ESOPとは?
ESOP(Employee Stock Ownership Plan)は企業が自社株を購入し、退職金や年金として従業員へ分配するアメリカの報酬制度です。
アメリカの経済学者ルイス・ケルソが提唱した制度で、その背景には1929年以降の世界大恐慌があったとされています。世界大恐慌でアメリカの資本主義経済が自壊していく中、ルイス・ケルソは経済格差によって社会主義活動が起こり、資本主義経済の前提となる民主主義が失われることを危惧しました。これを解決するため、従業員が自社の株式を保有することで、富の偏りを減らし格差を是正することができると考えました。1956年にルイス・ケルソが最初のESOPのスキームを考案して以降、アメリカだけでなく世界中で利用されるようになり、最近は日本でも注目が集まっています。
日本版ESOPの概要
日本国内でESOPの活用が検討されるにあたり、日本版ESOPといわれる疑似的なESOPの導入が行われました。日本版ESOPは本来のアメリカ版ESOPをもとに、運用を日本に合わせて変更しています。従業員が自社株式を所有することで、会社と従業員の双方にメリットが生まれることを目指す制度です。そのため本来の経済格差の解消よりも、日本企業向けの買収防止策や安定株主の確保によって会社の持続性を向上する仕組みとして期待されています。
日本版ESOPは①従業員持株会活用型と②自社株退職給付型の2種類に分けられます。それぞれのタイプの詳細は以下の通りです。
①従業員持株会活用型ESOP
従業員持株会を通じて従業員が自社株を購入する際に、信託などとの取引により生じる売買益を保管して、従業員に分配するタイプです。もともと存在していた従業員持株会を利用して疑似的にESOPを導入できることから、国内で採用する企業の多いタイプでもあります。本来のESOPの定義や目的からは逸脱しているものの、利用する企業が多いことから日本におけるESOPの型のひとつとして捉えられています。
企業が信託銀行などに事前に資金を提供することで、信託側が企業の自社株を一括購入する仕組みです。購入した株式は、従業員の給与等から天引きされた拠出金を利用して持株会が定期的に購入し、従業員に分配します。数年後に株価が上がれば従業員の利益となり、下がった場合は損失分を企業が補填します。
②自社株退職給付型ESOP
企業が持つ自社株(ESOPにあたり市場で購入した自社株を含む)を付与して信託設定し、あらかじめ定めた条件で株式を給付するタイプです。本来のESOPに近い形式で、給付の条件は企業により異なります。役員や従業員が退職する際に給付する形でよく用いられることから「退職給付型」とも呼ばれます。
①従業員持株会活用型ESOPと異なり、企業が持つ自社株を給付する関係で従業員の給与等を拠出金に用いていません。①と同様に株価が上がれば利益が、株価が下がれば企業が補填する仕組みです。
ESOPのメリットとデメリット
企業が自社のインセンティブ報酬制度として、ESOPを取り入れることにはいくつかのメリットとデメリットがあります。ここではその中でも、日本版ESOPを取り入れた場合のメリット、デメリットを紹介していきます。それぞれが自社にどのような影響があるか、想像しながら確認してみましょう。
ESOPのメリット
まずはESOPを導入するメリットを紹介します。ESOPのメリットは株式報酬制度由来のものと、ESOPならではのものに分かれます。いずれも上手く活用することで、企業の持続性や成長につながるメリットばかりです。
従業員のモチベーション向上につながる
ESOPを含めた株式報酬制度において、役員や従業員がより多くの利益を獲得するには、企業の価値を向上して株価を値上がりさせる必要があります。自社株の価値向上がそのまま利益になるため、役員や従業員は業績の向上に対して積極的になり、業務のモチベーション向上が期待できます。
企業の買収防衛策になる
ESOPは企業側で自社株式を所有し、他の投資家や企業から所有権を確保する制度です。そのため買収防衛策として機能します。買収防衛策とは企業が敵対的買収をされないように行う対策のことです。ESOPの場合は自社株式を従業員や持株会に保有させることで株主の安定化を行うことで、買収を予防します。これにより、単に従業員の報酬制度としてだけでなく、企業の運営を安定させ経営の持続性を高めることが可能です。
非上場でも関係なく導入できる
従業員持株会の制度は上場企業の場合、市場に公開している株式を取得する形で導入が比較的簡単です。しかし非上場の企業は市場に株式を公開していないため、上場企業の従業員持株会とは異なる視点で設計や運営を行う必要があります。
一方のESOPは信託銀行が提供している日本版ESOPの導入サービスを活用することで、非上場企業でも導入可能です。
ESOPのデメリット
株価が下落するとモチベーションが低下する
メリットで紹介した「従業員のモチベーション向上につながる」は、株価が順調に向上すれば役員や従業員の利益につながることが理由でした。
これに対して株価が下落してしまった場合は、逆にモチベーションが低下する点に注意が必要です。株価が下落した分は企業が補填するため、役員や従業員にとってマイナスになることはありません。しかしESOPを退職金や年金の一部として期待している場合、最低保証の金額しか受け取れないことが、モチベーション低下の要因になります。報酬制度としての価値が低くなれば、優秀な人材の流出などにもつながりかねないデメリットのため、十分な注意が必要です。
損失は企業が補填しなくてはならない
前述の通りESOPにおいて、株価が下落したことで損失が発生した場合は企業が補填を行わなくてはなりません。役員や従業員側から見ればリスクの少ない報酬制度ですが、企業にとっては対象者の人数分の補填が必要となり大きな経済的負担です。企業の状況や市場の動向次第では、利用することが企業のデメリットとなる可能性があることを念頭に置いて、導入を検討しましょう。
従業員持株会制度やストックオプションとの違い
ESOPと似た制度に、従業員持株会制度やストックオプションがあります。ここでは日本版ESOPとそれらの制度の違いを解説していきます。ESOPの導入にあたって、他の制度との比較をしたい方はこれを読んで異なる点を確認してみましょう。それぞれの特性を踏まえて自社に合った制度を選定するヒントとして活用してみてください。
従業員持株会制度との違い
従業員持株会制度は、従業員の給与や賞与などから一定の金額を天引きし、それを拠出金として自社株を購入します。このとき株式の購入は企業側で行いますが、持株会を通して購入した株式の所有権を持つのは従業員です。そのため株価が上昇または下落した場合の損益も、従業員のものとなります。もし下落して大きく損失が発生した場合、その損失は補填されず直接的な従業員にとっての損失です。
これに対して、ESOPは前述の通り企業が保有、または一括で購入した自社株を従業員に交付します。企業があらかじめ拠出して自社株を購入したうえで信託する点が、従業員持株会制度と異なる点です。それに加え株価の下落で損失があった際に補填がある点も異なります。
また従業員持株会制度は従業員が任意のタイミングで現金化できるのに対して、日本版ESOPでは退職時に限られることが一般的です。日本版ESOPは、退職金や年金として利用することが想定されていることが伺えます。
注意点
日本版ESOPの一部は、企業によっては既存の従業員持株会制度をそのまま利用しています。そのため一部の記事や企業が採用している日本版ESOPの特徴が、事実上の従業員持株会制度となっている場合に注意が必要です。本記事では日本版ESOPと従業員持株会制度を分けて紹介しますが、国内でもこの分類がしばしば議論の対象となっています。
<関連記事>従業員持株会とは?設立の流れやメリット・デメリットを解説!
ストックオプションとの違い
ストックオプションは、役員や従業員があらかじめ定められた価格で自社株式を購入できる権利です。この権利を行使して購入した株式が、購入した時点の価格を上回った段階で売却すれば、その差額を利益として受け取ることができます。
日本版ESOPとストックオプションの違いは、主に「対象者」と「報酬として付与される内容」です。
日本版ESOPは、制度を導入している企業の従業員であれば、誰でも利用することが可能です。これに対してストックオプションは、特定のプロジェクトに参画しているスタッフや一部の幹部社員といった個人に付与されます。また日本版ESOPでは自社株式がそのまま対象者に給付されるのに対して、ストックオプションは自社株式の購入権利が付与され、株式そのものが給付されるわけではありません。
これらの違いから生じる制度としての差異や、企業との相性を考慮して導入する制度を検討すると良いでしょう。
<関連記事>IPOを目指す企業必見! ストックオプション徹底解説と法務戦略の重要性
ESOPについて解説しました
近年、アメリカで提唱されたESOPからヒントを得て、日本向けの運用に変更した日本版ESOPの導入が増えつつあります。買収防衛策や従業員のモチベーション向上など、企業の持続性と成長性に寄与するメリットが多く、報酬制度を検討する企業にとって有力な候補のひとつといえるでしょう。その一方でデメリットとなる要素や複雑さ、他の制度との比較によって相性の悪い企業も存在します。導入にあたっては、本記事で紹介した特徴や他の制度との相違点を踏まえて、慎重に検討を進めましょう。
この記事ではESOPの概要とメリット、デメリット、従業員持株制度やストックオプションとの違いを解説してきました。
この記事の内容が、これから報酬制度を導入する企業にとって検討の参考になれば幸いです。