なぜスタートアップ企業がマーケティング戦略を意識すべきなのか
スタートアップ企業は限られた経営資源の中で、成長を目指さなければなりません。適切なマーケティング戦略は限られたリソースを最大限に活用し、市場での企業の存在感を高めます。
まずはスタートアップこそマーケティング戦略に注力すべき理由を、国内の現在の動きから見ていきましょう。
国内スタートアップの現在
2022年、国は「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、スタートアップの成長に向けた環境整備を進めてきました。その結果2024年のスタートアップによる経済効果は、創出GDPが10.47兆円、雇用創出が52万人と試算されています。スタートアップは国内経済にとって、大きな存在感を示しつつあるのです。
その反面、日本では起業を「リスク」ととらえる人が多いと言われます。令和4年に公表された「スタートアップに関する基礎資料集」では、日本の開業率は2020年時点で5.1%と、欧米諸国と比べて低い水準にあることが報告されました。
起業のリスクとしては「事業に投下した資金を失うこと」や「借金や個人保証を抱えること」など、資金的な不安が上位となっています。実際に新規開業した企業では、資金不足が大きな課題となることが少なくありません。
一方で起業の動機としては「社会的な課題を解決したい、社会の役に立ちたい」が73.7%と最も大きな割合を占めます。
社会的課題の解決に向けた商品・サービスには、必ず需要があるはずです。潜在的なニーズに商品価値を結び付けるには、効果的なマーケティングが不可欠となります。
参考:
経済産業省「スタートアップによる経済波及効果」
内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局「スタートアップに関する基礎資料集」
マーケティング戦略はスタートアップ成功のカギ
スタートアップにおいて、マーケティング戦略は重要な役割を果たします。主な役割は、以下の3つです。
- 企業認知度アップを目指す
- 競争上の優位性確立や市場参入力の強化につながる
- 投資家の信頼を獲得できる
創業初期の企業では、製品やサービスの認知度向上が最優先課題となります。戦略的にマーケティングを活用することで認知度を上げることは、市場での競争優位性の確立へもつながるのです。
また投資家からの信頼を獲得することで、さらなる成長に向けた資金調達が可能となります。
こうした施策はデータに基づいて検証され、継続的に改善されなければなりません。マーケティング活動から得られるデータは、事業モデルの最適化や新たな市場機会の発見にもつながります。
つまり、マーケティング戦略は単なる販売促進ではなく、スタートアップの持続的な成長を支える重要な基盤となるのです。
日本マーケティング協会は2024年、マーケティングの定義を以下のように更新しました。
「(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」
これはスタートアップ企業が目指すべき方向性とも一致します。
マーケティング戦略は、単なる広告や宣伝に留まりません。従来は営業部門や広報部門の業務と考えられてきたマーケティングは、もはや企業全体で縦断的に網羅すべきタスクとなったのです。
社会的課題にいちはやく取り組み、イノベーションを起こすことを期待されるスタートアップにとって、顧客や社会のニーズと密着した価値創造としてのマーケティングは、重大な意味を持つのです。
参考:公益社団法人日本マーケティング協会「公益社団法人日本マーケティング協会が34年振りにマーケティングの定義を刷新」
スタートアップのためのマーケティング施策7選
スタートアップ企業が効果的なマーケティングを展開するには、様々な手法を適切に組み合わせることが重要です。ここでは、特に重要な7つの施策を紹介します。
有料広告の活用
検索連動型広告やSNS広告は、即効性の高い顧客獲得手段です。特に起業初期は、認知度向上と初期顧客の獲得に役立ちます。
ただし予算管理と効果検証を徹底し、投資対効果の高い施策に集中することが重要です。小規模なテスト運用から始め、成果を見ながら段階的に投資を拡大していきましょう。
ソーシャルメディアマーケティング
若者を中心に、幅広い顧客にアプローチできる手法です。顧客との直接的なコミュニケーションも可能になります。定期的な情報発信によりブランドの認知度向上と信頼関係の構築を図ることができるWebマーケティングの代表的な手法のひとつです。
一方で、近年では炎上トラブルも多発しています。運営にはリテラシーの徹底が必要です。
メールマーケティング
顧客との継続的な関係構築において、メールマーケティングは重要な役割を果たします。パーソナライズされたコンテンツ配信により、顧客の興味関心に応じた情報提供が可能です。また顧客セグメント別の反応分析を通じて、より効果的なコミュニケーション戦略の構築にもつながります。
検索エンジン最適化(SEO)
Webマーケティングにおいては、SEO対策が不可欠です。質の高いコンテンツ制作と技術的な対策を組み合わせることが、ロイヤリティの高いユーザーの獲得につながります。特にスタートアップにとって、長期的な視点での投資価値が高い施策です。
体験型マーケティングとゲリラ型マーケティング
製品やサービスの価値を直接的に伝える機会としては、体験型マーケティングも効果的です。話題性のある施策は、メディアやSNSでの拡散効果も期待できます。
限られた予算でも創意工夫によって大きな反響を得られることがメリットです。
パートナーシップと共同マーケティング
他社との協業によって、新たな価値創造と市場拡大を図る手法です。特に補完関係にある企業とのパートナーシップは、双方のリソースを活かした効果的なマーケティング活動につながります。
スタートアップにとっては、市場での信頼性向上にも有効な方法です。
マーケティングオートメーション
顧客対応や情報発信を自動化する方法です。リード育成や顧客フォローなどの反復的な業務を自動化することで、より戦略的な活動に注力できます。またデータの蓄積と分析により、継続的な施策の改善も容易になります。
これらの施策は企業の成長段階や目標に応じて適切に選択し、組み合わせることが重要です。さらに定期的な効果測定と改善を行うことで、より効果的なマーケティング活動の実現が可能となります。
スタートアップが知っておきたい2024年のマーケティング成功事例
スタートアップのマーケティングでは、すでに成功を収めた企業の事例を参考に戦略を練ることも有効です。マーケティングは時代の流れを汲み、ユーザーのニーズをいち早く取り入れることが重要になります。
日経クロストレンドでは、新しい市場やマーケティングの創造者を「志」「挑戦」「便益」「実行」「話題性」の5つで評価した「マーケター・オブ・ザ・イヤー」を公表しています。
ここでは2024年の大賞・優秀賞を中心に、マーケティングの最新成功事例をまとめました。最新のマーケティングをチェックし、スタ-トアップの戦略に活かしましょう。
①カルチュア・コンビニエンス・クラブ
SHIBUYA TSUTAYAは24年ぶりに全面リニューアルされました。地下2階から地上8階までの全フロアと屋上が、「推し活」に特化したコンテンツに統一されています。
同社では「結論を決めてから分解する」「徹底したリサーチで数字を洗い出す」の2つのアプローチを組み合わせ、仮説検証を繰り返しました。その結果、「本当に好きなものと出会える唯一無二の場所」という方向性が定まったのです。
従来の売り場面積を縮小し、体験型コンテンツとしての収益を柱とした施設は、「推しの館」として国内外からの注目を集めています。
②味の素冷凍食品
昨年、SNSでフライパンが話題になりました。「ギョーザが焦げ付き、フライパンに残ってしまう」という声に応え、味の素冷凍食品は全国から「焦げ付くフライパン」を集めたのです。
「冷凍餃子フライパンチャレンジ」と題されたこの試みはネット上で全過程が公開され、大きな反響を呼びました。最終的には3520個のフライパンが集まり、広報部門や成否化部門を巻き込んだ大きなプロジェクトとなりました。
成果として開発されたリニューアル品は2024年2月に発売され、同商品の新規顧客は前年同期の1.4倍に達しています
③ドン・キホーテ
ドン・キホーテでは2023年11月、公式アプリ「majica(マジカ)」の新機能として「マジボイス」が開始されました。これは顧客が商品を評価・レビューできる新サービスです。機能のひとつである「正直レビュー」は、開始から10カ月弱で累計70万件を超える商品評価を集めました。
正直レビューは「いいよ!」と「ビミョー」の商品評価グラフの一覧が見られるコンテンツです。同社は食品からシューズまで8万点以上を対象としたレビューで顧客の声を集め、商品改良に生かしました。現場からより進み、顧客に委譲しようという試みです。
参考:日経BPムック『最新マーケティングの教科書2025』
スタートアップのマーケティング戦略を成功させるポイント
効果的なマーケティング戦略では、最新のトレンドと実践的なアプローチが求められます。最新の成功事例からは、従来の常識にとらわれない革新的な手法が、市場での大きな成果につながっていることが明らかになりました。
ここでは成功事例をもとに、スタートアップ企業がマーケティングを成功させるためのポイントを解説していきます。
徹底的な顧客理解と市場分析
マーケティング戦略の第一歩は、顧客ニーズの掘り下げと徹底的な市場分析です。SHIBUYA TSUTAYAの事例では従来のスタイルにこだわらず、顧客や市場のニーズを的確にとらえた分析が印象的でした。
特にスタートアップ企業では限られた経営資源を効果的に活用するため、市場調査や顧客分析を通じた明確な価値提案の確立が求められます。これは単なるデータ収集ではなく、市場における自社の独自性を見出し、それを事業戦略に反映させるプロセスです。
顧客理解の深化は製品開発からマーケティング施策まで、事業全体の方向性を決定する重要な基盤です。また変化する市場の動向を追うことは、社会の関心や課題を洗い出すことにもつながります。
ターゲット層の趣向と社会の動きを組み合わせて考察することで、より深い分析が可能となるのです。
課題解決の過程を可視化する
近年、ユーザーの興味は「購入・所有」から「体験・参加」へ移行しつつあります。味の素冷凍食品の事例は顧客の不満や課題に真摯に向き合い、その解決過程を公開することで大きな反響を得ました。利用者から集めたフライパンをネット上で公表することで、当事者意識を高めることに成功したのです。
スタートアップ企業にとって、知名度を高めるためにも、ユーザーによる拡散は重要な役割を果たします。特にSNS世代にとって、ネット上の話題は身近なものです。市場での影響力がまだ弱い起業にとって、顧客を巻き込んだマーケティング戦略は重要な役割を果たします。
また過程の可視化は、企業の誠実さと専門性を示すと同時に、顧客との対話を促進し、製品やサービスの改善にもつながります。課題解決までのストーリーを効果的に伝えることは、ブランド価値の向上にも大きく貢献するのです。
顧客の声を活用した価値創造を目指す
顧客からのフィードバックを製品開発やサービス改善に活かすことは、現代のマーケティング戦略において不可欠な要素です。ドン・キホーテの事例が示すように、顧客の声を積極的に集め、それを具体的な改善に結びつけることで、商品やサービスの価値を高めることができます。
重要なのは集めた意見を分析し、実際の改善に反映させる仕組みづくりです。スタートアップ企業では早い段階から、顧客のニーズを汲み上げ、迅速に事業に反映させることが求められます。顧客の声を活用した価値創造は、競争優位性の確立と持続的な成長にもつながります。
双方向のコミュニケーションを通じて、市場のニーズにより適合した製品やサービスの提供が可能になるのです。
確実な実行力を確保する
マーケティング戦略の成否を決めるのは、最終的には実行力です。市場分析や顧客理解に基づいて立案された戦略も、確実な実行なくしては成果を上げることはできません。
実行段階では明確な目標設定と、達成に向けた具体的な行動計画が重要です。また進捗状況を定期的に確認し、必要に応じて戦略を修正する柔軟性も求められます。
スタートアップ企業では限られた人材とリソースを最大限に活用するため、優先順位を明確にし、段階的に施策を展開することが効果的です。
同時に市場の反応を見ながら迅速に対応を変更できる機動力も必要です。確実な実行力は計画を現実の成果へと転換する重要な要素となります。
Webマーケティングも重要
スタートアップ企業にとってWebマーケティングは、最小限のコストで最大限の効果を得られる重要な戦略のひとつです。
Webマーケティングにはさまざまな要素が含まれますが、特に自社の専門性や知見を活かしたオウンドメディアは潜在顧客との重要な接点となります。メディアを通じて製品・サービスの価値や企業としての考え方を発信することで、ブランド構築の基盤を作ることも可能です。
またデジタル広告は、ターゲット顧客に直接リーチできる効果的なツールになり得ます。リスティング広告やSNS広告は、費用対効果を測定しながら柔軟に予算配分を調整が可能です。
ユーザーにとってWebは最も身近なツールのひとつです。積極的にマーケティングに活用しましょう。
スタートアップのマーケティング戦略を解説しました
マーケティング戦略は、単なる宣伝活動ではありません。顧客や社会とともに価値を創造し、その価値を市場に浸透させるプロセスです。マーケティング戦略の成功事例では、いずれも確かな技術力や独自の強みを基盤としながら市場のニーズを的確に捉え、社会課題の解決に貢献する姿勢が読み取れます。
スタートアップ企業には、時代の流れを引率するイノベーションを起こすことが期待されています。顧客や社会とともに価値を創造し、より豊かで持続可能な社会への貢献を目指しましょう。