株式交付信託とは?
株式交付信託とは企業が信託制度を利用し、自社の株式を役員・従業員へ給付する制度です。導入企業は金銭を介して保有する株式を信託機関へ預け、一定の条件を満たした従業員に対して、信託を通じて自社株式を給付する仕組みとなっています。
同制度を導入すれば役員や従業員へ、業績連動型のインセンティブ付与を提供することが可能です。人材のモチベーション向上・長期勤続・離脱防止・人材獲得といった、さまざまな恩恵を得ることができます。
日本国内において株式交付信託は、信託法や会社法といった法的基盤が整備されており、透明性・安定性・信頼性が確保されているのが特徴です。
株式交付信託の仕組み
ここから株式交付信託の仕組みを詳しく説明していきます。一般社団法人信託協会は、株式交付信託の仕組みを以下のように定義しています。
1. 導入企業[委託者]は、一定の業績ポイント(※)を有する従業員[受益者]に対して、信託を通じて自社株式を給付することを定めた社内規程を制定します。※業績ポイント:従業員[受益者]の勤続や会社業績への貢献度に応じて付与するポイントのこと。
2.導入企業[委託者]は信託銀行等[受託者]との間で信託契約を締結し、金銭を信託します。
3.信託銀行等[受託者]は、信託した金銭を原資として、株式市場から導入企業[委託者]の株式を取得します。
4.信託管理人(多くの場合、従業員の中から選任)が株式の議決権行使の指図を行います。
5.従業員[受益者]は、業績への貢献度等に応じて業績ポイントを受け、所定の時期までに、自社株の交付を受ける意思表示を行い、業績ポイントに応じた信託受益権を取得します。
6.信託銀行等[受託者]は、従業員[受益者]に対し自社株を交付します。
7.信託が終了するまで、一定期間ごとに上記3. から6. までを繰り返します。
引用:一般社団法人信託協会 株式交付信託 仕組み
株式交付信託とその他株式報酬制度の特徴
スタートアップがインセンティブに活用できる制度には、株式交付信託を含めると数多くの種類があります。
- 株式交付信託・業績連動型株式(PS)
- 譲渡制限付株式(RS)
- ストックオプション(SO)
- 業績連動型株式ユニット(PSU)
- 譲渡制限付株式ユニット(RSU)
- ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)
- ファントムストック
下記の記事では、上記の各制度の概要と特徴について網羅的に解説しております。よろしければ合わせてご覧ください。
<関連記事>譲渡制限付株式報酬とはどんな制度?メリットや導入手順を解説
株式交付信託の種類
株式交付信託には下記のとおり、さまざまな種類があります。
従業員持株制度(ESOP)信託
従業員持株制度(ESOP)信託は従業員に対する株式報酬やインセンティブとして、広く活用されている信託スキームです。アメリカ発祥の本来のスキームは退職金や年金として活用されていましたが、日本版ESOPでは従業員と会社の共栄を目指す点が特徴です。
- 目的:役員や社員のモチベーション向上、優秀な人材の確保・定着。
- 仕組み:企業が株式を信託し、業績や貢献度に応じて社員に交付。
- メリット:将来的な利益共有を可能にし、社員の帰属意識を高める。
従業員持株制度(ESOP)信託は特にスタートアップやIT企業など、競争の激しい業界での活用が進んでいます。
株式給付信託(BBT)
株式給付信託(BBT)は取締役や役員へのインセンティブ付与のため、株式報酬制度として利用される信託スキームです。業績連動型の株式報酬制度の一種に分類されます。
- 目的:経営陣のパフォーマンス・責任感の強化、企業価値向上の促進。
- 仕組み:会社が拠出する金銭を原資に信託銀行が自社株式を取得し、役員に給付。
- メリット:役員のパフォーマンスを高め、企業価値と利益の連動を強化。
株式給付信託(BBT)は経営陣のパフォーマンスが重視される上場企業やIPO準備中のスタートアップで多く採用される傾向にあります。
役員報酬BIP信託
役員報酬BIP信託は取締役や役員へインセンティブ付与を目的に利用される、株式報酬制度を基本とした信託スキームです。役員の業績や長期的な貢献に応じて自社株式を交付します。
- 目的:経営陣の責任感強化や企業価値向上を促進。
- 仕組み:取締役等の役位等に応じて、在任時または退任時に自社株式や自社株式の換価処分金相当額の金銭を交付。
- メリット:役員のモチベーションを高め、企業価値と利益の連動の長期化を図る。
役員報酬BIP信託は上場企業やIPO準備中のスタートアップなど、役員のコミットメントが特に重要な企業で採用されています。
スタートアップが株式交付信託を導入するメリット
スタートアップが株式交付信託を導入すれば、さまざまなメリットを得ることができます。
柔軟に報酬プランを設計できる
株式交付信託では信託機関を通すことで、株式の現物ではなくポイントの付与で報酬内容を調整できるため、柔軟に報酬プランを設計できることが大きなメリットです。例えば下記のようなイメージです。
- 業績への貢献度合いに応じて付与するポイントを決定できる
- 所持ポイントに対して交付する株式数を決定できる
- 株式と現金を組み合わせて報酬を支給することもできる
自社の目標や方針に沿って自由度の高いインセンティブ制度を設計できるため、効率性・効果性に優れた特徴があります。
自社の事務負担を軽減できる
株式交付信託では株式の取得・対象者のポイント管理・株式交付といった煩雑な業務は、契約に基づき信託機関が請け負います。自社運用のインセンティブ制度のように、煩雑な事務作業を自社で行う必要が無いため、負荷を軽減して効率的に行うことが可能です。
インセンティブ制度により自社のパフォーマンスを向上させるのは効果的な施策ですが、制度運用に負担がかかってリソースを奪われる事態は好ましくありません。特にスタートアップは人員とリソースが限られているため、株式交付信託により少ない負担でインセンティブ付与を強化できるメリットは大きいでしょう。
自社の信頼性を向上できる
株式交付信託は信託法・会社法といった法基盤のもと、信託機関を通じて堅実性高く行われるため、非常に信頼性・透明性が高い制度です。導入を行うことで自社のコーポレートガバナンスの強化にも寄与し、企業としての信頼性を向上させることができます。
また配当を適切かつ安定的に分配でき、株式を付与した役員・従業員の満足度や自社に対する信頼性も向上させることが可能です。
対外的にも企業としての信頼性をPRできるため、資金調達・人材獲得・上場審査などの重要な局面でも有効に作用し、企業成長の加速が期待できます。
スタートアップが株式交付信託を導入するデメリット
スタートアップが株式交付信託を導入する際には、デメリット面にも注意しておく必要があります。
信託管理手数料の負担
株式交付信託の導入・交付は下記のように、さまざまなコストがかかる点がデメリットです。
初期手数料
信託機関へ支払う、信託スキームの設計や契約に伴う初期費用。
信託管理手数料
信託機関が株式を管理・交付するための費用。信託契約の開始から終了まで、信託報酬や信託管理人報酬が発生し続ける点に注意。
一般的に初期費用は委託者となる企業へ請求され、信託管理手数料は毎年の信託財産から控除されます(契約内容によっては企業が直接負担する場合もあります)。
予想外のコスト負担は株式交付信託の交付に支障が生じる可能性があるため、事前に見積もっておくことが重要です。
元本および利息は保証されない
株式交付信託は元本・利息は保証されないことから、信託財産に損失が生じるリスクがある点がデメリットとして挙げられます。信託した株式は市場価格の変動の影響を受ける証券であり、預金保険や投資家保護基金の対象外となるためです。
一般的な株式や投資信託への投資と同様のリスクが伴い、結果次第で株式の価値は上がることもあれば下がることもあります。
安易に導入すると損失が生じるリスクも高まるため、あらかじめ目的に応じたスキーム設計やリスク管理を慎重に行っておく必要があるのです。
契約にリスクが伴う
株式交付信託契約は契約に定める場合を除き、原則として途中解約はできません。そのため、下記のような契約に伴うリスクを慎重に検討する必要があります。
価格変動リスク
市場価格の変動の影響を受け、損失が生じる可能性がある。
信用リスク
株式交付信託では自社株式を扱うため、発行元である自社の経営状況・財政状況の悪化により価格が下落する恐れがある。
流動性リスク
株式交付信託で付与された株式は、必ずしも希望する時期や価格で売買できるとは限らない。
リスクを加味したうえで信託機関と契約するようにしましょう。
株式交付信託を導入するステップ
株式交付信託は、一般的に下記のステップで導入を進めます。
1.導入目的の明確化
まずは目的を明確化することが重要。「社員インセンティブ」「人材確保」「資金調達」「株主還元」など、自社が必要とする目的を設定する。
2.スキームの設計
「対象者」「株式数」「条件」「信託期間」を設定し、自社の目的にあった実現可能なスキームを設計。信託スキームは難解であるため専門家の支援が必要。信託銀行・法務アドバイザー・税務アドバイザーと連携し、契約内容・リスクを確認する。
3.決議を得る
株式交付信託の導入に係る取締役会決議及び、株主総会における役員報酬に係る株主総会決議を得る必要がある。報酬上限などを定める。
4.株式交付規程の制定
一連の決議を経てから、取締役会において株式交付規程を制定する。
5.信託契約を締結
信託機関を選定し、契約を締結。事前に契約内容を慎重に精査し、リスクや不備が無いかを確認する。
6.株式交付信託の取得・付与
企業は株式の取得のための金銭を信託機関に拠出し、信託機関は信託された金銭を原資として、その企業の株式を市場から取得する。信託管理人が株式の議決権行使の指図を行う。従業員は業績ポイントを受け、所定の時期までに、自社株の交付を受ける意思表示を行い、業績ポイントに応じた信託受益権を取得する。
6.成果の評価・設計の見直し
結果を評価し必要に応じてスキームの見直しを行う。今後実施する次期スキームがより良い効果に繋がるように準備を進める。
株式交付信託の会計処理と税務処理
株式交付信託の導入後は適切な会計処理・税務処理を行う必要があります。
株式交付信託の会計処理
株式交付信託の導入は企業会計基準に従い、下記のような会計処理を行う必要があります。
信託拠出時
- 処理内容:信託機関に資金を拠出。貸借対照表に信託口を計上。
- 記載例(単位:千円):信託口1,500、現預金1,500
自己株式譲渡時
- 処理内容:信託に自己株式を譲渡。処分価格と簿価の差額を処分差益として計上。
- 記載例(単位:千円):現預金1,500、自己株式1,300、自己株式処分差益200
ポイント付与時
- 処理内容:各期末に付与ポイントに応じた株式報酬費用を計上。
- 記載例(単位:千円):株式報酬費用500、引当金500
株式交付時
- 処理内容:信託契約終了後に株式を対象者へ交付。引当金を取り崩す。
- 記載例(単位:千円):引当金1,500、自己株式1,500
信託期間が延長される場合もしくは終了日が未定の場合は、引当金への繰り入れ処理を継続し続けます。
株式交付信託の税務処理
株式交付信託の税務処理については、受益者の存在有無により税務処理が異なるため注意しましょう。
受益者がいる場合
受益者がいる場合は権利付与時・株式付与時・株式売却時の3つのタイミングで、下記のように異なる処理を行う必要があります。
- 権利付与時:対象者へ株式交付信託のポイントを付与した時点。この時点では課税はされない。
- 株式付与時(信託終了時):株式の交付を受ける権利確定日。受益対象者が在職中であれば給与所得、退職後であれば退職所得として課税される。
- 株式売却時:権利確定時の時価を取得価額とし、譲渡価額との差額が譲渡所得となる。譲渡所得に対して譲渡益課税が課税される。
受益者がいない場合
対象者が誰も権利を付与されていない段階では、受益者が存在していないため、受託者である企業が法人課税信託に該当し、法人税を納付する必要があります。
株式交付信託を導入する際のポイント・注意点
株式交付信託の導入プロセスは複雑であるため、下記のポイント・注意点に留意しましょう。
目的に合ったスキームを選択する
株式交付信託は目的に合ったスキームを選択しないと、期待した成果を得られない場合がある。導入目的を明確にして目的に合ったスキームを選択すること、適切な交付計画を作成することがポイント。導入後も目的に沿って交付されているかを定期的に確認する。
コスト・資金計画を慎重に確認しておく
株式交付信託の導入には初期費用・維持費など、さまざまなコストがかかる。コスト負担が経営に及ぼす影響を考慮し、事前に資金計画を精査しておくことが重要。
全てのコストを明確化し契約内容や株式交付信託制度の柔軟性も検討したうえで、信託銀行と契約する。
リスクへの対策が必要
株式交付信託は有用性の高い制度だが、財政状況の悪化・市場価格の変動に伴い、信託財産に損失が生じるリスクがある。資産や負債が課税対象となり税務処理も複雑となるため、不適切な税務処理を行ってしまう可能性がある。事前に影響範囲を確認し、適切なリスク対策を行っておくことが重要。
株式交付信託の導入事例
スタートアップ企業である株式会社A社では、社員全員が会社への帰属意識を高め、一丸となって業績や株価の向上に寄与することを目的に、インセンティブ制度の導入を決定。
長期的なコミットメントと企業の成長を両立する仕組みとして、株式交付信託を採用し、社員のモチベーション向上と企業価値の向上を目指しました。
導入にあたり社員のポジションや業績の多寡に応じてポイントが付与され、一定の基準に達した社員には株式が交付される仕組みを設計。この方式の制度を導入することで、社員一人ひとりが会社へ貢献する意識と仕事に対する満足度を高め、持続的な業績向上・企業価値向上を実現することができました。
株式交付信託を最適なプランで導入して自社の成長に役立てよう!
株式交付信託はスタートアップ特有のさまざまな課題を解決するための有力な手段です。適切なスキームを設計することで、役員や社員のモチベーションの向上・人材の確保と定着・株主からの信頼獲得など、さまざまなメリットを得ることができます。
制度を導入するのであればコストやリスクを適切に管理し、厳密なルールのもと透明性のある交付を行うことが成功のポイントです。自社に最適な株式交付信託を導入し、組織全体を活性化して目標達成やビジネスの成長を加速させましょう。