上場(IPO)準備企業と一般企業の経理の違い
上場(IPO)準備企業の経理業務では、一般企業と比べて高度な専門知識と厳格な基準が求められます。
上場準備段階では、証券取引所の規定に基づき、財務情報の透明性と正確性が特に重要視されます。上場(IPO)準備企業と一般企業の経理の違いは下記のとおりです。
【上場(IPO)準備企業】
主な業務
- 金融商品取引法に基づいた会計基準の適用
- 部門別・セグメント別の会計処理
- 予算と実績の対比と詳細な説明
- 監査法人対応(財務諸表監査)
- 財務諸表の開示(有価証券報告書、四半期報告書作成)
求められるスキル
- 国際会計基準(IFRS)や日本会計基準(J-GAAP)の高度な知識
- 部門別・セグメント別の財務処理の専門性
- 外部監査人とのコミュニケーション能力
- 有価証券報告書や四半期報告書作成の実務経験
【一般企業】
主な業務
- 日常的な取引記録と財務報告の作成
- 基本的な月次・年次決算
- 必要に応じた税務申告や内部監査対応
求められるスキル
- 日常の経理知識(仕訳、税務、財務分析)
- 基本的な会計知識と財務ソフトの使用スキル
- 社内の簡易な監査対応スキル
上場(IPO)準備企業における経理の役割
上場(IPO)準備企業において、経理は上場企業の会計基準への対応、コーポレートガバナンスに基づく正確な会計処理、財務デューデリジェンスへの対応などを行います。それぞれ詳しく見ていきましょう。
上場企業の会計基準を導入する
IPO準備では、上場企業の会計基準を採用し、税務会計から財務会計へとシフトすることが求められます。未上場企業の場合、決算書類の作成は税理士に依頼し、主に納税や融資を目的とした税務会計が一般的です。
しかし上場を目指す企業では、企業会計原則や各種会計基準に基づいた財務会計を採用し、透明性と正確性を備えた決算書の作成が必要です。
上場審査の申請直前の2期では、上場企業の会計基準に従った運用が求められます。従来の会計処理に比べて、計上内容が複雑化し、文書の管理が増えることで、経理部門が業務過多となります。
これらに対応するためには、すべての経理担当者が新しい会計基準を正確に理解し、実務を円滑に進められる体制を整えることが重要です。
コーポレートガバナンスに則った対応
上場企業では、投資家保護の観点から透明性の高い正しい会計を行うことが求められます。例えば、未上場企業では金融機関からの融資を維持するために赤字を避ける必要があり、粉飾決算を行うケースも存在します。しかし上場企業の粉飾決算が発覚した場合、企業の信用力は著しく損なわれ、株価が暴落することで投資家に多大な損害を与えかねません。
取引所としてもこのような事態を防ぐため、企業に対して厳格な会計基準の順守を求めています。不正会計が発覚した企業は、上場審査で否認されるだけでなく、投資家の信頼を失うことで市場全体にも悪影響を及ぼします。そのため上場を目指す企業は、コーポレートガバナンスを徹底し、正しい会計を基準に基づいて行うことが必要です。
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財務デューデリジェンス(DD)への対応
IPOの準備期間は約3年にわたり、直前々々期(N-3期)に実施されるデューデリジェンスによって上場に向けた課題を明確化します。企業内の財務データや業務プロセスを詳細に調査し、上場基準を満たすための具体的な改善点や必要な体制構築の方向性を示します。
財務デューデリジェンスにおける調査項目は下記のとおりです。
- 収益性
- キャッシュフローの安定性
- 成長性と投資計画
- 財務的安全性
- 簿外債務や偶発債務などのリスク
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上場(IPO)準備企業における経理の業務内容
上場(IPO)準備企業では、経理は次の業務を行います。
金商法で定められた会計基準を適用する
IPO準備において、経理は金融商品取引法(金商法)で定められた会計基準を正確に適用する必要があります。非上場企業の財務諸表は主に税務申告を目的として税務会計に基づいて作成されており、その精度は上場企業ほど厳格ではありません。
一方上場企業の財務諸表は投資家保護を目的とし、金商法に基づいた厳密な基準で作成されます。将来発生する可能性のある取引についても金額を見積もり、正確に計上することが必要です。
部門別やセグメント別会計を行う
上場(IPO)準備企業では、企業全体の財務情報だけでなく部門別やセグメント別の財務状況を正確に把握し、管理することが求められます。これは企業内の各事業の収益性やコスト構造を明確にするためです。
セグメント別会計では、事業ごとや地域ごとの売上高、利益、コストを正確に計上し、全体の事業ポートフォリオを評価します。
例えば製造業であれば、製品ラインごとの収益性や生産コストを分析し、不採算ラインの見直しや収益性の高いラインへの投資判断を行います。
予算と実績の対比とその分析を行う
上場準備企業の経理業務では、予算と実際の業績の差異を分析し、その原因を説明することが重要です。経営層が業務改善や戦略修正を行うための指針となり、上場準備における計画的な経営の実現に寄与します。
差異分析では、予算と実績の乖離が発生した要因を具体的に特定します。例えば、売上が予算を下回った場合、主な原因が市場の変化によるものか、あるいは内部的な問題(販売戦略や生産コストの増加など)によるものかを特定することが重要です。
財務諸表および会社の状況の開示
IPO準備企業にとって、財務諸表および企業の状況の適切な開示は投資家との信頼関係を築く上で不可欠です。上場企業は金融商品取引法に基づき、有価証券報告書や四半期報告書をはじめとする詳細な開示資料を作成し、投資家に開示する義務があります。
経理担当者の役割は、開示資料を正確に作成するだけでなく、監査法人や取引所との調整を行い、開示資料が法的基準を満たしていることを確認することです。
また開示内容が投資家にとってわかりやすく、信頼できるものであるように工夫することも重要です。
監査法人による財務諸表の監査に対応する
上場審査の際には、申請直前の2期分の財務諸表に対して監査証明を取得する必要があります。
監査の中で、企業の会計処理が故意または過失による不正に基づいていないか、また金商法で定められた会計基準に沿った取引の記録が正確に行われているかが検証されます。
さらに財務諸表の信頼性を支える企業内部の業務プロセスや管理体制が、適切に機能しているかも重要な確認事項です。
上場(IPO)準備企業における経理に必要なスキル
上場企業やIPO準備企業で経理担当者に求められるスキルは、正確で高度な会計処理能力と迅速な対応力です。日次業務から四半期・年度決算、特殊な会計処理に至るまで、多岐にわたる業務で求められます。上場(IPO)準備企業における経理に必要なスキルについて詳しく見ていきましょう。
日次業務で必要なスキル
日次業務では、下記のスキルが必要です。
月次決算
- 必要なスキル:収支状況を月ごとに整理し、翌月の運営計画や経営判断に役立てる
- 求められるシーン:日々の収支確認、経営会議資料の作成
(連結)財務諸表の作成
- 必要なスキル:子会社・関連会社のデータを統合し、グループ全体の財務状況を把握する
- 求められるシーン:上場準備やグループ全体の経営管理
四半期決算
- 必要なスキル:上場企業として四半期ごとに財務情報を開示するための基盤を作る
- 求められるシーン:投資家や金融機関向けのレポート作成、決算開示
特殊な会計処理への対応
- 必要なスキル:リース会計、減損会計、退職給付、有価証券の時価評価など高度な処理を行う
- 求められるシーン:上場準備中の財務データ整備や複雑な会計基準への対応
税務申告関連業務で必要なスキル
IPO準備企業において、税務申告関連の業務では正確性と法律遵守が求められます。税務申告関連業務で必要なスキルは下記のとおりです。
【法人税・消費税算定】
必要なスキル
- 法人税や消費税を正確に計算し、税法を適切に適用する
- 申告ミスを防ぎ、税務リスクを最小限に抑える
求められるシーン
- 年度末の税務申告
- 税務調査対応
- 節税対策の計画立案
【申告書作成】
必要なスキル
- 税務署に提出する法人税・消費税の申告書を正確に作成する
- 税理士との連携や財務諸表との整合性確認も行う
求められるシーン
- 税務申告書の作成・提出
- 税務調査対応時の資料準備
監査対応・開示関連で必要なスキル
IPO準備企業や上場企業には、監査法人や株主に対して透明性の高い情報を提供する責任があります。このため財務諸表の正確性を確保するだけでなく、外部からの問い合わせや指摘に迅速かつ適切に対応する能力が求められます。監査対応・開示関連で必要なスキルは下記のとおりです。
監査法人対応
- 必要なスキル:監査法人からの質問や指摘に迅速・正確に対応する
- 求められるシーン:財務諸表監査時の問い合わせ対応、不備の修正、監査法人との調整
決算短信作成
- 必要なスキル:決算内容を簡潔にまとめ、投資家に提供する
- 求められるシーン:上場企業としての決算発表時、投資家への透明性確保
四半期報告書・有価証券報告書作成
- 必要なスキル:金融商品取引法に基づき、正確な財務情報を開示する
- 求められるシーン:四半期決算や年度決算後の報告書作成・開示業務
内部統制報告書
- 必要なスキル:業務フローや統制状況を記載し、監査法人に提出する
- 求められるシーン: 内部統制の状況報告、監査法人への透明性確保
株主総会招集通知作成
- 必要なスキル:株主に財務情報を分かりやすく伝えるための資料を作成する
- 求められるシーン:株主総会の開催前、株主への通知資料作成や議案説明
その他のスキル
上場企業やIPO準備企業における経理業務では、下記のように業務効率化やスムーズなコミュニケーションを実現するためのスキルも重要です。
【エクセルを用いた表計算】
必要なスキル
- SUMIFやVLOOKUPなどの関数を活用し、ピボットテーブルでデータを整理する
求められるシーン
- 月次決算やデータ分析
- 財務データの可視化
【簡易なビジネスレポートの作成】
必要なスキル
- 必要なデータを迅速に整理し、わかりやすくレポートとしてまとめ、経営層の意思決定をサポート
求められるシーン
- 予算実績対比レポート、財務状況レポートの作成
【コミュニケーション能力】
必要なスキル
- 社内外の関係者(監査法人、税理士、他部署など)との連携を円滑に進める
求められるシーン
- 監査対応
- 税務申告
- 部門間の調整や業務進行
【ITツールの利用】
必要なスキル
- クラウド会計ソフトやERPシステムなどを活用して、業務効率化を図る
求められるシーン
- 財務データ管理
- 帳簿作成
上場(IPO)準備企業における経理業務のスケジュール
IPO準備における経理のスケジュール作成では、年間を通じた計画的な業務進行が重要です。上場企業としての規定に従った業務の締め切りを守るためには、業務の可視化、効率化、前倒しが欠かせません。
まずは年間スケジュールを作成し、決算作業、監査対応、各種報告書の作成など、非上場企業とは異なる複雑な業務の全体像を把握します。この際、法令や規定で定められた各種提出期限を基準にスケジュールを逆算し、適切なタスク割り振りを行います。
また法改正や業務の増加など将来的な要因も見込み、柔軟な対応ができるよう計画を策定しましょう。
スケジュール作成に続き、具体的な業務一覧表を作成することが必要です。業務一覧表には、タスクごとの担当者名、実施事項、締め切り日を記載し、進捗状況を随時確認します。万が一遅延が発生した場合には、社内外からリソースを増強して迅速に対応しましょう。
上場準備の初期段階では月次業務に注力することが一般的ですが、直前期(N-2期)以降になると四半期決算や年次決算が始まり、業務の負荷が大幅に増加します。このため、決算作業に入る前にはシミュレーションを行い、必要な準備や時間配分を事前に確認しておくことが効果的です。
<関連記事>上場(IPO)準備の全体スケジュールと期間ごとの具体的な手順
上場(IPO)準備企業における経理部門の強化のポイント
IPOを目指す企業では、経理部門の体制強化が必要不可欠です。各ポイントについて詳しく見ていきましょう。
経理業務を内製化する
IPOを果たすためには、経理業務を自社内で内製化することが求められます。内製化は、経理部門が情報開示の責任を負う上で重要な基盤となり、インサイダー情報の漏洩防止やディスクロージャー体制の整備にも寄与します。
上場企業に求められる高度な透明性を確保するためには、外部委託ではなく、自社でのデータ分析と責任を持った情報開示体制が必要です。
経理業務を内製化する際には、通常業務をどれだけ効率化できるかが成否の鍵を握ります。例えば、ITツールや自動化技術の導入により、日常業務を効率化することで、IPO準備に必要なリソースを確保することが可能です。
経理業務を内製化することで、企業は正確な財務データをタイムリーに管理し、監査法人や株主とのコミュニケーションをスムーズに進めることができます。
新たな人材を採用する
IPO準備において、経理部門の強化には専門的な知識と経験を持つ人材の採用が不可欠です。IPO準備は通常の経理業務とは異なり、高度な専門知識や複雑な業務対応が求められるため、即戦力となる人材を迎え入れることが重要です。
IPO準備を効率的かつ確実に進めるためには、IPO準備経験者や上場企業での経理業務に精通した人材の採用が望まれます。
信頼できる監査法人を選定する
IPOを成功させるためには、長期間にわたり連携できる信頼性が高い監査法人の選定が重要です。監査法人は財務諸表の監査を通じて企業の信頼性を高めるだけでなく、上場準備全体を支える役割も果たします。
そのため、業種や規模が似た企業のIPO実績が豊富で、自社のビジネスモデルや業界特有の課題を理解している監査法人を選ぶことが望ましいでしょう。
また、担当者との信頼関係や相性も、スムーズな連携に欠かせないポイントです。
近年では、監査法人を確保できずIPOできないケースが発生しています。そのためIPOを目標に定めた段階で、可能な限り早く監査法人選定に向けて動き出すことが求められます。
上場の成功には経理の適切な対応が必須
IPOにおける経理の役割は、企業の透明性と信頼性を確立することです。上場基準に準じた会計基準の導入や厳格な監査対応、投資家への適切な情報開示は、経理部門が適切に機能してこそ実現できます。また、新たな人材の採用や業務効率化、信頼できる監査法人の選定といった取り組みも、IPO準備を円滑に進めるための鍵となります。
本記事の内容を参考に、IPOに向けて経理部門を強化しましょう。