ROICとは
ROICとは、Return on Invested Capital (=投下資本利益率)の頭文字を取った略称です。企業が投下した資本に対して、どれだけ効率的に利益を生み出しているかを示します。ROICを算出することで、その企業の現在の収益性を判断することができます。
ROICの計算式は、以下の通りです。
- ROIC(投下資本利益率)=(営業利益×(1-実効税率))÷(株主資本+有利子負債)または
- ROIC(投下資本利益率)= 税引後営業利益(NOPAT)÷ 投下資本
図で表すと以下のようになります。
ROICの目安
業界や業種によって違いがありますが、ROICの一般的な目安は7%以上です。ROICの数値が高いことは、投下資本に対して効率よく多くの利益を生み出せていることを表します。つまりROICが7%を超え高くなるほど、投下資本に対する利益率が高く、逆に低ければ利益率が低く赤字に近いと言えます。
事業ごとにROICを算出することもできるため、企業の特定事業のコストパフォーマンスを測ることも可能です。ROICが低い事業は持続していくリスクが発生していると判断でき、撤退や縮小を含めた対応が必要となります。
ROICとROE・ROAの違い
ROICと同様に企業の利益率を表す指標として、ROEとROAがあります。
それぞれの概要と、ROICとの違いは以下の通りです。
ROE(自己資本利益率)
計算式:当期純利益÷自己資本×100
ROEは企業の株主資本に対する当期純利益の割合です。投資家から投資された資本に対して、企業がどの程度の利益を上げているかを表します。ROEが高ければ、投資された資本を効率的に利益につなげていると言えます。このため、ROEの高い企業は投資家にとって魅力的な企業です。
ROEは株主資本に対する収益性の指標であるのに対し、ROICはすべての投下資本に対する指標となっています。投下資本には、株主資本に加えて借り入れた有利子負債による資金も含まれています。
ROA(純資産利益率)
計算式:当期純利益÷総資産(自己資本+他人資本)×100
ROAは企業の総資産に対する当期純利益の割合です。企業が保有する総資産が利益のためにどの程度効率的に利用されているかを表します。総資産には、現金の他に預金、売掛金、土地、建物、備品、ソフトウェアなどあらゆる資産が含まれます。
ROAが企業の総資産運用効率の評価であるのに対して、ROICは投下した資本に対する収益性の評価です。資産全体ではなく、企業で投下した負債を含む資本を算出に利用しています。
ROICとWACC
WACCはWeighted Average Cost of Capitalの頭文字を取った略称です。日本語では「加重平均資本コスト」と訳され、企業全体の資本コストを算出する際に用いられます。複数の資金調達手段を持つ企業の、借入コストと株式調達コストを加重平均して値を求めます。
実際の計算式は、以下の通りです。
計算式:WACC=株主資本コスト×株主資本/(株主資本+負債)+負債コスト×(1-実効税率)×負債/(株主資本+負債)
ROICの値がこのWACCを上回っていれば、資本コストを超える収益を上げているということになります。資本コストに対しての収益性を確認することができるため、ROICと非常に相性の良い指標です。
ROICが注目されている理由
近年経営指標としてROICが注目され、利用する企業が増えています。
注目されている主な理由を4つ紹介します。
「伊藤レポート」の示すROEの値
かつては損益計算書を重視して経営方針を決めている企業が多くありました。しかし2014年に発表された「伊藤レポート」では、投資家の求める内容として以下の内容が記載されました。
ROE 極大化を目指すかどうかは議論が分かれるが、最低限資本コストを超えるROE を目標にすべきとの考えは共通している。
その目安として、8〜10%、グローバル企業は世界の投資家を引きつけるために欧米並(15%レベル)を目指してほしいとの指摘があった。
引用元:経済産業省ホームページ 「「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(伊藤レポート) 」
これにより、多くの企業にとってROE改善が課題として認識されるようになりました。ROEを改善したい多くの企業にとって、事業ごとに収益性を確認できるROICは有効と判断されたのでしょう。ROE最低8%を上回るため、伊藤レポート以降にROICを採用する企業が増えました。
投資家が利益率を求めるようになった
投資家が以前に比べて、企業の利益率を重視するようになったことも、ROICが注目されている理由の一つです。前項の伊藤レポートにあるように、投資家は一定のROEを企業に求めています。その流れの中で、より正確な収益性の判断材料となるROICは、投資家にとって優先度の高い指標となりました。このような収益性を求める投資家の動きに合わせて、企業でもROICが注目されています。
企業のグローバル化による変化
企業の多国籍化が進む中で、経営者には「事業単位の資本効率」を評価する必要が生じました。グローバルに展開した現在の企業では、事業をそれぞれに評価して適切なリソースを分配する必要があります。その中で、各事業を分けて評価を算出できるROICは指標として効果的です。
PBRへの関心の高まり
2023年に東京証券取引所から「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を通じて」と題した通知が発表されました。この通知は題名の通り、資本コストや収益性を意識した経営を実現することが、1つの目標です。
その中でも、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割っている企業については、収益性・成長性が評価されないと示されました。これは事実上、基準を満たしていない企業に対するPBRの改善要請です。これにより企業のPBRへの関心が高まり、資本コストを意識したROICに注目が集まりました。同通知の中では分析のための指標として、PBRとROICがそれぞれ紹介されています。
ROICのメリット
現状の経営を評価する方法として、ROICの他にもいくつかの選択肢があります。先述したROEやROAもその一例です。しかし、それでもROICが採用される要因にはいくつかのメリットがあります。ROICを採用する主なメリットは、以下の3つです。
ROE・ROAに無い正確さがある
ROE・ROAには、それぞれ指標とする上で以下のような問題点があります。
- ROE:算出に自己資本を用いるため、自社株買いなどで自己資本を調整すれば、数値の操作ができる
- ROA:当期純利益、総資産に本業以外の利益や資産が含まれる場合がある。また、買掛金の支払いを伸ばして数値の操作ができる
数値を操作出来てしまったり、事業の実態と異なる要素が含まれていたりすれば、最適な指標とは言えません。
一方でROICは、算出の分母となる投下資本に他者資本(有利子負債)が含まれます。これにより数値の変動はROEに比べて少なく、利益も税引後営業利益のみになるので、正確に事業の評価が可能です。企業や事業の資本運用を詳細に把握し、評価するために適切な指標と言えます。
部門・事業ごとに評価できる
ROICのメリットのひとつは、部門・事業ごとの評価が可能な点です。ROE・ROAでは、会社単位を対象としており、部門や事業を切り取っての評価はできませんでした。
例えば営業部門、研究開発部門、製造部門などの複数の部門があったとします。単純に売上や投資額では、統一した指標で評価しているわけではないため、部門同士の正確な比較にはなりません。ROICを用いれば、それぞれの部門の投資に対する利益率を算出することで、統一的な情報で比較が可能です。
これにより、経営者は各部門への投資規模や、力を入れる事業を判断し、最適に資本を配分できるでしょう。
資金調達の幅を広げられる
ROICが示す数値は、企業が投資した資本をどの程度効率的に運用しているかを表しています。そのため、ROICを採用することで、資金を調達する際の債権者への説明がわかりやすくなります。ROICが高いということは、それだけ資本を有効活用して大きな利益を生んでいる証明です。経済産業省などで公表される報告書などでも、客観的な指標として用いられています。
調達した資金が効率的に運用されていると示せれば、投資家や金融機関からの信用が得られやすくなります。ROICの値が高いこと自体が注目される要因ともなるため、投資を受けやすくなる点も大きなメリットです。
ROICの注意点
ROICを経営の指標として取り入れる際には、いくつかの注意点があります。デメリットというよりも、採用する場合にあらかじめ意識しておかねばならない性質といえる内容です。
ROICを採用する上での注意点は、主に以下の2つです。
計算や評価方法が複雑
ROICは、計算式や評価方法が複雑です。前述した計算式だけ見れば、貸借対照表や損益計算書から、該当部分だけ抽出すれば良いように感じます。しかし、実際にはそこに関わる要素は多く、正確に計算するには専門的な知識が必要です。企業の収益性や業態によっても、計上する数字の判断は変わります。それらを認識したうえで正確な数値を算出できなければ、実態に合った指標とはいえず、メリットを得られません。
ROICの導入にあたっては、指標の意味や計算式を正確に理解できる人材の確保が必要です。特定の部署への研修など、学習機会を設けて対応しましょう。
常に有効な指数ではない
ROICの数値は、一部の業種やタイミング次第で指標として参考にならない点に注意が必要です。例えばサービス業は投下資本をあまり用いないため、ROICを使っても正確な評価はできません。また起業して間もない段階は投資額が大きく、必然的にROICが下がります。このようなROICを用いるのに適さない業種や、タイミングにROICを採用するメリットはありません。こういった場合は別の指標を用いて、企業に適した評価を行いましょう。
仮に適した業種であるならば、ROICを用いるのは企業の成長期中頃〜安定期までを目安にすると有効です。
ROICの数値を上げるには?
ROICの数値を上げていくための4つのポイントを紹介します。
メリットや注意点を踏まえて、ポイントを意識して取り組みましょう。
長期的な視点で評価する
ROICの算出基準となっている投資額は、年によって変化する数字です。また、その投資が結果として利益を生むまでには時間がかかる場合もあります。1年など短期的に評価するだけでは、正確なROICの値を得られません。より正確で実態に合った数値を得るために、長期的な視点を持ってROICを評価しましょう。
部門や事業ごとのROICを算出する
企業全体のROICの数値を上げるには、部門や事業のROICを算出することも重要になります。各部門や事業が、投資に対して効率的に利益を生んでいるか把握することで、リソース配分が最適化できます。最適な投資配分で運用を進めていければ、最終的に高いROICの数値を出すことが可能でしょう。
他の指標を併用する
ROICの数値を上げるために、他の指標も併用しましょう。注意点として前述したように、ROICが常に有効な指数とは限らないからです。ROE・ROAを含めた他の指標を用いることで、ROICでは見えなかった課題に気づくこともあるかもしれません。複数の指標を使い分けることで、企業の現状を多角的に評価し、分析できます。数年単位の経営方針を定める上で、より正確な現状把握が高い収益性に繋がります。
ROIC逆ツリー展開を活用する
ROICを理解しようとしても各部門担当者からすれば、現場の業務と関連付けをしづらいという問題があります。そこでオムロン株式会社が編み出した手法が、ROIC逆ツリー展開です。ROICを細分化し、各部門のKPIまで落とし込むことで、現場レベルでのROIC向上を可能にしています。
KPIは目標達成度の指標で、重要業績評価指標と訳されます。ROICを向上させる目標を、部門や事業ごとの目標まで落とし込むことで、担当者が理解しやすい規模とすることが可能です。この段階まで細分化できれば、現場と経営陣の目標が共有できることで、ROIC向上が目指しやすくなるでしょう。
ROICについて解説しました
ROICは企業の投下資本に対して、どれだけ効率的に利益を生み出しているかを示す指標です。投資家の判断基準や企業の数年単位の評価基準として、広く採用されるようになってきています。
この記事ではROICの概要や目安、注目されている背景、メリット、注意点、数値を上げるポイントについて解説してきました。これから「企業の評価指標にROICを採用したい」と考える企業は、解説内容を確認し、ROICの導入を検討してみてください。