譲渡制限付株式報酬とは
譲渡制限付株式報酬とは、従業員および役員に対し、譲渡制限を課した株式を報酬として交付する制度です。英語ではRestricted Stock(RS)という制度名で知られています。一般公開されている株式を有する株主は、自由なタイミングでの売買が認められているのが基本です。一方この制度に基づき交付された株式については、売買を含む自由な譲渡が認められていません。
譲渡制限付株式を報酬として交付された従業員や役員は、条件を満たすことではじめて売買が行えるようになります。同制度で課される条件は、一定期間の勤務によって会社の事業成長に対し積極的なコミットを求めるものです。譲渡制限が解除された株式の売却によって、株式保有者は売却益を得ることができます。逆に条件を達成できなかった場合、交付された株式は会社に没収され、利益はゼロになってしまうという制度です。
譲渡制限付株式報酬を導入する目的
譲渡制限付株式報酬は、近年注目の集まっている制度です。2022年には、同制度を採用している企業が10年間で3倍にまで膨らんだという調査結果も登場しました。導入効果への期待と実績の積み重ねによって、今後も増えていくと予想されます。
譲渡制限付株式報酬を企業が導入するのは、従業員や役員のモチベーションを高め、中長期的な成功を収めるためです。従来の賞与制度や年棒制度は、モチベーションの維持や向上において有効とされてきました。しかしこれらの制度は、短期での結果を目指す上でしか機能せず、インセンティブとして不十分という指摘があります。
モチベーションを長期に渡り保つのが難しい問題に対処するため、注目されるのが譲渡制限付株式報酬です。最大の特徴は、会社の業績に比例して将来売却益を得られる株式価格が上昇し、モチベーションを刺激できる点です。会社の成長が直接将来の報酬に繋がっているという感覚が、従業員の就業意欲を高めます。
譲渡制限付株式報酬制度の導入は、従来の現金支給や賞与に対して上乗せする形で支払われます。同制度は、概ね3〜5年程度で譲渡制限が解除されるという条件を設けるのが一般的です。数年単位でのパフォーマンス向上を促進したい企業にとって、魅力的な制度と言えるでしょう。
参考:従業員に株式報酬導入、10年で3倍 株主目線でやる気増
譲渡制限付株式報酬とストックオプションの違い
譲渡制限付株式報酬と似たような制度として、ストックオプションがあります。ストックオプションもまた、株式報酬制度の一つとして知られており、特定の金額で会社の株を購入する権利を与え、従業員のモチベーション向上に寄与します。
ここで与えられる購入権利とは、新株予約権のことです。株式が市場で公開される前に、安値で購入できる権利を与えます。将来市場に公開され高値をつけたタイミングで、安価に取得した株式を売却し、利益を得られる仕組みです。
ストックオプションが譲渡制限付株式報酬と異なるのは、現金支給される給与と引き換えに新株予約権を与える点です。譲渡制限付株式報酬の場合、現金支給とは別に制限付株式を与える形で交付されます。現金支給に上乗せされる、ボーナスのようなインセンティブというわけです。
そのためストックオプションは、支給する現金を減らし短期的に人件費を削減したい場合などに役立つ制度と言えます。またこの制度は、従業員や役員のみならず、業務委託先の外部人材に適用できる点も特徴です。これらの理由から、ストックオプションは主に資金力が心もとないスタートアップなどで人気の高い制度です。
その他の株式報酬制度との違い
譲渡制限付株式報酬やストックオプションの他にも、株式報酬制度にはいくつかの種類があります。ここで主な報酬制度について、簡単に確認しておきましょう。
株式報酬制度は、大きく分けて事前交付型と事後交付型の2種類に分かれます。前者はあらかじめ株式を従業員や役員に交付するもの、後者は株式を特定の条件に応じて交付・報酬の支払いを行う制度です。以下では、これら2つの制度に基づいて株式報酬制度を整理しました。
事前交付型
- 業績連動型株式(PS):業績目標の達成によって譲渡制限が解除される株式
- 譲渡制限付株式(RS):勤務期間の条件を達成することで譲渡制限が解除される株式
- ストックオプション(SO):市場公開前、安価に株式を購入できる権利を提供する制度
事後交付型
- 業績連動型株式ユニット(PSU):ポイントを事前に交付し、達成目標に応じて株式や現金が付与される仕組み
- 譲渡制限付株式ユニット(RSU):ポイントを事前に交付し、勤務期間の条件を達成することでポイントに応じた株式の交付が行われる仕組み
- ストック・アプリシエーション・ライト(SAR):事前に定めていた株価を上回った場合、その差額を受け取ることができる仕組み
- 株式交付信託:従業員や役員に株式を交付する仕組み。業績や社内規定に応じて自社株を付与する
- ファントムストック:株式を与えて一定期間が経った後、株価と同額の売却金額を現金で受け取る仕組み
今回紹介している譲渡制限付株式報酬は、事前交付型の制度に含まれます。会社の業績や役員・従業員のニーズに応じて、最適な報酬制度の採用が重要です。
譲渡制限付株式報酬制度の導入メリット
譲渡制限付株式報酬は、従業員のモチベーション向上において効果的という点はすでにご紹介した通りです。それ以外にも、同制度を導入することにより企業は以下の3つのメリットを期待できます。
1.現金を用意する必要がない
譲渡制限付株式報酬は、導入や交付に際して元手となる現金の用意が不要というメリットがあります。数年後、組織が成長した際や株式の売却手続きが発生した場合に現金を用意できていれば良いためです。人手確保のための現金が乏しいが、IPOを目指しているような企業にとって、魅力的な制度と言えるでしょう。
ただ、現金が全くのゼロの状態で同制度を導入することは、おすすめできません。後ほど詳しく解説しますが、譲渡制限付株式報酬は課税対象であり、納税の際に現金を必要とするためです。
それでも短期でのキャッシュフロー悪化を回避できるメリットは大きく、導入を積極的に検討したい制度であることには変わりません。
2.人材の流出を回避できる
譲渡制限付株式報酬は、人材流出の回避という観点からも注目されている制度です。単純に現金支給額を増やすといったインセンティブの作り方は、人材確保の入り口としては魅力的である一方、長期にわたって就業する動機づけとしては不十分な側面があります。
譲渡制限付株式報酬は、このような問題を解決できます。同制度は一定期間、少なくとも数年にわたって勤務することを条件に、株式を交付するものです。そのため企業は数年間、離職者に悩まされることなく、中期目標を達成しやすくなります。
3.コーポレートガバナンスを強化できる
コーポレートガバナンスの強化という観点からも、譲渡制限付株式報酬は重要な役割を果たします。従業員や役員は同制度によって株式が交付されることで、株主との利害が一致し、業績向上に集中できるからです。
意思決定が株主と役員の間で二分され、組織としてのまとまりが失われ事業に損失を招くようなリスクを、あらかじめ回避できるでしょう。
譲渡制限付株式報酬を導入するデメリット
譲渡制限付株式報酬の導入は魅力的なメリットが目を惹きますが、一方で注意すべきポイントもあります。
1.設立後の導入は負担が大きい
譲渡制限付株式報酬の導入は、可能であれば会社設立のタイミング、具体的には定款作成の段階で実現できるのが理想です。
というのも、同制度を会社設立後に採用する場合、株主総会による特別決議のような手続きが発生するなど、手間がかかるからです。一方で会社設立の段階なら、定款に譲渡制限付株式についてその旨を記載するだけで、手続きは終わります。
2.会社乗っ取りのリスクを抱える
譲渡制限付株式報酬を導入すると、会社が従業員や役員によって乗っ取られるリスクが出てきます。譲渡制限付株式が交付された従業員の大多数が会社の意向に相違が現れた場合、会社乗っ取りに発展するかもしれません。
よく懸念されるのが、株式買取請求権の交渉が失敗に終わった場合です。決められた株式の買取代金を準備できないと、他の株主の介入に発展することがあります。会社は株主の買取請求に応じなかったとして、他の投資家に株式が集中し、乗っ取りに発展するケースです。
譲渡制限付株式報酬の導入は、従業員や役員に株式を交付し、相対的に経営層の持ち株比率が小さくなりやすい制度です。株式の保有構成が流動的になるのを避けたい場合、不向きである側面を有します。
3.業績アップに直結しない可能性がある
譲渡制限付株式報酬は、一定期間の勤務を条件として株式を交付する制度です。上で紹介した業績連動型株式報酬とは異なり、会社の業績目標達成と連動していないからです。そのため、交付を受けた従業員や役員は企業の業績が悪くともキャピタルゲインを得ることができます。
制度をうまく活用し、従業員のモチベーションを上手に業績アップへと誘導する取り組みも必要になるでしょう。
譲渡制限付株式報酬の導入の進め方
譲渡制限付株式報酬の導入を考えている場合、事前に検討すべきは以下の4つのステップです。それぞれの過程でどんな手続きが必要なのか、あらかじめ確認しておきましょう。
1.金銭報酬債権の支給
譲渡制限付株式を交付するには、まず交付する従業員や役員に対し、金銭報酬の債権を支給します。金銭報酬債権は、報酬として支給するための債権で、この対価として会社は譲渡制限付株式を交付するという仕組みです。
2.現物出資による払込
金銭報酬債権の支給を受けた従業員や役員は、現物出資としてこれを会社に払い込みます。現物出資とは、金銭以外の財産によって会社に出資を行うものです。
譲渡制限付株式報酬制度においては、事前に受け取っていた金銭報酬債権が用いられています。またこの時点では、まだ会社と従業員・役員の間で金銭のやり取りは発生しません。
3.譲渡制限の設定と株式の交付
払込を受けた会社は、事前の取り決めに基づき従業員および役員に対し株式の交付を行います。これらの株式には譲渡制限が設けられており、株式を受け取ってすぐ売却することはできません。
譲渡制限が解除されるまで、交付を受けた従業員や役員は、条件に基づきそれぞれの役割を遂行します。
4.譲渡制限の解除・没収
株式が交付された従業員や役員が譲渡制限の解除条件を満たした場合、直ちに制限を解除し、いつでも売却が行えるようにします。譲渡制限が解除された株式は、すぐさま売却しても良いですし、そのまま保有しておくのでもかまいません。
また、退職などの理由で譲渡制限解除の条件を満たせなかった株式については、交付した会社によって没収となります。株式の没収は無償で行われ、それまで保有していた従業員や役員に対しての売却報酬は発生しません。
譲渡制限付株式報酬の税務手続きのポイント
譲渡制限付株式報酬は、従業員や役員にとって魅力的なインセンティブとなります。一方で同報酬制度には、所得税と法人税の手続きも別途必要です。それぞれの税務上の手続きについて、解説します。
所得税
注意したいのは、譲渡制限が解除された段階で、その時の株価に応じた所得税が株式保有者に対し発生する点です。また、株式を売却した場合にも、別途所得税が発生します。給与所得と譲渡所得の2種類の課税手続きを、漏れなく対応することが大切です。
譲渡制限が解除された時(給与所得)
- 課税額:株価(解除時点の金額)×株数
株式を売却した時(譲渡所得)
- 課税額:(売却株価-解除時点株価)×株数
法人税
法人税の会計手続きは、
- 譲渡制限株式を付与した時
- 譲渡制限株式の制限を解除した時
の2回が求められます。前者における会計処理は、
- 借方:前払い費用等
- 貸方:資本金あるいは自己株式
という形式で計上します。後者の場合、
- 借方:株式報酬費用
- 貸方:前払い費用等
として計上します。解除に至るまで複数年の年度をまたぐ場合、年度ごとに交付した人物の役務に応じた報酬を見積もった上で、毎年度取り崩していく形で扱うと良いでしょう。
まとめ:譲渡制限付株式報酬制度を活かしたインセンティブの創出を
この記事では、譲渡制限付株式報酬制度の概要や、制度導入によるメリットなどについて解説しました。株式報酬制度にはいくつかの種類がありますが、同制度は離職を回避するためのインセンティブとして機能します。慢性的な人材不足を解消する上で有効であり、現金が手元にない場合でも導入できることから、スタートアップ企業などで採用されている制度です。
また譲渡制限付株式報酬制度はその仕組み上、業績との紐付けが弱いなどのデメリットもあります。従業員や役員の生産性を高めるためには、その他の制度設計ともうまく組み合わせ、パフォーマンスを高める工夫が大切です。