家や規制当局からの信頼を獲得し、円滑なIPOプロセスを実現できます。法務体制の構築は、企業成長を加速させる戦略的投資といえるでしょう。
また、弁護士や法務コンサルタントなどの外部専門家の活用も有効です。彼らの助言は複雑な法規制への適切な対応に役立ちます。
ストックオプションはIPO成功の一助となりますが、総合的な法務体制の構築とコーポレートガバナンスの強化が不可欠です。詳細については専門家への相談をおすすめします。