人事評価制度とは
人事評価制度とは、各従業員の業績やチームに対する貢献度といった一連の行動を自社の基準で評価する制度の総称です。ここでは、以下の流れで人事評価制度の特徴を確認していきましょう。
- 人事評価制度における3つの柱
- 人事評価制度の導入実態・導入率
- 人事評価制度を導入することの重要性
人事評価制度における3つの柱
人事評価制度の内容に、法律による規定などはありません。制度の仕組みや基準などは、各社が自由に設計・構築できるものとなります。
ただし人的資本経営の成功につながる効果的な制度をつくるうえでは、以下3つの柱(重要機能)が連動する仕組みを構築することがおすすめです。
- 【等級制度】従業員を役割やランクで分けるための制度
- 【評価制度】自社の方針や行動指針に対する貢献度を評価する制度
- 【報酬制度】上記1と2の評価にもとづき、従業員への報酬を決定する制度
上記3つの柱をベースに人事評価制度を構築すると、等級・評価・報酬の決定基準や要件が可視化されることで、以下のような疑問などが従業員に生じにくくなるでしょう。
- 自分は何をどう頑張ったら次のランクに上がれるか?
- 会社の何に貢献すると評価がアップするのか?
- 給料を上げるためには何を目指しどう頑張るべきか? など
評価をする上司(会社)と従業員の認識やベクトルを合わせるうえでも、上記3つの柱を連動させた人事評価制度をつくることが大切になります。
人事評価制度の導入実態・導入率
人事評価制度を導入・運用する企業の割合は、企業の規模によって大きく異なります。その傾向を平易な言葉で表現すると、「従業員数が多い企業は導入率が高く、従業員数が少ない企業は導入率が低い」という状態です。
株式会社帝国データバンクの「令和 3 年度中小企業実態調査委託費 中小企業の経営力及び組織に関する調査研究報告書」では、従業員規模別に見た人事評価制度の有無に以下の実態があることがわかっています。
引用:令和 3 年度中小企業実態調査委託費 中小企業の経営力及び組織に関する調査研究報告書(株式会社帝国データバンク)
人事評価制度を導入することの重要性
近年のビジネス環境では、政府が推進する働き方改革やダイバーシティ経営などの影響から、多様な能力や個性を持つ人材が1つのチーム内で協働することが多くなりました。
また、日本国内で長く続いてきた終身雇用や年功序列制度が崩壊したことで人材の流動化が起こり、自社に合う優秀な人材の獲得や離職を防ぐことが難しくなっています。
こうしたなかで、採用した人材の能力を最大限に活かすためには、人事評価制度を通じて個人の能力発揮を評価・促進する仕組みづくりが必要です。成果とあわせて個人が発揮する能力を評価することで、従業員が働きやすい環境を構築しやすくなります。
詳細はメリットの章で解説しますが、近年における外的環境の著しい変化に伴う人や組織の課題を解決するうえでは、最適な人事評価制度の導入・運用が必要となるでしょう。
人事評価制度の作成・導入で得られるメリット
人事評価制度は、作成・導入さえすれば高い効果が得られるものではありません。自社が抱える人・組織などの課題を解決するためには、後述する手順・方法で最適な人事評価制度を作成・導入する必要があります。
適切な人事評価制度を導入・運用できた場合、以下の効果・メリットが期待できるでしょう。
- 客観的な評価が可能となる
- 適材適所の人材配置や能力開発がしやすくなる
- 上司・部下で良好な関係を構築しやすくなる
- 従業員のモチベーションが向上しやすくなる
- 採用戦略を立てやすくなる
- 自社の価値観や文化に合う人材が多くなる
客観的な評価が可能となる
適切な人材評価制度を導入・運用すると、評価者である上司が自分の主観ではなく、会社が定めた一定の基準に従って客観的な評価を行うことになります。
人事評価制度のなかで評価ポイントなどが整理されていれば、仮に課長Aが人事異動でチームを離れても、次の課長Bも同じ基準で客観的な評価を行うことが可能になるでしょう。
制度の導入で客観的な評価が当たり前になると、以下のような主観的評価に対する不満や不公平感が生じにくくなります。
- Aくんには期待しているから、評価も高くしてあげよう。
- AくんよりBくんのほうが頑張っている感じがする。帰りも遅いみたいだし。 など
上司・部下で良好な関係を構築しやすくなる
評価基準にもとづく客観的な評価は、上司と部下の温度差や認識のズレを埋め、良好な関係を構築するうえでも役立つものです。
たとえば、評価後の1on1で評価シートを一緒に見ながら「項目Aの◯◯が著しく低いから、今回は評価が低かった。これを改善するためには……。」などの具体的なフィードバックを行うと、従業員側に「どうしてこんなに評価が低いんだ?」などの違和感や不信感なども生じにくくなるでしょう。
また、上司と部下が同じ課題を共有していると、その課題の改善につながるコミュニケーションも図りやすくなるはずです。
従業員のモチベーションが向上しやすくなる
上司が適切な基準にもとづく評価やフィードバックを行い、その内容を聞いた部下が課題を解決した場合、評価が上がる可能性が高まります。
また、さまざまな課題を解決して成長すると、チーム内での役割・等級が上がることもあるでしょう。場合によっては、評価とレベルと連動して報酬がアップするかもしれません。
このように適切な基準をもとに改善を促すと、これまで苦手だったことを「できる」に変えることでやる気や自信も生まれやすくなります。また、できることや役割、報酬が増えると、次の課題解決に向けて努力することも楽しみになってくるかもしれません。
従業員に成長の好循環を生じさせるうえでも、適切な人事評価制度は役立ちます。
適材適所の人材配置や能力開発がしやすくなる
定期的な人事評価には、各従業員が持つスキルの棚卸しや管理を行う役割もあります。
仮に蓄積した評価内容をデータベースで管理すると、たとえば「DXプロジェクトを立ち上げるために、◯◯と××が得意な人材を集めたい」といった各チームの要望にも対応しやすくなるでしょう。
また、人事評価は、適材適所の人材配置や、各従業員に合う能力開発をすることにも役立ちます。
たとえば、人事評価で従業員Aに著しく苦手な仕事があることが判明した場合、いまの業務を離れて本人の能力を活かせる部署に異動してもらうことで、組織と従業員Aの両方に以下のメリットが得られやすくなるでしょう。
- 【従業員Aのメリット】ストレスが減る、評価・等級・報酬が上がりやすくなる、仕事が楽しくなる など
- 【組織のメリット】生産性が向上する、離職を防げる など
採用戦略を立てやすくなる
人事評価制度の内容は、採用戦略と連動することも可能です。
たとえば、営業部門の評価で「お客様やメンバーとのラポール形成」を重視する場合、欲しい人材のペルソナ設計や面接設計にこの項目を入れることで、現場が求める人材を獲得するための採用戦略を構築しやすくなるでしょう。
また、配属した新人の評価があまりよくない場合、そのポイントを補う人材の獲得をすることを目的とした戦略を立てることなども可能になります。
自社の価値観や文化に合う人材が多くなる
適切な人材評価制度が社内に浸透すると、自社が大事にしている価値観や考え方にもとづき、各自が意思決定や課題解決などを行うようになります。この状態の組織は、みんなが同じベクトルで仕事をするイメージに近いかもしれません。
仮にいまの社内に仕事のやり方や意思決定の部分で衝突が起きたり、一部のメンバーの意見が受け入れられないなどの問題がある場合、現状の人事評価制度が自社にとって適切なものであり、それがうまく機能しているかどうかを見直してみてもよいでしょう。
人事評価制度を導入する際の注意点やデメリット
人事評価制度では、上司が各従業員を評価し、その内容が会社での役割や報酬につながることから、実のところ非常にデリケートな側面があります。ここでは、人事評価制度の見直しや新規導入をする際に注意すべきポイントを紹介しましょう。
- すべての手法が自社に合うとは限らない
- 評価者の適性を見極める必要がある
- 人事評価制度の失敗=やる気の低下や離職につながる
すべての手法が自社に合うとは限らない
詳細は後述しますが、人事評価制度の設計では、さまざまな評価手法のなかから自社に合うものを選択することが大切です。そこで選んだ評価手法が自社の事業形態などと合わない場合、多くの時間と工数をかけて設計した評価制度がまったく役に立たない「絵に描いた餅」になるかもしれません。
また、現場の実態とマッチしない制度は、評価者である上司に多くの負担をかけたり、被評価者の部下に違和感や不満を募らせたりする要因にもなりうるでしょう。
こうした悪循環を防ぐためには、各評価手法のメリット・デメリットを理解したうえで、自社に合うものかどうかをしっかり見極める必要があります。
評価者の適性を見極める必要がある
効果的な人事評価制度を設計・導入する際には、評価者となる管理職の適性を見極めることも大切です。部下の成長やモチベーションアップにつながる評価をするうえでは、最低でも以下の4項目を意識したコミュニケーションができる評価者が求められるでしょう。
- 公平性
- 客観性
- 透明性
- 納得性
また、私たち人間には、何かを評価するときに、その対象が持つ一部の特徴に引きずられて全体評価をしてしまう「ハロー効果」を起こしがちな傾向もあります。ハロー効果による誤った評価を防ぐうえでは、客観性が高く明確な評価基準などを整備するとともに、評価者となる管理職などの教育も必要となるでしょう。
人事評価の失敗=やる気の低下や離職につながる
現場の実情と合わない人事評価制度を導入すると、被評価者である部下に不信感や違和感が生じやすくなります。
その結果「この会社の評価はおかしい!」や「なぜ私よりAさんのほうが高評価なのか?」などの想いが強くなれば、そこからモチベーションが下がったり、最悪は離職の要因になったりすることもあるでしょう。こうした悪循環を防ぐためにも、人事評価制度の設計や導入は慎重かつ丁寧に進める必要があります。
人事評価制度の作成・導入における8つのステップ
自社にとって効果的な人事評価制度を設計・導入するためには、以下の流れで作業を進めていく必要があります。ここでは、以下8ステップにおけるポイントを解説しましょう。
- 1.自社の課題を洗い出す
- 2.人事評価制度の目的を明確にする
- 3.評価基準・評価項目を考える
- 4.評価手法を決定する
- 5.評価結果とランク(役割)の関係を整理する
- 6.評価システムやフォーマットを用意する
- 7.社内への周知と浸透に向けた施策を実施する
- 8.定期的な見直しをする
1.自社の課題を洗い出す
人事評価制度の設計では、まず自社が抱える人材・組織や生産性などの課題を洗い出します。その際の視点で参考になるのが、以下の3つです。
- 【自社の中長期的な戦略に関する課題】次世代リーダーが育たない、社長が大事にする価値観が浸透していない など
- 【現場が感じている課題】優秀なエンジニアがすぐ辞めてしまう、給与やランクが上がりにくい、上司の評価に不満がある など
- 【人事部門が感じている課題】適材適所の人材配置ができていない、第一営業部の3年離職率が高い、従業員のスキル管理ができていない など
現場における生産性の低さや人間関係の悪さなども、人材評価が間接的に影響している場合もあります。したがって自社の課題を洗い出すうえでは、従業員アンケートなどを行い、現場の課題や不満などを自由に挙げてもらうことも一つの手です。
2.人事評価制度の目的・方針を明確にする
先述の方法で自社が抱える課題を洗い出したら、「人事評価制度の導入でどういう人材を高く評価すると、どのような課題が改善できるのか?」という目的・方針を考えます。目的・方針の検討で必要な要素には、以下のものが挙げられるでしょう。
- 中長期的に見て、自社にはどういう人材が必要か?
- 現在の人事評価制度の何を改善すべきか?
- 自社が求める人材はどういう方法で育てるのか?
- 自社が求める人材はどのように評価するのか?
3.評価基準・評価項目を考える
人事評価制度の目的・方針が決まったら、自社が求める人材を適切に評価するための基準や項目を決めていきます。
たとえば、営業部門で「ラポール形成力やホスピタリティが高く、次世代リーダーを任せられる人材」を多く育成したい場合、この人物像に必要な「成果」「スキル」「姿勢」などがどういうものか(どういうレベルか)について言語化していくイメージです。
評価項目は、評価基準の内容をさらに詳細化したものになります。
たとえば、次世代リーダーを任せられるような人材には「共感力」「自己認識力」「自己管理力」などが求められることが多いです。どういうことをどこまで行えると「自己管理力がある」と認められるかを策定することで、従業員も自分が目指す方向性を認識しやすくなるでしょう。
ただし評価項目が多すぎると、上司と部下の両方に大きな負担になり、結果として評価の質が下がるかもしれません。注意しましょう。
4.評価手法を決定する
評価基準と項目が決まったら、それを判断するための評価手法を選定します。近年注目されている評価手法は、記事の後半で詳しく紹介しましょう。ぜひチェックしてみてください。
5.評価結果とランク(役割)の関係を整理する
効果性の高い人事評価制度は、先ほど紹介した3つの柱(等級制度・評価制度・報酬制度)と連携させて運営していくものです。ここまでの作業で評価の中身が決まったら、次は等級制度や報酬制度の中身と関連付けていきましょう。
たとえば、先述の「共感力」「自己認識力」「自己管理力」がここまでできたら次世代リーダーになるための等級に上がることが可能。次のランクでは、報酬は◯◯万円にアップする。××研修でリーダーシップ力を向上させることも必要……のように、自社の教育システムとの連携も必要になる場合もあるでしょう。
6.評価システムやフォーマットを用意する
人事評価制度の中身が完成したら、次は運用面の設計をしていきます。具体的には、以下のものを決める必要があるでしょう。
- 人事評価の頻度
- 人事評価の方法(専用のITシステム?紙の評価シート?)
- 評価結果の集計方法
- 評価結果のフィードバック方法 など
人事評価後は、フィードバックも必要です。ただし、たとえば評価者1人に対して部下が70人いた場合、そのフィードバックを「1人あたり1時間の対面」で行うことは現場の負担を考えてもあまり現実的ではありません。
最適な評価方法や仕組みは、企業やチームの形態・規模によって異なります。また、閑散期なら余裕でできることも、繁忙期は難しいかもしれません。評価品質の低下を防ぐためには、評価する人・される人の意見に耳を傾けながら運用方法などの設計を進める必要があります。
7.社内への周知と浸透に向けた施策を実施する
運用方法まで完成したら、新しい人事評価制度の目的・メリット・実施方法などを社内に周知します。ここで大切なことは、全従業員に理解・協力してもらえる状態をつくることです。この状態を「浸透」と呼んだりします。
浸透を目指すうえで大切なことは、最初に経営層がメッセージを発信することです。
仮に経営者が「新しい人事評価制度の運用を通じて、◯◯な組織を目指します。人事評価制度は報酬制度とも連動していますから、評価が高くなると若手でも◯◯万円まで報酬アップが可能です。」といった明確なメッセージを出すことで、全社のベクトルや意識に変革をもたらしやすくなります。
またこれまでの不公平感や不平等感の強い人事評価から脱却するためには、評価者である上司への周知や教育も必要でしょう。
8.定期的な見直しをする
人事評価制度の作成・導入作業は、全社員への浸透で完了ではありません。人事評価制度の運用を始めたら、全社員アンケートなどを通じて「新制度の良くなったところ・悪くなったところ」を聞き取り、必要に応じて改善していく必要があります。
また、新しい人事評価制度の導入で、最初に立てた目的・方針が達成できているかどうかのチェックも必要です。たとえば、上司の評価などに不満や不信感を抱いた従業員が立て続けに辞めていた場合、新制度の導入でその課題が解消できたかどうかの確認も必要でしょう。
人材の離職率や定着率などの分析をするためには、それなりに長い時間が必要です。その意味で、自社に好循環をもたらす人事評価制度をつくるうえでは、中長期的なブラッシュアップを続ける必要があるでしょう。
人事評価に使える手法の最新トレンド11選
人事評価制度の効果性を高めるうえでは、多くの評価手法のなかから自社に合うものを取り入れることも大切です。ここでは、近年の日本企業で多く使われている11個の評価手法について、概要を紹介しましょう。
- リアルタイムフィードバック
- ノーレイティング
- ピアボーナス
- バリュー評価
- OKR
- 360度評価
- コンピテンシー評価
- パルスサーベイ
- チェックイン
- パフォーマンス・デベロップメント
- 評価のオープン化
リアルタイムフィードバック
リアルタイムフィードバックとは、上司が部下に高い頻度で行う評価手法の一種です。この手法では「高頻度」「迅速さ」「具体性」の3つを意識する必要があります。
たとえば、ある部下の作業進捗が著しく悪く、なかなか成果を出せずにいる場合、「作業BよりAを先にやったほうが質・スピードの両方が上がると思うな。」のようにその場で具体的な助言をすることで、問題点の理解や課題解決につながりやすくなるでしょう。
定期的に行う人事評価に加えて、部下の成長を促す日常的な仕組みとして、リアルタイムフィードバックを取り入れるのも一つです。
ノーレイティング
ノーレイティングとは「評価をしない」という意味の新しい人事制度です。アメリカを中心に広がりを見せている仕組みになります。
ノーレイティングの特徴は、上司から部下の一方的な人事評価をやめる代わりに、上司と部下が定期的なコミュニケーションを重ねるなかで、自分の課題や目標などを設定していく点です。
そうすることで、たとえば「評価の低下でモチベーションも下がる」といった問題が起こりにくくなります。また、近年のようにビジネス環境そのものに変化が生じやすい時代のなかで、1年の最初に立てた目標と現実との間に乖離を起こしにくい方法としても注目されるようになりました。
ピアボーナス
ピアとは「同僚」「仲間」などを指す言葉です。ピアボーナス制度は、一緒に働くメンバー同士がお互いの貢献度や仕事内容を認めることに加えて、少額の報酬を送り合う仕組みになります。
一緒に働く同僚という対等性の高い関係のなかで賞賛や承認をし合うことには、従業員同士のコミュニケーションを円滑にしたり、それぞれのモチベーションを高めたりする効果が期待できるでしょう。
バリュー評価
バリュー評価とは、自社が設定する大事な価値観(バリュー)に沿った行動ができているかどうかを重視する評価制度です。
従来の日本でよく使われてきた成果主義では、売上高や品質などの「成果(結果)」が重視される傾向がありました。一方でバリュー評価では、成果を出すまでの「過程」「行動」を大切にします。
バリュー評価を通じて自社の大切な価値観を共有することで、社内のベクトルを合わせたり団結力を高めたりする効果が期待できるでしょう。
OKR
OKRとは、「目標と主要な結果」を指す言葉です。人事評価というよりは、目標設定・管理方法の一種になります。
OKRの特徴は、企業と従業員個人の目標をリンクさせることです。また、OKRの場合、目標設定・進捗のチェック・評価という一連のサイクルを高頻度でまわす特徴があります。
人事評価制度のなかでOKRの仕組み・考え方を取り入れると、異なる価値観やキャリアビジョンを持つ一人ひとりが納得して企業の業務に取り組みやすくなるでしょう。
360度評価(多面評価)
360度評価(多面評価)は、従来から行われている上司-部下の2者に同チームで働くメンバーなどを加えて、立場や関係性が異なる人たちが多面的な評価を行うものです。
360度評価を行うと、上司だけでは気づかなかった部下の意外な一面や能力などが見つかったりします。また、さまざまな人から評価されることで、本人の自己認識に新たな気づきをもたらす利点もあるでしょう。
コンピテンシー評価
コンピテンシー評価とは、自社で高い成果を出しているハイパフォーマーの行動特性に着目した評価手法です。たとえば、営業成績ナンバーワンのAさんが「普段どのようなことを意識して営業活動をしているのか?」や「その行動をする理由は何なのか?」に着目し、その内容を人事評価制度に反映させていきます。
コンピテンシー評価の項目は、職種や役割によって変わります。一般的には、以下のような項目が多いでしょう。
- 自己認知力
- 変革志向性
- 顧客志向性
- コミュニケーション力
- 情報収集・分析力
- 論理的思考力 など
パルスサーベイ
パルスサーベイは、従業員の満足度や心の健康度などの現状を知るために、企業が短期間で繰り返しの調査を行うことです。頻度としては週1回や月1回、5~15問程度の簡単な質問をするイメージになります。
パルスサーベイは、新たな人事評価や社内制度の導入後に、従業員がどう感じているかを知るうえで役立つものでしょう。
チェックイン
チェックイン(Check-In)は、高頻度の面談を行いながら進める人事評価です。チェックインの面談には、上司から部下への一方的な評価・フィードバックに加えて、部下からも上司に対して積極的な質問や相談をするルールがあります。
チェックインでは部下が自ら言語化することで、主体的なコミュニケーションや意思決定などの効果が期待できるでしょう。この方法は、Adobeが実践したことで世界的に注目されるようになりました。
パフォーマンス・デベロップメント
パフォーマンス・デベロップメントは、上司が部下の「成長」を支えることで業績を最大化するという考え方をもとに生まれた手法です。
従来の評価・管理の手法となるパフォーマンス・マネジメントでは、部下の「業績」に重きが置かれていました。これに対してパフォーマンス・デベロップメントでは、年間を通じて上司と部下が高頻度のコミュニケーション機会を持ち、キャリアの方向性について話をしながら、それぞれの成長を促進させていきます。
評価のオープン化
評価のオープン化とは、評価基準や等級ランクなどを見える化することです。人事評価制度の中身をオープンにすると、従業員は「なぜ自分の評価が悪かったのか?」や「何をすれば評価や等級が上がるのか?」などを理解・納得しやすくなります。
また、こうした情報をオープン化すれば、上司の個人的な主観の影響を大きく受けた不公平な評価なども生じにくくなるでしょう。被評価者である従業員から信頼される制度にするためには、さまざまな情報を包み隠さない姿勢も必要となります。
効果的な人事評価制度の事例9選
自社の人事評価制度に先述のトレンド手法などを取り入れるうえでは、各企業の成功事例を参考にするのもおすすめです。新手法の導入による効果などがわかれば、全従業員へのメッセージも発信しやすくなるでしょう。ここでは、人事評価制度の成功事例を9つ見ていきます。
- 株式会社メルカリ
- 株式会社ディー・エヌ・エー
- 株式会社ISAO
- カルビー株式会社
- ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社
- イケア・ジャパン株式会社
- 花王株式会社
- ダイキン工業株式会社
- 株式会社kubell(旧Chatwork株式会社)
株式会社メルカリ
株式会社メルカリの人事評価制度は、バリュー評価・OKR・ピアボーナスなどを組み合わせたものです。評価体制は、「成果評価」と「行動評価」の2本立てになっており、行動評価でバリュー発揮行動の実践度を見ていく仕組みになります。
また、バリュー発揮行動の基準には、「ありたい姿の明示・推進」や「オーナーシップ」などの項目も並んでいます。この基準であれば、成果がすぐに出にくい業務に携わる人材でも、自社のバリューを意識した行動によって適切な評価が得られやすいでしょう。
参考:メンバーの活躍を“大胆に”報いる──大幅アップデートされたメルカリ人事評価制度の内容と意図(mercan)
株式会社ディー・エヌ・エー
株式会社ディー・エヌ・エーでは、「成長のステップを示し、強みの形成を支援して一人ひとりの成長を促進する」という考えを軸に成長志向の人事評価制度を構築しています。ProfessionalコースとManagementコースの2つがあり、そのなかでそれぞれが高めるべき姿勢やスキルが明確になっている形です。
評価制度・グレード制度・報酬制度の考え方がハンドブック化されており、評価や報酬などを上げるために各自がすべきことがわかりやすくなっています。
株式会社ISAO
株式会社ISAOは、階級なし・管理職ゼロの「バリフラットモデル」で組織運営をする企業です。個人の成長を促す仕組みとして、「5つの構成要素」「360度評価」「コーチ制度」などが導入されています。
5つの構成要素とは、市場価値に相応しい「コア」を土台に、以下の5項目に対して加点原点をすることで、個人の成長を促す仕組みです。
- 基本動作
- 全社運営
- MV(ミッション・バリュー)貢献
- Business Advanced
- TOEIC
昇降級などの情報はすべて社内SNSで共有し、評価の透明性などを高めています。
カルビー株式会社
カルビー株式会社では、従業員一人ひとりが自分事として仕事に取り組むための意識・環境を育む目的で、バリュー評価を軸とする新しい人事評価制度を導入しています。
カルビーの人事評価では、以下5つのバリューにグレードごとの行動を落とし込んだものです。
- 挑戦
- 好奇心
- 自発
- 利他
- 対話
この会社の評価制度は、社員の声に基づいて策定されました。若手を中心とする社員から意見を集めたことで、評価制度と現場の乖離が起こる問題も解消しています。
ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社
ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社は、Great Place to Work Institute(GPTW)が主催する2022年「働きがいのある会社」でベスト100に選ばれた企業です。
この会社の評価制度は、「コンピテンシー」と「職位ごとの期待値」の2軸で構成されています。コンピテンシーの内容は、ケンブリッジで働く優秀なコンサルタントの定義を23項目に分解したものです。
「あの人は優秀」などの漠然としたものではなく、「コンピテンシーでいえば論理的思考力と目的志向が特に優れているから優秀」のように、具体性をもたせた評価基準にしています。
イケア・ジャパン株式会社
イケア・ジャパン株式会社の特徴は、勤務時間の影響を受けることなく能力・成果が平等に評価される「同一労働・同一賃金」を導入している点です。また、すべての従業員が高い安心感のなかでチャレンジングな経験を積めるようにするために、全社員と正社員の無期雇用契約を締結しています。
人事評価制度と雇用形態は一見、関係がないように思われがちです。しかし、同じチームで働くメンバーの高いモチベーションや主体性などを育むうえでは、不公平感が少なく安心できる雇用の仕組みと人事評価制度を連携・連動させることも大切かもしれません。
花王株式会社
花王株式会社では、「自ら学び 自ら考え 自ら変化を先導できる強い「個」が集まる集団へ」という目標を達成するうえで、人事評価制度や教育制度などを連動させた仕組みを構築しています。
2021年に導入した新評価制度は、これまで以上に社員一人ひとりの挑戦を後押しし、各自の取り組みと貢献を高評価できる会社へと進化するためのものです。
OKRの仕組みも取り入れることで、従業員一人ひとりの成長と自社の成長発展を連動させやすくなりました。
ダイキン工業株式会社
ダイキン工業株式会社では、「一人ひとりの総和がグループの発展の基盤」という考えのもとで、従業員の能力や成長に重点を置いた人事・処遇制度を導入しています。
2023年には、少子高齢社会の流れに合わせる形で、資格・評価・賃金の3制度の見直しを行いました。2024年4月から運用されている新評価制度では、60歳以降の従業員に対しても59歳以下と同じ評価制度を適用し、能力・成果に応じた60歳以降の昇格・昇給も可能としています。
ダイキン工業株式会社の新制度は、社会の少子高齢化などの外的環境の変化に応じた見直しの代表的な事例といえるでしょう。
参考:65歳までの定年延長および人事・処遇制度の見直しを実施(ダイキン工業株式会社)
株式会社kubell(旧Chatwork株式会社)
株式会社kubell(旧Chatwork株式会社)では、社員数の増加にともない、人事評価の基準をMBOからOKR達成率に変更しています。また2018年以降は、OKRを通じたチャレンジの度合いを評価する方法に変えています。
株式会社kubellの人事評価制度は、ミッション・ビジョンの実現に向けたバリューとの連動性も高いシステムです。そのなかで、「会社のコアバリューを実現できているか?」というバリュー評価を行うことで、自社の方向性に対する従業員理解度を高める効果を出しています。
また、2024年2月には、人材育成や組織開発に向けたバリューのアップデートも発表しています。株式会社kubellの事例は、自社の人材育成および人事評価基準をブラッシュアップするうえで、自社のバリューそのものを変えてしまうやり方もあることを示すものといえるでしょう。
参考:楽しく創造的に活躍できる人材の創出(株式会社kubell)
人事評価の失敗を防ぎ成功するための5ポイント
人事評価制度は、自社に合うものがきちんと運用されたときに初めて高い効果を発揮するものです。一方で、人事評価制度が以下の5つに該当する場合、多くの工数をかけて作成した制度が形骸化したり、自社の課題解決に役立たなかったりする可能性もあります。
ここでは、以下5つの詳細を見ていきましょう。
- 「評価すること」が目的になってしまっている
- 管理職の理解・協力が得られていない
- 他社の成功事例を真似ただけの制度である
- ランクや報酬と連動していない
- 人材育成の仕組みがない
「評価すること」が目的になってしまっている
人事評価制度における本来の目的は、自社が抱える人材面の課題を解決し業績アップにつなげることです。そこで「従業員の評価」をゴールにしてしまうと、自社が抱える以下のような課題の解決ができなくなってしまいます。
- ハイパフォーマーや次世代リーダーなどが育たない
- 優秀な人材が定着しない
- 適材適所の人材配置ができていない
- 生産性が上がらない など
人事評価制度の運用では「評価」ももちろん必要です。ただし、目指すべきところはその先にある「自社の課題解決」であることを意識した設計・運用が必要でしょう。
管理職の理解・協力が得られていない
人事評価制度を通じて自社の課題を解決するためには、評価者の管理職に新制度の目的や各評価基準が選ばれた意味などを理解してもらう必要があります。また、仮にこれまでの人事評価制度の目的が「評価」だった場合、新しい制度ではその先の課題解決や人材育成につなげる必要があることに理解・共感してもらう必要があるでしょう。
なお、効果性の高い評価制度で適切な評価を行ううえでは、評価者である上司のスキルや行動などに評価基準をクリアしている状態も求められます。
他社の成功事例を真似ただけの制度である
成功事例に並ぶ企業の人事評価制度は、各社の課題解決や組織の成長を促進する目的で構築されたものです。それらを平易な言葉でたとえると、「自社に合うオーダーメイドの制度だから成功した」ともいえるでしょう。
一方で、これから制度を構築する会社が成功事例を真似た場合、自社の事業・組織形態・課題とマッチしないことで、最悪は逆効果になるかもしれません。
効果性の高い人事評価制度の作成・導入するためには、自社の課題・文化・経営戦略などに合わせることが大切になります。大企業などの成功事例を「正解」と捉えず、自社にとっての「ベター・ベスト」を模索することが重要でしょう。
等級や報酬と連動していない
人事評価が等級・報酬の制度と連動していない場合、従業員に以下のような違和感や不満が生じやすくなります。
- すごく高い評価をもらっているのに、等級と給料がなぜか上がらない
- 自分よりも評価が低いAくんのほうが、なぜか高い給料をもらっている
従業員に高いモチベーションで仕事に取り組んでもらううえでは、評価に応じた報酬やランクを与えることが大切です。そのためには、評価・等級・報酬の3制度をうまく連携・連動させ、その中身をオープンにすることが必要でしょう。
人材育成の仕組みがない
たとえば、企業が次世代リーダー候補を育成をすると仮定します。この場合、人事評価で見つかった「良いところ」を伸ばし、次世代リーダーになるために「足りないところ」を改善する仕組みが必要です。
特にリーダー候補の場合、管理職になるまでにヒューマンスキルを高める必要があります。このスキルは、本人の独学や一朝一夕で容易く身につくものではありません。
自社の経営戦略を実現するうえで必要な人物像を明確化したあとは、その資質を評価する人事評価制度とあわせて、適切な指導やサポートを行う育成システムの整備も必要となります。社内で育成体制の整備が難しい場合は、いわゆる外部研修を検討してみるのも一つでしょう。
人事評価制度の事例について解説しました
自社に合う効果的な人事評価制度は、人材教育や採用の課題を解決するうえでも非常に役立つものとなります。また、経営陣が大事にする価値観と評価制度を連動させることで、多くの社員が同じベクトルで仕事に取り組む組織も作りやすくなるでしょう。
ただし人事評価制度には、自社の課題や経営戦略とマッチしない場合に、逆効果になってしまう「諸刃の剣」に似た特徴もあります。社内に好循環をもたらす人事評価制度を構築する際には、自社が抱える課題の洗い出しから丁寧に作業を進めてみてください。