ESGとは
ESGとは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)という3つの言葉の頭文字をとった概念です。
現代の世界には、地球の温暖化による環境問題や、戦争・紛争による人権問題といった人類がみんなで解決すべき課題が山積しています。また近年では、インターネットなどの普及により、企業の信用を失墜させるような管理上の問題なども社会に露呈しやすくなりました。
こうしたなかで注目を集めるESGは、問題が山積する世界で企業が長期的に成長するうえで、不可欠な観点の総称になります。
企業にESGが求められる理由と背景
企業にESGの取り組みが求められるようになった背景には、2006年にPRI(責任投資原則)が発足したことが影響しています。
PRIとは、金融機関などの機関投資家が投資の意思決定や株主行動などを起こすうえで、ESG課題を考慮することを求めた原則です。PRIを策定したのは、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクト(UNGC)になります。
当時の国連事務総長(コフィー・アナン氏)が、世界の金融業界に向けてPRIを提唱したことで、機関投資家などがESGを重視するようになりました。
ESG投資とESG経営
ESG投資とは、従来から使われてきたキャッシュフローや利益率といった定量的な財務情報に加えて、非財務情報であるESGの要素を考慮する投資方法です。
これに対して、目先の利益・評価だけでなく、環境・社会への配慮や健全な管理体制の構築などを通じて、長期的に持続できる発展を目指すことをESG経営と呼びます。
ESG投資では、投資対象となる企業が「ESG経営に力を入れ、高い成果を出し続けているか?」も重視されると考えれば、この2用語の関係性も理解しやすいでしょう。
ESGが重視する3つの要素
ESGが重視する以下の3要素について、各特徴や背景、関連キーワードなどを詳しく見ていきましょう。
- 環境(Environment)
- 社会(Social)
- ガバナンス(Governance)
環境(Environment)
私たちが生活する地球は、人類が経済優先の発展に力を入れ続けてきたことで、多くの環境問題を抱えるようになりました。また近年では、地球温暖化などを原因とする大型台風や豪雨災害などが頻発することで、今度は人類の持続的な発展が難しい状況に陥り始めています。
こうしたなかでESGの環境(Environment)では、以下のような環境課題への配慮や改善を目指す取り組みなどが求められています。
- 地球温暖化の加速
- 気候変動
- プラスチックによる海洋汚染
- 世界的な水不足
- 多くの野生動物における絶滅危機 など
社会(Social)
人類はこれまで、誰もが安心して暮らせる豊かな社会づくりを目指してきました。しかしその一方で、自分たちの利益を優先する企業・国・人などの影響から、以下のように多くの社会問題も世界各地で起こるようになっています。
- 少子高齢化による諸問題
- 人口集中と過疎化による諸問題
- ジェンダーの問題
- 経済格差の問題
- 子どもの貧困問題
- 労働問題
- 過労死問題 など
ガバナンス(Governance)
ガバナンスとは企業統治のことです。具体的には、企業が健全な経営を続けるための自己管理体制を指す言葉になります。
不適切営業や不正会計といった不祥事は、国内外で後を絶ちません。また近年では、インターネット・AI・スマートフォンなどのデジタル技術の進化により、日本国内ではいわゆるバイトテロによるネット炎上や著作物の違法コピーなど、企業の信頼を失墜する問題が多発しやすくなっています。
こうしたなかで求められるのが、以下のような取り組みを通じた自己管理体制の強化です。
- 透明性と公平性のある取締役会
- ステークホルダーの権利保護
- 法令遵守
- 経営計画や役員報酬、問題発覚時の情報開示 など
ESGにおける人的資本経営の重要性
ESG内の社会とガバナンスには、近年注目されている人的資本経営と特に関連性が高い課題がたくさん並びます。経済産業省による人的資本経営の定義は、以下のとおりです。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
引用:人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~(経済産業省)
企業の中長期的な成長は、自社で働く人材の活躍や成長から得られる側面が大きいものとなります。
こうした背景から、近年の欧米などでは、人的資本に関する情報開示を義務化する国が多くなりました。また人的資本に関する開示拡充を求める動きは、日本国内でも強まっていく可能性が高いとされています。
ESG経営を通じて機関投資家などから高く評価される企業になるうえでは、ESGと重なる部分が大きい人的資本経営の要素に力を入れることも大切になるでしょう。
ESGとSDGs・CSR・サステナビリティとの違い・関係性
ESGをより詳しく知るうえでは、事業活動の目的・目標の設定などで同様に使われることが多い以下3つのキーワードとの違いや関係性も理解しておく必要があります。それぞれを解説しましょう。
- ESGとSDGsの違い・関係性
- ESGとCSRの違い・関係性
- ESGとサステナビリティとの違い・関係性
ESGとSDGsの違い・関係性
SDGsは、持続可能な開発目標を指す言葉です。具体的には、人類がこの地球で暮らし続けるために、2030年までに達成すべき目標を指す概念になります。ビジネス活動をするなかで、以下の図やバッジなどを見たことがある方も多いのではないでしょうか。
これに対してESGは、SDGsという「目標」を成し遂げるうえでの「手段」としての意味合いで使われるケースが多いでしょう。
ESGとCSRの違い・関係性
ESGとCSRは、どちらも社会貢献のニュアンスで使われることが多い概念です。ただし両者は、以下のように前提が大きく異なります。
- 【ESG】環境・社会問題の解決やガバナンス整備が、経営課題の真ん中に据えられる
- 【CSR】「企業活動は、少なからず社会や環境に負荷をかけている」という前提による贖罪行為や免罪符の意味で、環境保護活動や文化活動などを行う
ESGとサステナビリティとの違い・関係性
サステナビリティは、環境・社会の持続可能性と経済の成長を目指す考え方や活動の総称です。ESGは、サステナビリティを実現するための行動指針のような位置づけになります。先述のSDGsを含めて考えると、以下の関係性になるでしょう。
- 【サステナビリティ】環境・社会の持続可能性と経済の成長を目指す「考え方」「活動」
- 【SDGs】持続可能な開発「目標」
- 【ESG】サステナビリティやSDGsを実現するうえでの「行動指針」の一つ
ESG投資における7つの種類
ESG投資には、着目する観点や規範ごとに複数の種類があります。ここでは代表的な種類の概要を紹介しましょう。
- ネガティブ・スクリーニング
- ポジティブ・スクリーニング
- 国際規範スクリーニング
- ESGインテグレーション
- サステナビリティ・テーマ投資
- インパクト・コミュニティ投資
- エンゲージメント/議決権行使
ネガティブ・スクリーニング
ESGの観点で考えて、適さないと考えられる対象・カテゴリなどをあらかじめ決めておき、該当する企業を除外する投資方法です。除外対象は機関投資家ごとに異なります。
たとえば、倫理的・宗教的観点で考える場合、ギャンブル製品・タバコ・アルコールなどを総称した「罪ある株(Sin stock)」が除外対象になります。原子力発電事業の会社が除外されることも多いです。
ポジティブ・スクリーニング
ESG課題への対応評価や関連指標の数値をもとに、投資対象を決める方法です。各業種内でESG指標が高い会社に投資する「ベスト・イン・クラス」もポジティブ・スクリーニングの一種です。
国際規範スクリーニング
国連グローバルコンパクトやOECD多国籍企業ガイドラインなどの国際規範に沿って、除外していく方法です。国際規範スクリーニングには、労働問題や人権問題、気候変動などの項目において、国際的な規範に基づく最低基準を満たさない企業を除外できる特徴があります。
ESGインテグレーション
ESG投資における代表的な方法です。ESGに関する取り組みによる「非財務情報」と、従来から使われている「財務情報」から総合的な企業評価を行います。近年では、ESG投資が拡大するなかで、将来的な企業価値の向上に着目したESGインテグレーションの適用が進むようになりました。
サステナビリティ・テーマ投資
たとえば、環境・社会問題に関するサステナビリティなテーマを設定し、それに関連する債権・企業株式などに限定した投資を行うことです。具体的には、再生可能エネルギーや生物多様性保全などに対するグリーンボンドや投資ファンドが対象となるでしょう。
グリーンボンドについては、環境省の以下ページで詳しく解説しています。
インパクト・コミュニティ投資
地域社会の課題解決や開発への貢献を目指す投資です。インパクト投資の一種になります。近年注目されているクラウドファンディングやマイクロ投資ファンド、NPOバンクなども、日本国内におけるコミュニティ投資における代表的な支援組織になるでしょう。
エンゲージメント(議決権行使)
いわゆる責任投資の一種です。エンゲージメントとは、企業が抱えるESG課題などについて、企業と投資家が建設的な対話をすることです。エンゲージメントには、経営層との面談・会議などでの意見表明・企業への取材とさまざまな方法があります。
一方で議決権行使は、株主総会で株主が決議に参加し、事案への賛否を投票することです。対話の一種であるという考え方から、議決権行使もエンゲージメントに含まれるケースもあります。
エンゲージメントによって経営に株主の意見が取り入れられ、企業の持続可能性が高まることは、多くの場合、投資家にとっての長期的なリターンの増加というメリットを生むはずです。
ESG経営に取り組む4つのメリット
ESG経営には、スタートアップ企業に以下の効果・メリットをもたらす魅力があります。
- 投資家からの評価・注目度アップ
- 企業イメージの向上
- 経営リスクの軽減
- 働きやすい環境の整備
投資家からの評価・注目度が向上する
先述のとおり、近年ではESG経営を重視する機関投資家が多くなっています。
そのため、社会・環境の問題や企業ガバナンスの整備などに力を入れたうえで、それらの実績などをアピールすることは、投資家からの評価や注目度の向上につながる効果が期待できるでしょう。
また、ESG経営にともなう投資家からの注目は、将来的なキャッシュフローの増強につながる取り組みでもあります。
企業イメージが向上する
ESG経営の推進は、企業が地球環境の保全や社会問題などに高い関心を持っていることのアピールにもなります。それはつまり、ESG経営に注力しその情報を発信することで、自社のブランド力や企業イメージの向上につながっていくことを意味するでしょう。
近年のビジネス環境では、外的環境の変化による逆境や課題が生じやすい時代です。また、日本国内では、少子化などの影響から優秀な人材の獲得が難しくなっています。
こうしたなかで、就活生や取引先といったステークホルダーからの注目・信頼を獲得し組織を成長させていくうえでも、ESGなどの取り組みに力を入れることが大切になるでしょう。
経営リスクが軽減する
ESG経営のガバナンスは、企業のリスクマネジメントにつながる側面もあります。たとえば、多くのお客様情報を扱う企業で、個人情報保護に関連する取り組みに力を入れることは、社内での情報漏えいなどのリスク低減を意味するはずです。
近年のビジネス環境では、デジタル技術に著しい進化が生まれ、現場では多様な価値観や属性の人材が協働するなかで、従来では考えられなかった問題が起こりやすくなっています。
こうしたなかで、ESGのガバナンスに力を入れる姿勢は、さまざまなリスクにさらされる自社を守る効果を生み出すでしょう。
働きやすい環境が整備できる
ESGの社会問題のなかには、過労死・ダイバーシティ・所得格差といった各企業の労働環境に関係するテーマも多く並びます。具体的に改善できるポイントは施策によって異なりますが、たとえば、ダイバーシティ経営に力を入れると多様な人材が働きやすい職場環境が構築されやすくなるでしょう。
これからの時代は、終身雇用の崩壊や人材の流動化などの影響から、従業員の離職が従来と比べて増えやすくなります。こうしたなかで優秀な人材の定着を促すためには、ESG関連の取り組みを通じて働きやすい職場環境を目指す必要があるでしょう。
ESG経営における4つの注意点・問題点
ESG経営は、先述のとおり多くの効果が期待できるものです。
ただし、これらの効果・メリットを得る目的でESGの取り組みに力を入れる際には、以下の問題が生じやすい点に注意する必要があります。それぞれを詳しく解説しましょう。
- 長期的な取り組みが求められること
- 新たなコストがかかること
- 評価基準が確立されていないこと
- 経営者と企業の発信内容を連動させる必要があること
中長期的な取り組みが求められること
ESGに関する取り組みは、どれをとっても一朝一夕で終わることは少ないです。
たとえば、仮にダイバーシティ経営で多様な人材が働ける職場をつくるとしても、体制や仕組みを構築したあと、その効果性やメンバーの評価を確認してさらにブラッシュアップするとなれば、それなりに長い期間が必要でしょう。
自社でESG経営を行う際には、長期的なプロジェクトになる前提で体制などをつくる必要があります。
また、たとえば「働きやすい環境づくり」や「CO2排出量を減らすために◯◯を導入」といった取り組みの客観的評価や効果が出るまでには、それなりの長い期間が必要になることが多いでしょう。
新たなコストがかかること
ESGに関する取り組みを始めるうえでは、多くの場合、新たなコストが必要です。
廃棄物や環境保全などの場合、現場の運用ルールを変える程度で対応できることもあるかもしれませんが、そのためのアナウンスや運用チェックなどを行うことを考えると、どの施策でもいくらかの工数が増えると考えたほうがよいでしょう。
評価基準が確立されていないこと
ESG経営には、取り扱うテーマも広く定性的な目標や取り組みも多いことから、それを実践する企業の明確な評価指標や判断基準が決まっていない実情があります。
また、仮に環境保全の分野で素晴らしい施策を実施しても、ガバナンス体制に問題があるようでは、企業全体の価値が高く評価されることはないでしょう。
企業が環境や社会の課題に注目し、その改善に向けて行動を起こすことは大切です。ただし、スタートアップ企業などがESGを通して融資を受けることを考えると、「自社にとっての最適解はなにか?」という問いの答えをみんなで見つけていく姿勢が必要となるでしょう。
経営者と企業の発信内容を連動させる必要があること
ESG経営は、企業投資家からの評価だけでなく、自社のブランドイメージなどにもつながる取り組みです。仮に経営者が自分の考えやビジョンなどを発信する場所を持っている場合、そこでの内容と自社のESG経営の取り組みや進捗も連動させる必要があります。
また、近年のビジネス環境は、コロナ禍がそうであったように予測のつかない変化が次々と起こるVUCAの時代です。こうしたなかでESG経営を続けるうえでは、外的環境の変化などの影響を受けて自社の優先度が変わることもあるかも知れません。
明確な評価基準や答えながなかでESG経営を続けるためには、時代の流れを汲み取りながら、「自社にとって「今」必要な施策はどれなのか?」を定期的に考え見直す姿勢が必要となります。
ESG経営を導入するための8ステップ
ESG経営を通じて社内外から見た価値を高めていくうえでは、適切な流れで施策や仕組みを導入することが大切です。ここでは、ESG経営の成功につながる5ステップとそれぞれのポイントを解説しましょう。
- 1.ESGの専門部署を立ち上げる
- 2.ESGやESG課題がどういうものかを理解する
- 3.自社におけるESG関連課題を洗い出す
- 4.課題を解決するための施策と目標値を考える
- 5.自社のMVVや意思決定のプロセスなどと連動させる
- 6.経営層からトップメッセージを発信してもらう
- 7.PDCAをまわしていく
- 8.ESGレポートなどを定期的に公開する
1.ESGの専門部署を立ち上げる
ESG経営は基本的に、何かの業務の片手間でできるものではありません。
後述するステップをすべて行い、定期的な振り返り評価・施策の改善・ステークホルダーへの情報公開などを実施し続けると考えた場合、ESGに特化した部門やプロジェクトチームなどを構築することが大切です。
ただしESG経営には、各施策が社内で自然と実践されるようになるまでに、それなりの長い時間がかかります。一方で、先述の振り返り評価・施策の改善などは、スタートアップ期から必要な業務ではありません。
これからESG経営を始めるうえでは、後述するステップ3以降になるべく早く着手する必要があるでしょう。そう考えると、当初は本社社員を中心とする少数精鋭のタスクフォースで仕事を進めていき、ESG経営の本稼働までに部門が立ち上げられるだけの人員調整をする流れも一つになります。
2.ESGやESG課題がどういうものかを理解する
ESGの対象となる環境・社会・ガバナンスの問題には、非常に多彩な種類があります。こうしたなかで「ESGの課題」と「自社の課題」をリンクさせるうえでは、まずESG課題にどのようなものがあるのかを理解することが大切です。
ESGを主導する担当者にESG課題の引き出しが多いと、たとえば以下のような考え方もしやすくなるでしょう。
- 自社の評価向上で考えると、最も魅力的なのは「課題A」の解決。
- ただし「課題A」の解決にはかなりのコストがかかる。費用と人員を集める余裕はない。
- 費用対効果で考えると「課題B」もしくは「課題C」が妥当ではないか。 など
ESG課題の理解をするうえでは、以下のような資料も参考にしてみてください。
- 自社をとりまく事業環境・外的環境の分析レポート(例:世界経済フォーラムによる「グローバルリスク報告書」など)
- 国際機関が公表する「SDGs」「GRIスタンダード」「SASBスタンダード」などの枠組み
- FTSE Russellの指標など、外部評価機関のレポート
3.自社におけるESG関連課題を洗い出す
ESGおよびESG課題がどういうものかを理解したら、次は自社のESG課題(マテリアリティ)を洗い出します。自社の価値を高めるうえで最適なESG課題を見つけるうえでは、投資家・従業員・お客様などのステークホルダーの意見に耳を傾けることも大切です。
たとえば、お客様からの問い合わせ情報を管理するCRMシステムなどから、意外なESG課題が見つかることもあるかもしれません。また、幅広い従業員からの意見を集めたい場合は、アンケートなどで環境・社会問題やガバナンスに関する自社の課題を挙げてもらってもよいでしょう。
自社にとって最適な課題が見つからない場合、同業他社の取り組み事例を参考にするのも一つです。
4.課題を解決するための施策と目標値を考える
自社のESG課題が決まったら、次はそれを解決するための施策と目指すべき目標値を決めていきます。ESG経営で実践する施策や取り組みは、自社のリソースや事業方針によっても変わってくるはずです。
たとえば、「自社の人材には属性面の偏りがかなりある」や「(◯◯の理由から)働きやすい職場にはほど遠いかもしれない」の人材面の課題が見つかった場合、以下のような取り組みから自社が実践できるものを選ぶことになるでしょう。
- 若手・女性・外国人人材の中途採用に力を入れる
- 心理的安全性の高い組織づくりを目指す
- 子育てや介護をする社員も仕事を続けやすい仕組みを増やす など
ここで注意点があります。それは、ESG課題の解決につながる取り組みには、たとえば「心理的安全性の高い組織をつくる」のように定性的な内容であり、何をもってゴールとするのかがわかりづらいテーマも多い点です。
自社の課題に対する目標値を考えるうえでは、「内容が明確であり、ゴールの達成と評価が可能なもの」を考える必要があります。たとえば、上記3つの施策を実践する場合、働きやすい職場環境が構築できたことで得られる「若手における3年離職率の低下」や「女性社員や外国人社員の増加率の向上」などの数値に落とし込んだ目標が必要となるでしょう。
数値目標の設定では、目標設定のフレームワークであるSMARTなどを活用するのもおすすめです。
- S:Specific(具体的に)
- M:Measurable(測定可能な)
- A:Achievable(達成可能な)
- R:Related(経営目標に関連した)
- T:Time-bound(時間制約がある)
5.自社のMVVや意思決定のプロセスなどと連動させる
ESG経営は、その内容を全従業員に理解・共感・実践してもらってこそ成功するものです。この理解・共感・実践をしてもらえている状態は、「浸透」ともいえるでしょう。
ESG課題の組織浸透を目指すうえでは、MVVのなかで行動指針を意味する「バリュー」とESG施策を連動させることも大切です。また、意思決定のプロセスにおいても、たとえば「弊社はガバナンスを重視するから、AよりBのやり方を選ぶべき」といった考え方が全従業員にできる状態を目指す必要があるでしょう。
「浸透」の考え方や方法は、以下の記事でも解説しています。効果的な浸透方法に興味がある方は、ぜひ参考にしてください。
<関連記事>ミッションステートメントとは?企業と個人が作成すべき理由や浸透ポイントも解説
6.経営層からトップメッセージを発信してもらう
ESG経営は、企業のトップが主導してこそ成功するものです。
たとえば、従来の社内に長時間労働やサービス残業などの問題があると仮定します。この場合、経営層が自ら「これまでの弊社には、長時間労働などの問題がありました。しかし今後は……。」というメッセージを発信することで、全社の方向性やあり方を変えるスイッチが押される形になるでしょう。
なお、ESG経営に関するメッセージは、1回発信して終わりではありません。
以下のようなシーンで社員が何度も触れられるようにすることで、少しずつ浸透が進んでいきます。
- 社内報
- 各自が携帯できるハンドブックやカード
- 各階層別の研修
- 総会や朝礼での経営層や上司のメッセージ など
7.PDCAをまわしていく
ESG経営は、PDCAをまわしながら少しずつブラッシュアップしていくものです。PDCAとは、以下の検証プロセスを循環させることでマネジメント品質を向上しようとする概念になります。
- Plan(計画)
- Do(実行)
- Check(測定・評価)
- Action(対策・改善)
たとえば、子育て・介護をする社員も働きやすい職場環境にするために、新制度の導入や体制の変更などを行った場合、最初に設定した目標値の達成度から客観的な評価をする必要があります。また、新制度への満足度などをはかるうえでは、社員にアンケートなどをとることも一つでしょう。
評価測定の結果から新たな課題が見つかると、それを改善するために最適な施策も構築しやすくなるはずです。
8.ESGレポートなどを定期的に公開する
ESG経営では、投資家などのステークホルダーに自社の取り組みおよび成果を知ってもらい、適切な企業評価につなげることも大切です。東京証券取引所が公開する「ESG情報開示ハンドブック」では、以下4項目の開示が必要としています。
企業の戦略と ESG の関係
マテリアルな ESG 課題とその特定プロセス
トップのコミットメントとガバナンスの体制
指標と目標値
ESGの取り組みと成果をさまざまな場所で定期的に発信することには、自社のブランド力やイメージを向上させるメリットもあるでしょう。
ESGに関する各企業の取り組み事例5選
自社におけるESG課題を洗い出し最適な施策を考えるうえでは、他社の取り組み事例を参考にするのも一つです。ここでは、大手5社におけるESG経営の一部を紹介しましょう。
- 伊藤忠商事
- TOPPANホールディングス
- トヨタ自動車
- 日本郵便
- 花王
伊藤忠商事
伊藤忠商事では、環境・社会・ガバナンスのすべてにおいて、かなり多くのESG施策を実施しています。これらの施策は、以下4つの「サステナビリティ推進基本方針」を軸に構築されているものです。
- マテリアリティの特定と社会課題の解決に資するビジネスの推進
- 社会との相互信頼づくり
- 持続可能なサプライチェーン・事業投資マネジメントの強化
- サステナビリティ推進に向けた社員への教育・啓発
伊藤忠商事の場合、200ページ以上もあるESGレポート内で、各施策における各年度のテーマや達成率なども公開中です。これからESG施策の選定や目標値の設定をするうえで、とても参考になる取り組み事例といえるでしょう。
TOPPANホールディングス
TOPPANホールディングスの公式サイトでは、ESG関連コンテンツ内でさまざまなESG施策の実績や社会からの評価などをわかりやすく公開中です。2024年の実績には、以下のようなイベント・施策がが並んでいます。
ユニバーサルマナー検定3級eラーニング講座を200名の社員が受講
「第35回読書感想画中央コンクール」表彰式開催
2023年度SMILE Asia プロジェクト活動報告 supported by TOPPANチャリティーコンサート
役員向け「ユニバーサルマナー研修」を実施 など
TOPPANホールディングスは、世界の代表的なESG投資インデックスである「Dow Jones Sustainability World Index(DJSI World)」の構成銘柄として、2023年に日本で唯一の選定を受けています。
トヨタ自動車
トヨタ自動車は、日経ESGによる「ESGブランド調査」で、2023年に総合と各部門のすべてで1位を独占しました。トヨタ自動車がこれだけ高い評価を受けた背景には、この企業が近年力を入れている以下の取り組みの影響があるようです。
- SDGsに力を入れた活動の積極的な宣言と宣伝
- トヨタタイムズによる社内状況のわかりやすい開示
- エコカー分野での技術貢献
- 電気自動車の開発分野をリード
- 安全を考慮した技術開発 など
トヨタ自動車における環境への取り組みは、なんと1960年代から継続されています。1992年には「トヨタ地球環境憲章」が策定され、現在でもさまざまな取り組みが推進中です。
トヨタ自動車の長い歴史のなかで育まれてきた各施策や情報公開のスタンスは、これからESG経営をする企業にとって参考になる部分が大きいでしょう。
参考:
トヨタが圧勝、全部門で1位に 第4回ESGブランド調査の結果を読む(1)(日経ESG)
日本郵便
日本郵便では、SDGsの17目標のうち以下の5分野11項目で、ESGに関する取り組みを実施中です。
- 人生100年時代の「一生」を支える
- 日本全国の「地域社会」を支える
- 環境の負荷低減
- 人事戦略
- ガバナンス
具体的な取り組みには、「デジタルを活用した高齢福祉サービス」や「ペーパーレス化の推進」「先端技術の活用」といったDX関連の施策も多く並んでいます。
社会の少子高齢化や労働人口の不足が進むなかで、長期的に持続可能な施策を実施していくためには、DX化やIT化をうまく活用することも一つかもしれません。
参考:ESG経営 |持続可能な社会の構築に貢献する「共創プラットフォーム」を目指して (日本郵政株式会社 常務執行役 西口彰人)
花王
花王では、以下3つの軸のなかで、「2030年 花王のコミットメント」と「花王のアクション」を設定しています。
- 快適な暮らしを自分らしく送るために
- 思いやりのある選択を社会のために
- よりすこやかな地球のために
また、ESGコミットメントとアクションの下にある「正道を歩む」という項目も、注目したいところです。たとえば「徹底した透明性」や「人権の尊重」などが並ぶこの項目は、花王におけるビジネスのあり方といってよいでしょう。
参考:花王のESG戦略 – Kirei Lifestyle Plan (花王株式会社)
ESGの取組みについて解説しました
今回は、ESG課題を解消するための取り組みは、スタートアップ企業が機関投資家などから高い評価を受け、融資などにつなげるうえで欠かせないものとなっています。ただし近年は、外的環境の変化が著しいVUCAの時代です。「社会が抱える課題」と「自社が早期に解決すべき課題」がマッチするポイントを見出しながら、効果的な施策を実施してみてください。