上場ゴールとは
近年、問題視されている「上場ゴール」は、市場の健全性や投資家の信頼を揺るがす深刻な課題です。ここではその定義と背景、問題点を解説します。
上場ゴールの定義と背景
上場ゴール(IPOゴール)とは、企業が株式上場を利益獲得の手段としてのみ捉え、上場後の持続的成長を軽視する状況を指します。2010年代半ば以降、この問題が注目されるようになりました。
上場ゴールに陥りやすい典型的なパターンとして、次の3つのケースが挙げられます。
- IPO後の急激な業績悪化で、半年から1年以内に黒字から赤字に転換し、株価が大幅に下落するケース
- 商品やサービスへのニーズが急減するケース(ブームの終焉や代替品の登場により業績が悪化)
- 経営陣の不祥事で、不正会計などの発覚により企業の信用が失墜するケースこれらのケース
これらのケースでは創業者やベンチャーキャピタル(VC)が上場時の株式売却で利益を確保した後、成長戦略が不明確になるという共通した特徴が見られます。
本来株式上場は企業の成長過程における1つの通過点であり、知名度向上や資金調達を通じて更なる発展を目指すものです。しかし近年、短期的利益を重視する企業が増加し、上場自体を最終目標とする傾向が強まっています。この状況は、長期的な企業価値の向上を妨げ、市場の健全性を損なう要因として懸念されています
なぜ上場ゴールが問題になるの
上場ゴールが問題視される最大の理由は、一般投資家への影響です。上場後の企業価値低下は株価下落を招き、投資家に損失をもたらします。特に、上場直後の業績下方修正や経営陣の突然の交代、不祥事の発覚は、投資家の信頼を著しく損ないます。
この状況を受け、日本取引所グループは2019年に上場審査基準を厳格化し、企業の持続的成長性や経営の健全性の審査を強化しました。2018年には46銘柄が上場承認を得られなかった事実は、審査の厳格さを示しています。
上場ゴールは資本市場の信頼性と日本の新興企業育成に悪影響を与えかねません。健全な資本市場の発展には、企業が長期的な成長戦略を持ち、上場後も企業価値の向上に努めることが不可欠です。
上場ゴールがもたらすリスク
「上場ゴール」は、企業の成長を阻害し、市場からの信頼を失墜させるリスクを孕んでいます。2014年に東証1部へ上場を達成したgumiが、上場後4カ月間で黒字予想から赤字予想にしたことからも明らかですので、詳しく見ていきましょう。
投資家や市場からの信頼失墜
gumiの事例では、上場直後の業績予想下方修正や経営陣による株放出、そして運転資金の借り入れ開示の遅れなど、一連の出来事が投資家の不信感を招き、「gumiショック」としてIPO市場に大きな波紋を投げかけました。
gumiはスマートフォンゲーム「ブレイブフロンティア」のヒットで急成長を遂げ、2014年12月に東証一部へ上場を果たしました。しかし華々しい上場の裏で、内部管理体制や情報開示の不備、そして持続的な成長に向けた戦略の欠如といった問題を抱えていたのです。
上場直後gumiは業績予想を下方修正し、株価は急落。さらに経営陣による自社株の売却や、運転資金の借り入れに関する開示の遅れが発覚し、投資家からの批判が集中しました。gumi側は「借り入れは開示ミス」「2月の実績が落ち込んだ」と故意ではないと主張しましたが、これらの行動は「上場ゴール」と捉えられ、投資家や市場からの信頼を失墜させてしまったのです。
gumiの事例は、IPOを目指す企業にとって、上場すること自体が目的ではなく、上場後も持続的な成長と企業価値向上を目指し、健全な経営体制を構築することの重要性を示唆しています。また透明性の高い情報開示を行い、投資家との信頼関係を築くことも不可欠です。
企業が上場ゴールを目指すと、短期的な利益を追求するために、無理な業績目標を設定したり、粉飾決算に手を染めたりする可能性も高まります。このような行為が発覚した場合、企業は社会的な信用を失い、株価の暴落や投資家の離反を招くだけでなく、法的責任を問われる可能性もあります。
成長機会の喪失と競争力の低下
上場ゴールは、企業の長期的な成長を阻害する要因にもなります。上場によって得た資金を、新たな事業展開や研究開発、人材育成などに投資せず、株主への配当や自社株買いに回してしまうと、企業の競争力は低下し、将来的な成長機会を逃してしまう可能性があります。
gumiのケースでは、海外向けゲームの伸び悩みが業績悪化の要因となりました。上場ゴールに注力するあまり、競争の激しいゲーム業界において、必要な投資や経営努力を怠った可能性も考えられます。結果として、gumiは業績不振に陥り、株価は低迷し、企業価値は大きく毀損しました。
上場ゴールは、企業の成長を阻害するだけでなく、従業員のモチベーション低下や優秀な人材の流出にも繋がりかねません。企業は、上場をゴールではなく、持続的な成長と企業価値向上のためのスタートと捉え、健全な経営を心がける必要があります。
「上場ゴール」と思われないためのセルフチェックリス
「上場ゴール」と思われないためには、IPO準備段階から、そして上場後も、多角的な視点で自社の状況をチェックすることが重要です。事業成長面と経営管理面のチェックポイントをご紹介します。ご自身の企業は大丈夫か、確認してみましょう。
「上場ゴール」チェックポイント:事業成長面
・シリーズA
本格的な事業展開のスタートを切るこのフェーズでは、プロダクトマーケットフィットの確認と持続的な成長基盤の構築が重要なので、以下のチェック項目が必要です。
- 明確な事業計画と成長戦略を策定し、実現可能な目標を設定しているか?
- 目標達成のための具体的なロードマップと、各段階におけるKPIを設定しているか?
- 市場分析に基づいた競争優位性を明確に示し、持続的な成長が見込めるか?
- 顧客ニーズを捉え、顧客満足度向上のための施策を継続的に実施しているか?
- 新規事業やサービスの開発など、将来に向けた投資計画を検討しているか?
- 上場した時に説明していた通りに事業が進展すると見込めるか?
・シリーズB
確立した事業モデルを基に本格的な規模拡大を目指すこのフェーズでは、事業計画の着実な実行と持続的な成長体制の構築が重要なので、以下のチェック項目が必要です。
- 事業計画を着実に実行し、当初の目標を達成できているか?
- 市場変化に対応し、事業計画を柔軟に見直す体制を構築しているか?
- 競合との差別化を図り、市場シェアを拡大するための戦略を推進しているか?
- 収益基盤を強化し、安定的な収益確保のための施策を講じているか?
- 人材採用や組織体制の強化など、事業拡大に対応できる体制を整備しているか?
- 重要な契約の解消など、事業に悪影響を与えるトラブル発生の可能性は低いと考えられるか?
- キーマンの退職など、事業継続に支障をきたすリスクを把握し、対策を講じているか?
・シリーズC
事業の多角化を推進するこのフェーズでは、持続可能な成長基盤の確立と企業価値の最大化が重要なので、以下のチェック項目が必要です。
- 中長期的な視点に立った事業ポートフォリオを構築しているか?
- イノベーションを促進し、新たな価値を創造するための取り組みを行っているか?
- 社会貢献や環境問題への取り組みなど、企業の社会的責任を果たしているか?
- コーポレートガバナンスを強化し、透明性の高い経営体制を構築しているか?
- 上場申請期の業績が上場時に発表した業績予想より大幅に未達となるリスクは低いと考えられるか?
- 上場申請期の決算発表時に発表した翌期の業績が大失速するリスクは低いと考えられるか?
- 上場翌期の実績が当初予想を大幅に未達となるリスクは低いと考えられるか?
「上場ゴール」チェックポイント:経営管理
・シリーズA
経営の基礎となる管理体制を構築するこのフェーズでは、組織基盤の確立と適切なガバナンス体制の整備が重要なので、以下のチェック項目が必要です。
- 資金調達の目的を明確化し、適切な資金使途計画を策定しているか?
- 財務状況を正確に把握し、健全な財務体質を維持するための体制を構築しているか?
- 内部統制システムを整備し、リスク管理を徹底しているか?
- 法令遵守を徹底し、コンプライアンス意識を高めるための研修などを実施しているか?
- 適切な情報開示を行い、透明性の高い経営を心がけているか?
- 法定開示・適時開示やIR活動に関する知識を習得し、適切な体制を構築しているか?
・シリーズB
組織の規模拡大に対応した経営管理体制を確立するこのフェーズでは、経営基盤の強化と将来のIPOを見据えた体制整備が重要なので、以下のチェック項目が必要です。
- 資金調達による資本政策の変更が、経営に与える影響を分析しているか?
- 事業拡大に伴う組織変更や人事制度の改定などを適切に行っているか?
- 経営管理システムを導入し、業務効率化と意思決定の迅速化を図っているか?
- 知的財産権の保護など、企業価値を守るための対策を講じているか?
- 株主とのコミュニケーションを図り、信頼関係を構築しているか?
- その他:株主軽視ともみられるファイナンス(大幅な希薄化を伴う資金調達など)の実行は、本当に必要なものか?
・シリーズC
IPOやM&Aを見据えた経営体制を完成させるこのフェーズでは、コーポレートガバナンスの確立と持続的な企業価値向上の実現が重要なので、以下のチェック項目が必要です。
- 上場後の株主構成の変化に対応できるガバナンス体制を構築しているか?
- IR活動の強化など、投資家との良好な関係を構築するための体制を整備しているか?
- 内部監査機能を強化し、不正リスクの抑制に努めているか?
- サステナビリティ経営を推進し、長期的な企業価値向上を目指しているか?
- 従業員エンゲージメントを高め、人材の定着率向上に努めているか?
- 経営陣による不祥事の発生リスクを最小限に抑えるための対策を講じているか?
- 経営陣や大株主による株式大量売却は、市場にどのような影響を与えるか?
- インサイダー取引など、法令違反のリスクを理解し、適切な行動をとっているか?
上場ゴールを避けるためのネクストアクション
「上場ゴール」を回避し、持続的な成長を遂げるためには、どのようなアクションが必要なのでしょうか? 事業成長面と経営管理面それぞれの課題に対する具体的なネクストアクションを解説します。
事業成長面課題のネクストアクション
・シリーズA
事業の基盤構築フェーズとして、具体的な目標設定に注力します。市場環境や競合状況の詳細な分析を行い、実現可能な短期目標と中期目標を設定することが重要です。
既存顧客との関係強化に特に注力し、顧客満足度向上のための具体的な施策を実施していきます。製品・サービスの改善サイクルを確立し、顧客フィードバックを積極的に取り入れる体制を整備することも重要です。この段階では、コアビジネスの強化と顧客基盤の確立に焦点を当て、安定的な収益基盤の構築を目指すことが求められます。
・シリーズB
事業拡大フェーズとして、長期ビジョンの策定と事業ポートフォリオの最適化を進めていきます。10年、20年先を見据えた成長戦略を策定し、新規事業開発の検討を開始することが重要です。
既存事業の収益性と成長性を詳細に分析し、経営資源の最適な配分を計画します。また、M&Aの可能性も視野に入れた事業拡大戦略を策定し、新たな収益の柱となる事業の育成に着手するべきでしょう。マーケットリーダーとしてのポジショニングを確立するための差別化戦略の具体化が求められます。
・シリーズC
さらなる成長を見据えたフェーズとして、IPO後の持続的な成長戦略の具体化に注力することが重要です。上場資金の活用計画を策定し、研究開発投資や新規事業開発のための具体的なロードマップを作成します。競争力強化のための投資計画を策定し、新技術の導入や人材育成プログラムの拡充を図っていくことも重要です。また、事業ポートフォリオの継続的な見直しと最適化を行い、市場環境の変化に応じた柔軟な事業戦略の調整を可能にする体制を構築することが求められます。
経営管理面課題のネクストアクション
・シリーズA
経営管理の基盤構築フェーズとして、基本的な管理体制の整備に注力することが重要です。弁護士、会計士、税理士などの専門家との関係構築を進め、コンプライアンス体制の基礎を固めます。人材の採用・育成計画を策定し、初期段階での組織体制の確立を目指していくことも重要です。また、基本的な報酬制度や福利厚生制度を整備し、従業員の定着率向上を図ることが求められます。この段階では、将来の成長を支える管理体制の土台作りに重点を置くべきです。
・シリーズB
経営管理体制の強化フェーズとして、コーポレートガバナンスの基盤整備を進めていきます。社外取締役の導入や内部監査機能の強化を行い、経営の透明性向上を図ることが重要です。人事制度の高度化を進め、評価制度や報酬制度の整備、キャリアパスの明確化を行います。また、部門間連携を促進する組織体制の構築も求められます。
・シリーズC
IPOを見据えた経営管理体制の完成フェーズとして、エクイティストーリーの具体化とステークホルダーとの関係強化に注力することが重要です。IR・PR体制を整備し、企業情報の積極的な発信と対話の仕組みを構築します。また、経営人材の育成と確保を強化し、持続的な成長を支える経営体制の完成を目指すべきです。人材定着のための先進的な制度設計も不可欠となります。
成功企業に学ぶ持続的成長の秘訣
ここでは、IPO後も持続的な成長を実現している企業の事例に注目します。これらの企業は、上場をゴールとせず、着実な事業拡大を達成してきました。また一時的な業績悪化に直面しながらも、V字回復を果たした企業も存在します。成功企業の取り組みから、持続的な企業価値向上のための重要なポイントを見ていきましょう。
上場後も成長を続ける企業の共通点
核心事業への集中と大胆な改革
成功している企業は、現状維持に固執することなく、市場の変化を敏感に捉え、迅速かつ大胆な事業改革を断行しています。過去の成功体験や既存事業への愛着にとらわれず、将来性を見極め、時には不採算事業や低迷する製品から撤退する決断を下すことも重要です。
訣例えば2020年6月に上場したグッドパッチは、デジタルデザインやUX/UIの需要増加を背景に成長しました。上場による認知度向上や優秀な人材の採用、社内文化の強化がさらにグッドパッチの成長を支えたのです。
また同じく2020年に上場したSansanは、COVID-19の影響で一時危機に陥りましたが、プロダクトの刷新や新サービス「Bill One」の成功により業績を回復させ、新たにフィンテック領域への進出も果たしました。
このように変化を恐れず、大胆な改革を実行することで、新たな成長の道を切り拓くことができます
柔軟なリーダーシップと外部人材の活用
企業の成長には、時代に合わせて変化に対応できる柔軟なリーダーシップが求められます。既存の組織文化や慣習にとらわれず、外部の視点を取り入れることで、新たな発想やイノベーションが生まれやすくなります。
実際多くの企業が、外部から優秀な経営者を招聘し、組織改革や経営戦略の見直しで新しい道を開きました。日本航空が京セラ創業者の稲盛和夫氏を会長に迎え、経営再建を成し遂げたのは良い例です。日産自動車は、ルノーからカルロス・ゴーン氏をCEOに招聘し、大胆なリストラとコスト削減を断行しました。
外部人材の知見や経験を活用することで、組織に新たな風を吹き込み、変革を加速させることができます
全社一丸となった意識改革
持続的な成長を実現するためには、経営層だけでなく、従業員一人ひとりが変革の必要性を理解し、主体的に行動することが重要です。そのため、企業理念やビジョンを共有し、全社一丸となって改革に取り組む企業文化を醸成することが大切です。
味の素は社長に対する「忖度のない議論」を奨励することで、社員一人ひとりの意識改革を促し、業績回復を達成しました。日産自動車も、「現場主義」を徹底し、現場の意見を尊重することで、従業員のモチベーション向上と業績向上を実現しました
具体的な事例紹介とその取り組み
前述したグッドパッチとSansanを参考に取り組みをご紹介いたします。
グッドパッチの具体的な取り組み
グッドパッチはUI/UXデザインを主軸とする企業で、2020年6月にマザーズ市場に上場しました。コロナ禍においてもデジタル化の需要が高まり、グッドパッチの事業は追い風を受けました
・人材採用と社内文化の強化
上場により得た資金を活用し、優秀なデザイナーやエンジニアを採用しました。 また、グッドパッチは「デザイナーファースト」を掲げ、社員の創造性を最大限に引き出す社内文化を醸成し、自由闊達な意見交換を促進することで、社員一人ひとりが能力を最大限に発揮できる環境を構築しました。
・認知度向上
上場を機にメディア露出を増やし、企業としての認知度向上に努めると同時に、デザインの重要性を啓蒙するイベントやセミナーを積極的に開催し、顧客との接点を拡大しました。
・デジタルトランスフォーメーションへの対応
企業のDX推進を支援するサービスを強化し、顧客企業のニーズを的確に捉えることで、UI/UXデザインの力でビジネス課題の解決に貢献しました。
グッドパッチの成果
これらの取り組みによって、グッドパッチは着実な成長を遂げています。売上高は増加し、営業利益も大幅に増加しました。
Sansanの具体的な取り組み
Sansanは名刺管理サービスを主力とする企業で、2019年6月にマザーズ市場に上場し、2021年4月に東証一部に市場変更しました。しかし、コロナ禍で名刺交換の機会が減少し、Sansanの事業は大きな打撃を受けたのです。
・プロダクトの刷新
名刺管理にとどまらず、顧客情報管理ツールへとプロダクトを刷新し、オンラインでの接点情報も統合的に管理できるように進化することで、変化するビジネス環境に対応しました。
・新サービス「Bill One」の投入
フィンテック領域に進出し、請求書処理の効率化を支援するクラウドサービス「Bill One」をリリースすることで、新たな収益源を確保しました。
・営業活動の強化
オンライン商談などの新たな営業手法を導入し、顧客との接点を維持すると同時に、ウェビナーやオンラインイベントを積極的に開催し、顧客とのエンゲージメントを高めました。
Sansanの成果
これらの取り組みが功を奏し、Sansanはコロナ禍の危機を乗り越えました。「Bill One」は順調にユーザー数を伸ばし、新たな収益の柱として成長しています。売上高は増加し、営業利益も増加しました。
このように、グッドパッチとSansanは、それぞれ異なる戦略で成長を遂げています。グッドパッチはデザインの力で、Sansanはプロダクトの刷新と新たな事業展開によって、市場の変化に対応し、成功を収めています。
未来に向けて企業が取るべきステップ
上場はゴールではなく、新たなスタートラインです。上場ゴールを避け、企業価値を最大化するためには、経営陣が明確なビジョンを持ち、それを組織全体で共有することが不可欠です。日々の事業活動から見出される課題を具体的なアクションプランへと転換しながら、持続的な成長への歩みを進めていきましょう。