スタートアップのM&Aとは
スタートアップM&Aを成功させるためには、最初にこの概念の意味を理解することが大切です。ここでは、以下の流れでスタートアップM&Aがどういうものかを確認していきましょう。
- スタートアップとは
- M&Aとは
- スタートアップのM&Aとは
- スタートアップM&AとスタートアップIPOの違い
スタートアップとは
スタートアップは、急成長を目指し短期間で革新的な技術・サービスを生み出す創業間もない企業や、その時期を指す概念です。スタートアップと似た使われ方をする言葉に、ベンチャーがあります。ベンチャーは幅広い意味を持つ和製英語です。そのなかには、以下のような会社も含まれます。
- 設立間もない会社
- 単に社員数が少ない会社
- スモールビジネスを展開する会社
ベンチャーの会社には、上記のとおりスタートアップに不可欠な「画期的な事業」の要素が含まれないことも多いです。しかし日本国内では、ベンチャーとスタートアップを同義で扱うケースもあります。
企業によっては、スタートアップM&Aのことを「ベンチャーM&A」と呼ぶこともあるでしょう。
M&Aとは
M&Aとは、複数の会社が「Merger and Acquisition」によって単一になることを指す概念です。Merger and Acquisitionを直訳すると「合併と買収」になります。
ただし、実際に行われているスキームは、この2種類に限りません。一般的なM&Aは、以下6種類のいずれかのスキームで実行されることが多いでしょう。
- 【株式譲渡】株式売却で経営権を移転させるもの
- 【株式交換】発行済株式の全部を親会社に取得させるもの
- 【株式移転】発行済株式の全部を新設する株式会社に移転させるもの
- 【合併】2つ以上の法人格を1つに統合するもの
- 【事業譲渡】自社が手掛ける事業の一部を切り離し、譲渡させるもの
- 【会社分割】自社を複数の法人格に分割し、事業・資産を継承させるもの
スタートアップのM&Aとは
スタートアップM&Aとは、スタートアップで成長した会社をM&Aで譲渡・買収などにつなげることです。一般的なスタートアップM&Aは、スタートアップ企業のイグジット戦略(出口戦略)として用いられる傾向があります。
スタートアップの会社にこうした戦略が求められる理由は、革新的な技術・サービスの開発や販売に挑戦する場合、安定経営が可能になるとは限らないからです。
安定経営の見込みがない場合、投資家や金融機関を納得させて資金調達につなげることが難しくなります。また画期的な商品・サービスでビジネスを行う場合、多くの資金がかかる一方で、その魅力が世間でなかなか認められないかもしれません。
こうしたなかで行われるスタートアップM&Aは、事業計画内で自社の譲渡や買収といったゴール(出口)を明確にすることで、投資家や金融機関などに納得してもらいやすくする戦略の一種になります。
また近年では、以下のようにM&Aのポジティブな側面に注目するスタートアップ企業も多くなりました。
- 政府や経済産業省が推進している
- 事業のさらなる成長が期待できる
- 経営状況が思わしくなくてもチャンスがある など
ポジティブ要素の詳細は、後ほど詳しく紹介しましょう。
スタートアップM&AとスタートアップIPOの違い
スタートアップ企業の出口戦略で使われる手法に、スタートアップIPOがあります。スタートアップIPOは、自社の株式を一般販売する手法です。
スタートアップM&AとIPOの大きな違いは、経営権がどうなるかになります。
M&Aの場合、買い手となる会社が自社の株を買い取り、新しい経営者になるケースが一般的です。これに対してIPOでは、公開された株式の割合が低ければ、自社の経営権を脅かすことにはなりません。
またM&Aの場合、取引成立時点で売却額が確定します。一方でIPOでは、株価上昇によって売却益が増えることもあるでしょう。ただしIPOには、M&Aと比べて成功確率が低くコストと時間がかかりやすい特徴があります。
スタートアップ企業が自社の出口戦略を考える際には、各方法のメリット・デメリットを理解したうえで、自社に合う手法を選択してください。
スタートアップM&Aの動向と相場傾向
スタートアップ企業が自社の出口戦略を検討するうえでは、近年におけるM&AやIPOなどの動向や価格相場を知ることも大切です。最近のスタートアップM&Aには、以下の傾向があるとされています。各ポイントを見ていきましょう。
- スタートアップM&Aの大型案件が増えている
- バイアウトによる出口戦略が定着しつつある
スタートアップM&Aの大型案件が増えている
近年はスタートアップM&A自体が、増加傾向にあります。そのなかで特に増えているのが、買収額が大きいM&A案件です。たとえば、2021年に行われたPayPalからPaidyの買収案件では、3,000億円というスタートアップ界では前例のない規模の取引が行われました。
また近年の国内M&Aでは、グローバル企業の算入も目立ちはじめており、大型案件が増加傾向にあります。自社で急成長させた企業を、高い価格で譲渡しやすい時代といえるかもしれません。
バイアウトによる出口戦略が定着しつつある
スタートアップ企業が選択する出口戦略のトレンドは、IPOからM&Aなどによるバイアウトに移行しつつあります。
バイアウトとは、経営者もしくは従業員が自社を買収するものです。本来のバイアウトは、経営悪化で選択されることが多いものでした。一方で近年では、スタートアップ企業の出口戦略としての活用も増加傾向にあります。
スタートアップ企業のイグジットとして定着している手法であれば、情報収集や挑戦などもしやすいでしょう。
スタートアップM&Aが注目される理由と背景
スタートアップM&Aの注目度や取引数が増加している背景には、以下のような要因があると考えられています。
- 政府や経済産業省が推進しているから
- 大企業では革新的なイノベーションが生まれづらいから
政府や経済産業省が推進しているから
日本政府では、スタートアップ企業の継続的な成長を支援するために、M&Aの促進やグローバル展開などの促進につながる「スタートアップ5か年計画」を策定しました。
2024年6月18日に作成された資料「令和5年度産業経済研究委託事業(スタートアップの成⻑のための調査)調査報告書ースタートアップのM&A活⽤に関する調査ー」では、専門的な視点から以下のようにスタートアップM&Aを選択・実行することのポイントが以下のように解説されています。
IPO準備期間でも適切な対応を⾏うことで他社M&Aは可能
IPOとM&Aのデュアルトラック型の戦略により、複数のエグジットが選択可能となる
エグジット後も継続的に成⻑するためには、M&Aも選択肢として検討できる
⼀⽅、日本ではIPOに偏重している など
経済産業省によるこうした見解は、これからスタートアップM&Aを行う企業にとって大きな安心材料になるでしょう。
参考:スタートアップの成長に向けた調査報告書を公表しました! (M&A・グローバル展開)(経済産業省)
大企業では革新的なイノベーションが生まれづらいから
スタートアップM&Aへの注目は、大企業を中心に高まっているものです。その理由としてあげられるのが、大企業には革新的なイノベーションが生まれづらい風土や環境面の問題があることになります。
公益財団法人 日本生産性本部の報告では、日本企業はイノベーションのリスクを取ることに消極的であり、特に大企業では破壊的イノベーションを起こす力が高まっているとは言い難いという見解が掲載されました。
その要因として考えられるのが、大企業にありがちな以下の問題です。
- 手続きや会議などが多く意思決定が遅いこと
- 失敗が許容されない人事評価制度と企業風土
参考:イノベーションを起こす大企業実現に向けて 中間報告(公益財団法人 日本生産性本部イノベーション会議)
上記のような問題を抱えた大企業がイノベーションを起こすことは、非常に難しい実情があります。
仮に他社で革新的なイノベーションを生み出した実績のある人材を獲得しても、人事評価や企業風土が現状のままでは、その従業員の能力を最大限に活かすことは難しいでしょう。
こうしたなかで大企業の多くは、新技術で競合優位性を高めたり多様化するニーズに応えたりする効率的な方法として、M&Aでスタートアップ企業を取り込む方法に注目するようになりました。
また、近年のビジネス環境に起きている各種コストの高騰や採用難などの課題も、大企業がスタートアップM&Aに注目する一つの要因になっているでしょう。
スタートアップM&Aを行う【売り手のメリット】
スタートアップ企業がM&Aに挑戦する際には、自社の目的とこの手法の効果・メリットが合っているかどうかの確認が必要です。ここでは、スタートアップM&Aにおける一般的な効果とメリットを紹介しましょう。
- 短期間で達成できる可能性が高い
- 事業のさらなる成長が期待できる
- 経営状況が思わしくなくてもチャンスがある
短期間で達成できる可能性が高い
スタートアップM&Aには、IPOと比べて短期間で取引達成しやすい特徴があります。
その理由は、IPOの場合、上場までに利益額や純資産額といったさまざまな要件をクリアする必要があるからです。これに対してM&Aでは、買い手企業を見つけて条件に合意さえすれば、着手から1ヵ月ほどで成立することもあります。
事業のさらなる成長が期待できる
たとえ創業したばかりで資本金が少なく事業展開が難しい状況でも、M&Aをすることで買い手企業の販路・販売ノウハウ・資金などが活用できると、大事に育ててきた事業をさらに成長させることも可能になるでしょう。
また交渉次第では、スタートアップ企業の経営者・開発者が責任者としてプロジェクトに残り、自分たちが立ち上げた事業に携わり続けられるケースもあります。
現状の財務状況が思わしくなくてもチャンスはある
スタートアップM&Aの場合、現状の財務状況が思わしくなくても、技術やサービスの革新性や事業のポテンシャルの高さなどが買い手企業の目に留まり、M&Aが実現するケースも多いです。
IPOの場合、日本取引所グループが設定した「形式要件」と「実質基準」の両方をクリアして初めて上場できる形です。形式要件が比較的緩和されてるグロース市場でも、以下のような数字のクリアが求められている。
- 【株主数(上場時見込み)】150人以上
- 【公募の実施】500単位以上の新規上場申請に係る株券等の公募を行うこと(上場日における時価総額が250億円以上となる見込みのある場合等を除く)
- 【事業継続年数】1か年以前から株式会社として継続的に事業活動をしていること
- 【単元株式数 】単元株式数が、100株となる見込みのあること など
引用:上場審査基準概要(グロース市場)(日本取引所グループ)
これに対してM&Aの場合は、潜在的な財務リスクを特定するために調査・分析となる財務(ファイナンシャル)デューデリジェンスを行うことになり、以下のような内容から財務的な健全性を見ていくイメージです。
- 実態純資産
- キャッシュフローの状況
- 簿外債務の有無
- 正常収益力
- 内部統制の状況 など
また、M&Aのデューデリジェンスには、ビジネス・財務・法務・人事などの種類もあります。これらの調査・分析を経て「今後の成長で財務の問題は改善できそうだ」などと判断された場合、赤字の状況でM&A成功につながる可能性もあるでしょう。
スタートアップM&Aを行う【買い手のメリット】
続いて、買い手側から見たスタートアップM&Aの効果・メリットを見ていきましょう。
- シナジー効果が期待できる
- 新たな分野に参入できる
- 革新的なアイデアや技術を獲得できる
シナジー効果が期待できる
シナジー効果とは、M&Aで2つの企業や事業が統合することで生まれる相乗効果のことです。
たとえば、A社の売上が5,000万円、B社の売上が1,000万円だった場合に、M&Aによって「5,000万円+1,000万円」以上の収益をあげる効果が得られると、それは売上のシナジーが生まれていることになるでしょう。
また、売上増加やコスト削減につながる以下のような要素も、シナジー効果につながるものとなります。
- ターゲット層の拡大
- 取り扱い商品やサービスの拡大
- ブランド力の向上
- クロスセルやアップセル
- 生産・物流ラインの最適化
- 製造ラインや技術の共有による業務効率化 など
新たな分野に参入できる
たとえば、医療関連の企業が近年のトレンドであるAIサービスに関心を持った場合、新たな事業を始めるまでに、以下の準備が必要となります。
- AIサービス部門の創設
- AIエンジニアの採用
- 開発場所と運用環境の整備……など
それはつまり、事業に着手するまでに多くの手間・コスト・時間がかかることを意味するでしょう。
そこで、AI関連で高い技術力を持つスタートアップ企業とM&Aを行うと、多くの手間をかけずに新たな分野への参入が可能となります。
革新的かつ斬新なアイデアや技術を獲得できる
公益財団法人 日本生産性本部の調査結果で少し触れたとおり、リスクを取ることに消極的な経営や企業風土である場合、革新的で斬新なアイデアやイノベーションは生まれにくいものです。
こうした会社がイノベーションが生まれづらい状況から脱却するためには、革新的なアイデアが滾々と湧き出るスタートアップ企業を買収するのも一つでしょう。スタートアップM&Aで得た斬新な技術や考え、イノベーションなどは、買い手企業の従業員に多くの刺激をもたらすことにもなるはずです。
参考:イノベーションを起こす大企業実現に向けて 中間報告(公益財団法人 日本生産性本部イノベーション会議)
スタートアップM&Aを行う【売り手の注意点とデメリット】
スタートアップM&Aは、場合によっては失敗やデメリットが生じることがあります。ここでは、売り手側の注意点やデメリットを見ていきましょう。
- 納得の価格で売却できないことがある
- 人材流出や顧客離れのリスクがある
- 経営権の譲渡が求められる
納得の価格で売却できないことがある
スタートアップM&Aの価格は、売り手と買い手の合意で決まるものです。仮に事業のポテンシャルが高いものの現段階では赤字の状況である場合、買取価格が大幅に下げられる可能性も考えられるでしょう。
人材流出や顧客離れのリスクがある
売却事業は、買い手企業の環境や風土のなかで運営されていくことになります。
仮に買い手企業の企業文化や風土が売り手と合わないものだった場合、これまで自社の事業に愛着を持って取り組んでいてくれた人材のモチベーション低下や離職が進むかもしれません。
この傾向は商品やサービスの顧客にもいえることです。売却されることで企業の経営理念に変化がある場合、新しい経営理念に共感を覚えなくなる長年のファンが離れる可能性もあるでしょう。
経営権の譲渡が求められる
スタートアップM&Aを行った場合、原則は買い手企業に経営権を譲渡することになります。その場合、先述のような問題が起きたときに「これでは優秀な人材が離れてしまう」や「顧客離れが進んでしまう」などの意見も言えなくなるかもしれません。
一定の株を保有すれば代表取締役として会社に残れることもありますが、それも買い手企業との交渉次第でしょう。
なおスタートアップM&Aである事業を売却した場合、数年間は同業界での起業は禁止されるケースが多いです。イグジット後も同じ分野で活躍したい場合は、M&Aが不向きになる可能性が高いでしょう。
スタートアップM&Aを行う【買い手の注意点とデメリット】
スタートアップM&Aは、買い手企業にも失敗やデメリットをもたらすことがあります。注意すべきポイントを見ていきましょう。
- シナジー効果が得られない可能性がある
- 偶発債務や簿外債務などを継承するリスクがある
- 企業統合に多くの時間がかかる
- 優秀な人材が定着するとは限らない
シナジー効果が得られない可能性がある
スタートアップ企業の事業やサービスは、買い手企業に必ず利益をもたらすとは限りません。現状で赤字を抱えた事業を買収した場合、多くの収益をあげられるように販路拡大やマーケティング戦略などの取り組みを行う必要があるでしょう。
収益化までに多くのコストがかかった場合、シナジー効果といえるほどのメリットは得られないかもしれません。
偶発債務や簿外債務などを継承するリスクがある
簿外債務とは、財務諸表に計上されない債務のことです。偶発債務は、現時点では未確定であるものの、特定の条件を満たしたときに会社が負担する債務のことになります。
スタートアップ企業が子会社が抱える債務の保証人になった場合、この債務が不履行になったときに、債務の肩代わりが発生するなどのイメージです。スタートアップなどの中小企業では、税務会計を用いる特徴から簿外債務が存在しやすくなっています。
こうしたなかで債務などを継承してしまう問題を防ぐためには、事前のデューデリジェンスでリスク項目の洗い出しが必要になるでしょう。
企業統合に多くの時間がかかる
スタートアップM&Aでは、双方が合意さえすれば短期間で買収の話が進むことが多いです。ただし統合した会社や事業には、そこで働いてきた売り手側の従業員が在籍しています。
仮に、買い手企業が自社の価値観や行動指針を重視する取り組みや人事評価を行っていた場合、売り手企業で働いていた従業員の意識や行動を変えるまでには、多くの手間や時間がかかる可能性があるでしょう。
優秀な人材が定着するとは限らない
売り手企業で活躍していた人材は、その風土や評価システムのなかだからこそ高い能力を発揮できていた可能性もあります。その人材が働く環境がスタートアップM&Aによって大きく変わった場合、大事にすべき価値観や行動指針が大きく変わることで、仕事がやりづらくなるかもしれません。
また売り手企業への従業員エンゲージメントが非常に高く「この社長とずっと一緒に働きたい」や「このメンバーとならイノベーションをどんどん生み出せそうだ」などと感じていた場合、買い手企業に馴染むことが難しくなりやすいでしょう。
以下の記事は人事評価制度の成功事例について紹介しています。人材の定着にも役立つ内容なので、ぜひ確認してみてください。
<関連記事>【2025年最新版】人事評価制度の成功事例集|評価手法の最新トレンドや期待できる効果も解説
スタートアップ企業がM&Aを成功させるコツ
スタートアップM&Aで先述のデメリットを生じさせないためには、いくつかのコツを実践することが大切です。ここでは、スタートアップM&AMの成功につながる4つのポイントを紹介しましょう。
- 最適なタイミングを見極める
- シナジー効果によるWin-Winを目指す
- 相性が良い企業と取引をする
- 従業員のケアやフォローを大切にする
最適なタイミングを見極める
最適なタイミングの見極めは、スタートアップM&Aで最も大切なことです。スタートアップ期の会社や事業の場合、買い手企業に将来の飛躍を感じさせる状況が高額取引につながりやすいタイミングになります。
一方で事業が成熟した段階に入ると、「これ以上の収益アップは見込めない」などの印象から、買取価格がかなり下がってしまうかもしれません。
スタートアップ企業側の「もう少し成長してから手放したい」などの想いも理解できることではありますが、高額でのM&Aを狙うのであれば、急速な成長が続いているうちに買い手企業を探す勇気も必要でしょう。
シナジー効果によるWin-Winを目指す
スタートアップM&Aは、高額取引さえすればOKではありません。
これまで育ててきた技術・お客様・人材のためにも、M&Aも事業が成長できる状態を目指すことが大切になります。それはつまり、高いシナジー効果によって売り手と買い手の双方がWin-Winになることでもあるでしょう。
逆にいうと、どんなに好条件でも、M&A後の事業にシナジー効果による成長性が感じられないのであれば、取引をしないほうが良いかもしれません。
相性が良い企業と取引する
大企業との間でM&Aをする場合、スタートアップ企業は弱い立場になりやすいです。そこで、担当者から横柄な態度をとられたり非常識な低い価格を提示されたりした場合、「自社の技術や事業は尊重されていない」と捉えて、取引を再考したほうがよいかもしれません。
一方で適正な価格の提示や自社の要望にも耳を傾けてくれる場合、理想的なM&Aにつながりやすいでしょう。
従業員のケアやフォローを大切にする
売り手企業と買い手企業のメンバーは、これまで異なる風土や人事評価制度のなかで仕事をしてきた人たちです。M&Aによって企業統合をする場合、価値観や仕事の進め方の違いなどから双方にストレスなどが生じやすくなります。
また売り手企業の従業員のエンゲージメントが非常に高かった場合、新たなリーダーの下で仕事を進めることに抵抗などを感じることがあるかもしれません。
M&Aを行った事業をさらに成長させるためには、買い手企業のメンバーとなった従業員のケアやフォローが必要です。
M&Aの実施前には、「経営陣が今後もフォローを続けること」などの説明を行い、従業員に安心してもらうことが大切になります。M&Aの取引完了後も、以下のPMIにもとづく企業統合がどこまで適切に行われているかどうかのチェックなどを行い、必要に応じたケアが求められるでしょう。
【PMIにもとづく3段階の統合プロセス】
- 《①経営統合》経営理念、経営戦略、マネジメントフレームの統合
- 《②業務統合》人材、組織、拠点、業務、インフラの統合
- 《③意識統合》企業文化や風土の統合
スタートアップM&Aの成功事例5選
スタートアップ企業が大企業などとのM&Aを目指す場合、その流れやシナジー効果がイメージしづらいこともあるかもしれません。その場合は、近年の日本でスタートアップ企業が行ったM&Aの成功事例を参考にするのも一つです。ここでは、5つのスタートアップM&A事例を見ていきましょう。
- KDDIによるソラコム買収
- ポラリスによるBAKE買収
- mixiによるフンザ買収
- KDDIによるnanapi買収
- クック・パッドによるコーチ・ユナイテッドの買収
KDDIによるソラコム買収
KDDIによるソラコム買収は、2019年までのスタートアップM&Aで最も高いとされる200億円で株式譲渡となった取引です。ソラコムは、2017年にKDDIの傘下に入ったあとも成長を続け、2023年の10月には600万の契約回線数を突破しています。
ソラコムは、KDDI以外の企業からも出資を募っていました。その取り組みが実を結び、2024年3月に東京証券取引所グロース市場で新規上場を遂げています。
参考:東京証券取引所グロース市場への上場に関するお知らせ(株式会社ソラコム)
ポラリスによるBAKE買収
投資ファンドのポラリスによるBAKEの買収は、2019年までのスタートアップM&Aでソラコムに次ぐ譲渡価格の取引だったと言われています。
BAKEは、2013年創業の洋菓子店(ベンチャー企業)です。チーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」で有名な企業となります。
BAKEのスタートアップM&Aには、上場に向けたガバナンス体制強化の狙いがありました。ポラリス側では、役員派遣などのサポートを行うことで企業価値の向上につなげています。
参考:上場を目指して。BAKEの筆頭株主変更、社長交代についての裏側をお伝えします(株式会社BAKE)
mixiによるフンザ買収
mixiが買収したのは、国内最大級のC2Cチケット売買サイト「チケットキャンプ」を運営するフンザです。フンザはmixi傘下での成長を選択したことで、チケットキャンプの月次流通総額を買収後の1年で大きく加速させています。
なお、フンザの笹森良社長とmixiの森田仁基社長は、もともとミクシィアプリの業務を通じて知り合った間柄でした。両企業は、社長同士が久々に再会したときのコミュニケーションがきっかけでM&Aを行っています。将来的には、mixiとの連携も検討しているようです。
参考:ミクシィ、チケットフリマサービスを運営する株式会社フンザの全株式を取得(株式会社ミクシィ)
KDDIによるnanapi買収
学生時代からインターネット事業に携わっていた社長の会社をM&Aにつなげた成功事例です。株式会社nanapiの創始者である古川健介氏は、生活ハウツーサイト「nanapi」の3年後に危機感を覚えたことで、この会社の売却を検討するようになりました。
そこでスタートアップM&Aを選択した背景には、大企業のなかに入り大きな土俵で勝負することに社会的にインパクトがあると考えた理由があるようです。KDDIを選択した大きな要因は、風土が合っていたことだとしています。
クック・パッドによるコーチ・ユナイテッドの買収
日本最大レシピサイト「クック・パッド」を運営する会社が買収したのは、プライベートコーチが見つかるサイト「プライベートコーチのCyta.jp(咲いた.jp)」で知られるコーチ・ユナイテッドです。
コーチ・ユナイテッドは、当時のメインサービスであるレッスンの検索・予約にとどまらず、ハウスキーピングやベビーシッターなどのマッチングを行う「サービスEC」に発展していくなかで、クックパッドとのM&A取引を行いました。
参考:コーチ・ユナイテッド株式会社の子会社化に関する基本合意書を締結〜クックパッドの利用者の中心である既婚女性向けの生活領域で「サービスEC」を提供〜(株式会社クックパッド)
スタートアップのM&Aについて解説しました
スタートアップの事業をさらなる成長につなげるためには、大企業などとの間でM&Aを行うこともおすすめです。
スタートアップM&Aを選択した場合、技術などのポテンシャルが注目される特徴から、発展途上の事業でも取引が成功する可能性もあります。近年では日本政府もスタートアップM&Aを推進していることから、成功に向けた情報収集などもしやすくなっているでしょう。
ただしスタートアップM&Aには、契約内容や取引後の状況次第で失敗になるリスクもあります。この方法でスタートアップのエグジットを目指す際には、自社の目的とM&Aが合うかどうかの確認も必要でしょう。