目論見書とは?
目論見書(もくろみしょ)とは企業が株式や債券等の証券を発行する際に、投資家へ企業情報・発行条件等の詳細な情報を提供するための公的文書です。同文書を発行することで投資家の適切な投資判断をサポートし、公平な投資環境を提供することが可能です。
IPOにおける目論見書の交付義務と重要性
IPO(新規公開株式)の際には下記の理由から、目論見書が特に重要な役割を果たします。
- IPOの際には、金融商品取引法第15条2項に基づき目論見書の交付義務がある
- 市場に認知されていない自社を投資家にPRするため
- 株式上場には、金融商品取引法第193条の2第1項に基づく監査が必要
適切な目論見書を作成することは、スタートアップ企業がIPOを成功させるために超えなければならないハードルとなります。
目論見書を発行する目的
目論見書は主に下記の目的で発行されます。
1.投資家への情報提供
目論見書の最大の目的は、投資家が適切な判断を下すために必要な情報を提供することです。投資家一人ひとりがリスクとリターンを正しく評価できるよう、企業の特性やビジネスモデル、財務状況、リスク要因などを網羅的かつ詳細に記載する必要があります。
2.法的要件の遵守
前述のとおり、金融商品取引法第15条第2項により、IPOや増資の際には目論見書の交付が義務付けられています。IPOに向けて、正確かつ詳細な情報を文書で開示することは、自社の経営状況における健全性と透明性を示す手段であると同時に、法的要件を遵守するための重要な対応でもあります。
3.企業の魅力や信頼性の向上
適切に作成された目論見書は、企業の魅力や信頼性を効果的に伝える手段となり、投資家への重要なPRにもつながります。これは企業と投資家との関係構築の基盤となるだけでなく、資金調達の成功率にも大きな影響を与える可能性があります。
目論見書の種類
目論見書は大きく分けて、交付目論見書と請求目論見書の2種類に分けられます。
交付目論見書
交付目論見書は、株式・投資信託・社債などの有価証券に対して交付が義務付けられている書類です。投資家が適切な判断を行えるよう、必要な情報を簡潔にまとめ、要点を絞って記載しています。内容は簡易的ながらも、重要な情報を的確に提供することを目的としています。
- 交付義務:必須
- 情報量:簡易的に記載
- 記載内容:投資判断に必要な要点に絞って記載
- 対象となる有価証券:株式・投資信託・社債
請求目論見書
請求目論見書は、投資家からの請求があった場合に必ず交付しなければならない書類です。主に投資信託を対象としており、発行株式や発行者の情報、事業内容、経営計画、収益予測などを詳細に記載しています。投資家がより深く商品内容を理解し、納得のいく投資判断ができるようにすることを目的としています。
- 交付義務:投資家から請求があれば必ず交付
- 情報量:詳細に記載
- 記載内容:発行株式・発行者・事業内容・経営計画・収益予測などを詳細に記載
- 対象となる有価証券:投資信託
目的や状況に応じて求められる目論見書の種類は異なるため、ニーズを満たせる適切な書類を用意することが重要です。
IPO時に作成する目論見書の構成内容
IPO時に作成する目論見書は、一般的に下記の内容から構成されます。
1.企業情報(発行者情報)
企業の基本情報や経営情報といった基礎データのことです。
- 会社概要:社名・設立年月日・沿革・所在地
- 資本構成:株主構成・資本金推移
- 経営情報:経営方針・事業戦略・外部環境・経営上の課題
- 事業情報:ビジネスモデル、事業リスク、競争優位性
- 経営指標:売上高・経常利益・自己資本比率ならびに各指標の推移
- 従業員情報:従業員数・平均年齢・平均給与額
- その他:業績予想・設備投資の状況・KPI(重要業績指標)等
2.有価証券に関する情報
企業が発行する株式の内容・募集条件に関する情報です。
- 募集要項:新規発行株式の概要(種類・発行数・総額・募集方法・申込期間)
- 株式引受情報:引受人氏名・住所・引受株式数
- 手取金の用途:新規発行で得られる資金の使途(事業拡大・設備投資・借入金返済等)
- 売出株式の詳細:売出株式数・売出価額総額・条件・株式所有者
- その他:ロックアップ・海外売出しの有無
3.株式公開に関する情報
株式の動向・公開後の株主構成等の詳細情報を指します。
- 株式移動状況:株式発行履歴・譲渡履歴
- 第三者割当新株予約権:発行年月日・発行株式数・発行価格
- 株主状況:主要株主・所在地・所有株式数・持株割合
- その他:株式公開に関連する特記事項(優先株の扱い・制限条項等)
IPOに目論見書が必要となる理由
目論見書はスタートアップ企業が、IPO(新規株式公開)を成功させるのに必須の公式文書です。下記に目論見書が、IPOに必要である理由について解説します。
1.投資家へ信頼性を提供するため
スタートアップ企業がIPOを実施する際には、市場での実績の乏しさや知名度の低さから、投資家にとって未知の存在であるケースが多くあります。
目論見書では「会社情報」「事業戦略」「財務状況」「成長性」「リスク要因」などが詳細に記載されており、投資家に自社を知ってもらうと同時に信頼性を提供する役割を持ちます。
またスタートアップ企業はIPO後も継続的な資金調達が必要となるケースが多いことから、目論見書はIPO時の一時的な文書に留まらず、投資家との長期的な関係構築のための基盤にもなるのです。
2.投資家の適切な判断をサポートするため
IPOを成功させるには投資家に自社の特徴・魅力・将来性を正確に伝え、投資意欲を持ってもらうことが重要です。
目論見書では「事業詳細」「成長ポテンシャル」「過去数年間の財務情報」「将来の業績予測」、さらには「資金調達の目的」までが明確に記載されているため、投資家の適切な判断をサポートすることができます。
目論見書が適切に作成されていれば、投資家はリスクとリターンを正確に評価することが可能となり、自社の透明性や信頼性を高めることにも繋がります。結果として、IPOの成功率を向上させられるようになるのです。
3.法的要件を満たすため
目論見書は金融商品取引法に基づき、企業が適切な情報を投資家へ開示するため、法的義務として作成が求められています。
企業が目論見書に不正確な情報や虚偽の情報を記載した場合、投資家の信頼を失うだけでなく、訴訟・上場の延期・上場廃止といった重大なリスクを負う可能性があるので注意が必要です。
目論見書を使用して証券を取得させた企業は、原則として投資家に対して責任を負う必要があります。公平かつ透明な投資環境を提供するためにも、正確で詳細な目論見書を作成し、法的要件を遵守することが重要です。
4.競合との差別化を図るため
IPOでは同時期に、複数の企業が資金調達を試みるケースが多くあります。
目論見書に自社が競争優位性を発揮できるポイントを具体的に記載しておけば、競合との差別化を主張する有力な手段となります。例えば革新的なビジネスモデル・自社独自の技術・業界での実績などを記載すると効果的です。
目論見書は単に基礎データを羅列し、法的要件を満たすだけの書類ではありません。投資家の信頼を獲得し、競争を勝ち抜くための重要資料であることを意識して、徹底的な作り込みを行いましょう。
IPO準備において、フェーズごとのタスクとスケジュールについて詳しく知りたい方は、ぜひ以下お役立ち資料も併せて確認してみてください。
目論見書を作成するステップ
ここでは目論見書を作成する際の、一般的なステップを解説します。
1.計画・準備
目論見書作成の最初のステップは、計画・情報収集・準備です。主な作業内容は下記の通りです。
- チーム編成:経営陣・法務部門・財務部門・外部アドバイザーからメンバーを選抜し、目論見書作成のためのチームを編成します。
- 必要なデータの準備:書類作成に必要となる企業情報・市場調査情報・財務諸表など、信頼できるデータを準備します。
- スケジュール策定:目論見書作成の進捗管理を徹底するため、各ステップの作業内容と締め切りを設定し、スケジュールを策定します。
準備・計画をしっかりと行っておくことで、その後のステップもスムーズに進めることができます。
2.構成・内容の設計
魅力的で分かりやすい目論見書を作成するため、全体の構成と内容を設計するステップです。
- 主要セクションの決定:「会社概要」「事業内容」「成長戦略」「業界動向」「市場分析」「財務情報」「資金使途」「リスク要因」など、目論見書に必須の情報を整理して主要セクションを決定します。
- 記載内容の決定:各セクションに記載する内容を決定。全体を平準に記載するのではなく、投資家が関心を持つ項目を優先的に強調します。
- 仮説の明確化:自社の競争優位性・将来の展望など仮説ベースで記載する内容を決定。魅力的に伝えるため、根拠ある情報を示し、ストーリー化するのがコツです。
構成・内容の設計次第で目論見書本文の質が大きく左右されるため、詳細に作り込むことが重要です。
3.原稿作成・レビュー
実際の目論見書のドラフトを作成し正確性を確認した後、正式版の原稿を作成する重要なステップです。主な作業内容は下記の通りです。
- データと文章の整合性確保:ドラフトを作成して数字や分析内容が正確で一貫していることを確認。誤情報や不明瞭な情報を修正・削除します。
- 専門家による法的レビュー:外部の弁護士や主幹事証券会社が法規制を遵守できているかチェックし、リスクの最小化を図ります。
- 修正・調整:投資家目線で読みやすさや透明性を重視した記述に修正・調整し、正規版の原稿を完成させます。
複数のメンバーでレビューを行いフィードバックの偏りを無くすことで、原稿の質を向上させるのがポイントです。
4.デザイン・レイアウト・調整
目論見書は投資家が重要な判断を行うための書類であり、「読みやすく」「理解しやすく」「魅力的な形」に仕上げる必要があります。このステップでは、主に下記の作業を行います。
- レイアウト・デザイン:図表も活用して視覚的にわかりやすいように情報を整理し、重要な情報を強調。投資家が直感的に理解できる構成で作成することがポイントです。
- 最終承認:経営陣や主幹事証券会社から、目論見書の内容の正確性・信頼性について承認を得ます。
- 公開準備:電子データ版と印刷版を用意し、実際に投資家へ書類を提供するための準備を整えます。
5.交付・見直し
目論見書作成の最終ステップは、投資家への配布と必要に応じた修正対応です。主な作業内容は下記の通りです。
- 公開手続き:目論見書を金融庁へ提出すると同時に、投資家への提供を正式に開始します。
- 投資家からのフィードバック対応:投資家からの質問や指摘に基づき、目論見書を迅速に修正し、アップデート。情報の充実度や正確性を高めます。
- 説明会(ロードショー)実施:目論見書を使用して投資家向けにプレゼンテーションを行い、自社のビジョンや成長可能性をPRします。
以上のステップを経ることで投資家と信頼関係を構築し、IPO成功の可能性を高めることができます。
IPOへ向けた目論見書作成の課題と解決策
IPOへ向けた目論見書の作成には、スタートアップ特有の課題が伴います。下記に主な課題と解決策を解説していますので、参考にして下さい。
1.財務情報の整備が不十分
■課題
スタートアップは創業から間もないことが多く、財務データや事例が十分に蓄積されていないケースがあります。情報の少なさから、財務情報を適切に開示することが困難です。
■解決策
- 早期に準備を進める:IPOを予定する2~3年前から財務体制を整備し、定期的な監査を受けておきましょう。
- 会計システムを導入する:財務データを正確かつ効率的に管理できる会計システムを導入。目論見書の作成に必要な財務情報を蓄積できるようになります。
- 専門家を活用:IPOの準備経験が豊富な会計士・税理士を採用し、財務データの整理・整備・精度向上を試みることも重要です。
2.リスク情報の特定と開示が難しい
■課題
事業や市場のリスク特定が不十分だと目論見書の説得力や信憑性が欠け、過剰なリスクの記載は投資家にネガティブな印象を与えてしまいます。よって、どの程度特定と開示を行えばよいかの判断が難しい場合も多くあります。
■解決策
- バランスよく記載する:リスク情報は漏れなく開示しつつ、リスク軽減策や成長戦略を併記することでバランスを取りましょう。リスク一辺倒の記載よりも信頼性・安心感をPR可能です。
- 競合分析の実施:既に目論見書を公開している同業他社の書面を参考にし、自社のリスクと比較し、妥当なラインを検討しましょう。
- 専門家を頼る:顧問弁護士・コンサルタントと連携し、的確なリスク分析を実施します。目論見書への記載内容・記載方法も相談しておくと安心です。
3.複雑な法規制への対応が難しい
■課題
目論見書は金融商品取引法や証券取引所の規則に準拠して作成する必要があります。しかしスタートアップ企業には、これらの法令や規則を理解し、対応するためのリソースが不足しがちです。
■解決策
- 公式ガイドラインを参考にする:金融庁や証券取引所が公開している目論見書作成のガイドラインを参考にし、法規制準拠の基盤としましょう。
- セミナー・ワークショップ等を活用する:金融庁・証券取引所が開催するセミナーやワークショップへ参加し、最新の法規制・法規制に準拠した目論見書の作成手順について学ぶのもおすすめです。
- 専門家へ依頼する:IPO支援実績のあるコンサルタントや弁護士を採用し、専門知識を活かして法規制への対応を行ってもらうことでより確実に作成が可能になります。
4.魅力的なエクイティストーリー構築が難しい
■課題
スタートアップは市場での認知度が低いため、投資家に対してビジネスモデルや市場での成長可能性を効果的に訴求する必要があります。しかし専門用語や技術説明が多いと、内容が複雑となり伝わりにくくなることもあります。
■解決策
- シンプルで明確な文章で伝える:事業内容・成長戦略・業績予想は、誰でも理解できるシンプルで明確な言葉で記載しましょう。
- ストーリーテリングの技術を活用:企業ビジョン・事業戦略を物語形式で伝えると訴求力が高まり、投資家の理解や共感を得やすい傾向にあります。
- 専門家へ相談する:目論見書作成の経験豊富な主幹事証券会社・コンサルタント・プロのライターへ相談します。構成・文章・表現を最適化してもらうと良いです。
5.情報の取捨選択が難しい
■課題
目論見書には企業情報・財務情報・事業戦略・リスク要因など、多岐にわたる情報を記載する必要があります。しかしどの情報を優先すれば良いかの判断が難しいこともあります。
■解決策
- 優先順位付け:投資家が最も重視する「成長性」「競争優位性」「財務安定性」を中心に、重要度の高い情報から記載しましょう。
- チェックリストを活用:目論見書に必須の情報をリスト化し、抜け漏れを防ぎつつ網羅性を高めましょう。
投資家は目論見書から何をチェックする?
目論見書を作成する際には、「投資家がどのような視点で目論見書を読み、何を重視しているのか」という点を十分に理解し、その目線を意識することが非常に重要です。投資家は、限られた時間の中で多くの情報を精査し、投資判断を行います。そのため、目論見書には投資判断に直結する重要な情報を、的確かつ分かりやすく記載する必要があります。投資家が特に重視するポイントは、主に以下の4点です。
1.事業内容
投資家は企業のビジネスモデルや市場環境、将来の成長性に注目します。自社の提供するサービスや製品が市場でどのようなポジションにあるのか、競合との差別化が明確であるかといった点を通じて、その企業に投資価値があるかどうかを判断します。それに踏まえ、投資後に株価の上昇が見込めるかどうかを判断する投資家は少なくありません。
2.財務情報
投資家は売上や利益の成長性、過去から現在に至るまでの成長トレンド、さらには設備投資の規模や内容、従業員数の推移なども含めた項目で、企業の成長力や経営の安定性を総合的に評価します。数字が示す実績は、事業計画の信頼性や将来性を裏付ける重要な指標です。
3.資金使途
IPOで調達した資金をどのように活用するのか、その使途の具体性と妥当性が投資家から問われます。たとえば、新規事業への投資、研究開発、借入金の返済、設備投資など、資金の使い道が企業の成長戦略と一致しているか、また、その使途が明確かつ透明であるかが、投資家からの信頼を得る鍵となります。
4.株式・株主情報
投資家は、発行予定の株式数、発行価格、既存株主の構成や持株比率、ロックアップ契約の有無・内容といった情報を確認し、将来的な株価の変動リスクや需給バランスを分析します。これらの情報は、投資のタイミングやリスク評価に直接関わるため、特に慎重にチェックされる部分です。
要点を押さえ投資家が注目する目論見書を作成しよう!
目論見書はスタートアップ企業がIPOを成功させるために欠かせない重要な文書です。必須項目を漏れなく記載することに加え、自社の特徴・魅力・成長可能性を的確に伝えることで、投資家の関心を集めて長期的な関係を築くことができます。
目論見書の作成に取り組む際には、信頼性・透明性を重視したうえで、デザイン・レイアウト・訴求力にもこだわって書類の作成を行うのがポイントです。IPOを目指すスタートアップ企業が未来を切り開く最初のステップとして、クオリティの高い目論見書の作成を目指しましょう。