バリュエーションとは
自社の状況に合うバリュエーションを行ううえでは、最初にこの概念の意味や目的などを理解しておく必要があります。ここではまず、以下の3項目を通してスタートアップ企業にとってのバリュエーションがどういうものかを確認しましょう。
- バリュエーションとは何か
- バリュエーションと時価総額・事業価値の違い
- バリュエーションの目的と役割
- バリュエーションが必要になる場面
- バリュエーション計算の担当者
- バリュエーションにおける代表的な3つの計算方法
バリュエーションとは何か
バリュエーションとは、会社の利益・資産・株価などから「企業の価値」を評価することです。バリュエーションの英語表記は「valuation」であり、日本語では「企業価値評価」と呼ばれています。
バリュエーションと時価総額・事業価値・企業価値の違い
バリュエーションに関する知識を深めるうえでは、時価総額・事業価値・企業価値の違いも理解しておく必要があります。
時価総額とは、いわゆる株式価値のことです。具体的には、発行済み株式の総額になります。時価総額と企業価値の大きな違いは、負債が含まれているかどうかです。
時価総額の場合、「総株式数×株価」で計算するため、そこに負債が含まれることはありません。一方で企業価値では、企業「全体」の価値をあらわすことから、負債も含めて計算します。
次に事業価値は、事業活動を通じて生み出される価値の総称です。事業で使われる運転資本に加えて、有形固定資産と無形固定資産に相当する価値を指す概念になります。企業価値が「会社全体」の価値をあらわすのに対して、事業価値は「事業に関する資産だけ」に限定されるものです。
バリュエーションの目的と役割
バリュエーションを行う目的は、企業の投資(融資)やM&Aなどの案件において、相手方との価格交渉や意思決定の判断をスムーズかつ有利に進めるために「企業の価値」を知る必要があるからです。
たとえば、企業のスタートアップ期は、これから事業や組織を成長させる目的から、金融期間や投資家を通じた資金調達の必要性が高い時期になります。
スタートアップ期に資金調達などを効率よく進めるには、自社の価値をあらわすバリュエーションを高めて、「この企業にぜひ融資(投資)を行いたい」と投資家や金融機関などが判断できる状況を構築する必要があるでしょう。
また、たとえばM&Aの案件では、企業売買の価格交渉ポイントを事前に把握するうえで、理論的な株式価値を把握することが重要です。
ただし、詳しくは後述しますが、バリュエーションは「高ければ高いほど良い」というものでもありません。堅実な企業経営を中長期的に進めるうえでは、適切なバランスをとり続けることも大切になります。
バリュエーションが必要になる場面
企業価値の評価は、市場株価がある上場企業と非上場企業とでは、必要な調査・算定内容が大きく異なります。市場株価を持たない非上場企業の場合、以下のシーンで株式価値の評価が必要になることが多いでしょう。
- 事業継承で株式譲渡する場合
- M&Aを実行する場合
- ストック・オプションを発行する場合
- 自己株式の取得や増資などの資本取引をする場合
- 遺産相続で株式取得をする場合
- 組織再編で合併比率の算定等をする場合
バリュエーション計算の担当者
バリュエーション計算は、多くの場合、公認会計士・税理士・M&Aアドバイザーなどの専門家に依頼をするものです。これらの専門家は、その企業の現状や実施したい手続きに合う計算方法を選択してくれます。経営者などが自分で行う必要はありません。
しかしたとえば、スタートアップ企業が自社の資金調達をサポートする専門家と打ち合わせなどをするうえでは、経営者自身がバリュエーションの計算方法の概要を知っておいたほうが、建設的な話を進めやすくなるでしょう。
バリュエーションにおける代表的な3つの計算方法
バリュエーションの計算方法には、さまざまな種類があります。なかでも、一般的によく使われるものは以下の3つです。ここからは、各アプローチの考え方・特徴・メリットと注意点、計算方法の概要を解説しましょう。
- インカム・アプローチ
- コスト・アプローチ
- マーケット・アプローチ
インカム・アプローチの特徴と計算方法
インカム・アプローチは、企業の将来における現金の流れ(キャッシュフロー)や収益予想を評価指標とするアプローチです。以下の流れで特徴や計算方法を見ていきましょう。
- インカム・アプローチの主な魅力とメリット
- インカム・アプローチの注意点
- インカム・アプローチの代表的な計算方法
インカム・アプローチの主な魅力とメリット
インカム・アプローチの大きな魅力は、企業の将来性やシナジー効果といった現時点では不確定な要素も計算に含められる点です。この特徴から、上場企業同士のM&Aなどでもインカム・アプローチがよく選択される傾向があります。
また、仮にスタートアップしたばかりであまり利益が出ていない状況でも、その業種や事業に将来性が著しく高いなどの背景があれば、高い評価を受けられるかもしれません。
逆にいうと、スタートアップしたばかりにも関わらず急成長するベンチャー企業などの場合、過去の実績が少ないことから、インカム・アプローチ以外での評価は難しくなります。
インカム・アプローチによる評価は、スタートアップ企業やM&Aのほかに、不動産売買や事業の投資判断でもよく用いられます。
インカム・アプローチの注意点
インカム・アプローチの注意点は、近年のように想定外の出来事が次から次へと起こるVUCA時代などでは、各企業の将来予測も著しく難しくなることです。
特にたとえば、コロナショックが起きた2020年頃のように、世界の誰もが先のことを見通せない状況では、「このサービスは絶対に急成長する!」といった評価も客観性が低く、説得力を持たないとみなされてしまうかもしれません。
なお、インカム・アプローチによる評価は、その企業が存続することが前提となります。
現時点で倒産寸前であったり、将来的に廃業の予定や可能性がある場合、後述するほかのアプローチ方法を選択したほうが堅実でしょう。
インカム・アプローチの代表的な計算方法
インカム・アプローチの主な計算方法には、以下の3つがあります。ここでは、各概要を紹介しましょう。
- DCF法(ディスカウンティドキャッシュフロー法)
- 収益還元法
- 配当還元法
DCF法(ディスカウンティドキャッシュフロー法)
インカム・アプローチのなかで最も多く選択されている方法です。DCF法では、企業が将来的に獲得すると予想される利益・キャッシュフローをもとに、企業価値を計算します。
DCF法の特徴は、数あるキャッシュフローのなかで「フリーキャッシュフロー(FCF)」をベースに算出する点です。フリーキャッシュフローとは、企業が自由に使えるお金になります。具体的には、ビジネスなどで得た資金から月々の返済や設備投資の費用などを差し引いたお金です。
DCF法による企業価値は、予想される将来的なフリーキャッシュフローの割引率に1を足した数字に対して、年数をべき乗した数字で割る方法で算出されます。DCF法を採用する場合、最低でも3〜5年の信頼できる事業計画が必要です。
収益還元法
収益還元法は、企業が将来的に生み出すと予想される収益を現在価値に変換することで企業価値を評価するものです。収益還元法では、企業価値を「平均収益/資本還元率」という簡単な計算式で評価します。
ここでいう資本還元率は、対象企業の調達金利や市場金利に対して、企業をとりまく危険率を考慮した数字です。
収益還元法は、先述のDCF法と比べてシンプルであるため、企業価値の試算で用いられることが多い傾向があります。ただし、精度はあまり高くありません。どちらかといえば収益の変動が小さい企業や業態向けの方法です。急成長するベンチャー企業などにも不向きでしょう。
配当還元法
配当還元法は、非上場企業の株式における配当のみをベースに価値を算定するものです。
具体的には、過去2年間の配当額から将来の配当額を予想し、そこから元本である株式の価値を計算していきます。
配当還元法は、「配当のみ」に着目することから、インカム・アプローチのなかでも少し特殊な存在です。事業のシナジー効果を求める一般的なM&Aなどでは、ほとんど使われません。一方で、少数株主の株式価値を算出する際には、有効性が高い方法となります。
コスト・アプローチ(ネットアセット)の特徴と計算方法
コスト・アプローチは、企業の貸借対照表における純資産に着目して企業価値を算出する方法です。ネットアセット・アプローチと呼ばれることもあります。以下の流れで特徴や計算方法を見ていきましょう。
- コスト・アプローチの主なメリット
- コスト・アプローチの注意点
- コスト・アプローチの代表的な計算方法
コスト・アプローチの主なメリット
コスト・アプローチは、自社が保有する資産および負債の価値を明確にするうえで優れた方法です。目に見える数字(資産・負債)をベースに算出を行うため、たとえば将来への期待度や予想を加味するインカム・アプローチと比べて、客観性が高い利点もあります。
M&Aなどの際には、売り手と買い手の交渉で用いる買収価格の目安を考えるうえで選択されることが多いです。
コスト・アプローチの注意点
コスト・アプローチは、現状の資産・負債をベースに算出する特徴から、事業の将来性や業績などを評価に反映することができません。それはつまり、たとえば「人工知能」のような世界的に著しい成長・変化を続ける分野には、適さない方法であることを意味します。
コスト・アプローチの場合、企業が保有するすべての資産・負債を調べることが必要です。資産の種類や数が多い場合、ほかの手法と比べて評価時間やコストがかかる可能性が高いでしょう。
コスト・アプローチの代表的な計算方法
コスト・アプローチでは、主に以下の3方法で計算が行われます。各特徴を見ていきましょう。
- 簿価純資産価額法
- 時価純資産価額法
- 時価純資産+営業権法
簿価純資産価額法
簿価純資産価額法は、企業の帳簿に記載された資産と負債をベースに算出を行う方法です。具体的には、帳簿上の資産合計から負債合計を差し引くことで算出された純資産額を株式価値とみなします。
簿価純資産価額法のメリットは、帳簿上の数値のみに着目するため、数値の客観性が担保できる点です。計算式がシンプルであることから、算定しやすい利点もあります。
ただし、帳簿から算出した金額と未決済の金額に乖離のある「含み益」や「含み損」が生じている場合、その客観性は著しく低下する可能性が高いでしょう。
時価純資産価額法
時価純資産価額法は、簿価純資産価額法の問題を解消できるものです。時価純資産価額法では、企業の資産・負債を時価に置き換えて計算します。時価に置き換えられる項目には、以下のように多彩な種類があります。
資産
- 【売掛金・受取手形】置き換えポイント:簿価から回収不能価額を減額します。
- 【有価証券】置き換えポイント:時価換算の方法は、証券の種類ごとに異なります。たとえば、上場株式は市場価格に修正されますが、それが非上場株式の場合は簿価をそのまま利用するなどです。
- 【棚卸資産】置き換えポイント:たとえば、滞留品やブームが終わった商品などは、在庫分が簿価から差し引かれます。
- 【有形固定資産(土地・建物など)】置き換えポイント:不動産鑑定で評価証明を取得します。時価では価値がつかない場合、廃棄処分代などからの評価が必要です。
負債
- 【未払給与・未払残業代】置き換えポイント:評価時点で帳簿記載がないものは、時価負債の一部として評価します。
- 【退職給与引当金】置き換えポイント:確定金額を時価評価します。仮に、M&Aでの売却側を前提とする場合は会社都合要支給額、買収側が前提の場合は自己都合要支給額とすることが必要です。
- 【偶発債務】置き換えポイント:将来の訴訟リスクなどを考慮した評価が必要です。
時価純資産価額法の利点は、帳簿上の資産および負債を上記のように時価修正することで、現状を考慮した時価純資産が算出できることです。
ただし、既存の資産・収益だけに着目している点では、先述の簿価純資産価額法と同じになります。将来の収益性などは一切評価されません。
時価純資産+営業権法
先述の時価純資産に、いわゆる「のれん」と呼ばれる営業権を加算したうえで、価値を算出する方法です。営業権とは、企業が収益を出し続けるために重要となる以下のような無形固定資産の総称になります。
- 会社のノウハウ
- ステークホルダーとの関係性
- 顧客リスト
- ブランド
- 特殊技術
- 駅前の好立地 など
営業権の算出では、主に超過収益還元法と年倍法が使われることが多いです。
超過収益還元法は、企業の収益から期待収益を超える分を差し引いた超過収益を算出します。そのうえで、その超過収益を持続可能な年数分の営業権として時価の純資産に加える考え方です。これに対して年倍法は、企業収益の数年分を営業権として加算するシンプルな方法になります。
時価純資産+営業権法のメリットは、企業の超過収益力とも言える営業権にフォーカスすることで、将来の企業価値を加味できる点です。中堅・中小企業のM&Aなどでもよく選択される方法になります。多くの無形固定資産に注目する場合、調査や計算の手間がかかる点がデメリットになるでしょう。
マーケット・アプローチの特徴と計算方法
マーケット・アプローチは、自社と似た事業を行う上場企業や過去に行われた類似のM&A市場の事例などから、企業の価値を相対的に算定する方法です。以下の観点で特徴を見ていきましょう。
- マーケット・アプローチの主なメリット
- マーケット・アプローチの注意点
- マーケット・アプローチの代表的な計算方法
マーケット・アプローチの主なメリット
マーケット・アプローチの魅力は、株式市場やM&A市場における同業他社の価格動向をベースにすることから、客観性が高い手法として定評があります。
基本は相対的評価であるため、同業他社や業界全体の売買価格といったすでに公開されている情報を使うことで、他の手法と比べるとスピーディーな評価を低コストで行えることが多いでしょう。
マーケット・アプローチの注意点
マーケット・アプローチの注意点は、各市場の類似企業にも自社と異なる側面がある点です。
たとえば、自社と同じ商品・サービスを提供する類似企業であったとしても、成長ステージ・事業を行う場所・人的リソースなどの無形固定資産のボリュームに着目すると「大きく違う」という判断になるかもしれません。。
類似企業が見つからない場合、マーケット・アプローチは適用できなくなります。
また、マーケット・アプローチには、市場の影響を受けやすい特徴もあります。たとえば、自社が事業を行う業界全体が低迷している場合、そのなかで仮に自社だけが成長していても、市場全体がもたらす低評価の影響は避けられないでしょう。
マーケット・アプローチの代表的な計算方法
マーケティング・アプローチで主に使われるのは、以下の3つの方法です。各特徴を見ていきましょう。
- 市場価額法(市場株価法)
- 類似業種比準法(類似業種比較法)
- 類似会社比準法(マルチプル法)
市場価額法(市場株価法)
市場価額法とは、上場企業の株価をもとに企業価値を評価するものです。株価の場合、急激な変動が生じることがあるため、多くの場合、数ヵ月間の平均株価で評価を行います。
仮に、調査期間内の株価変動が著しい場合は、その原因を含めた調査が必要です。こうした特徴から、株式交換比率や上場企業同士の合併比率を算定する際に選択されることが多くなっています。
類似業種比準法(類似業種比較法)
類似業種比準法は、国税庁が租税法上の公平さを保つ目的で採用している方法です。類似業種比準法による評価で用いるのは、1株あたりの配当金額や類似業種の株価をもとにした国税庁のロジックになります。
類似業種比準法がよく使われるのは、グループ内企業間の相続・贈与時に「株価の悪質な操作などで不正な利益を得ていないか?」といった株式評価をするときなどです。
類似業種比準法のデメリットは、マーケット・アプローチにおけるほかの手法と比べると、利用用途がかなり限定されてしまう点になるでしょう。
類似会社比準法(マルチプル法)
類似会社比準法は、対象企業と似た上場企業の指標を通じて、自社の株式価値を算出するものです。類似会社比準法には以下のような種類があります。
- 【PBR法】株価を1株あたりの純資産額で割って算出するもの。容易に算出できることから、簡易的なスクリーニングをかける際に有効。
- 【PER法】類似上場企業のPER(株価利益率)と比較をして、自社株価の割高・割安を判定するもの。簡単に算出できるが、事業活動と無関係な数値の影響を受けやすい。
- 【EBITDA法】支払利息・税金・減価償却費の3つを排除した利益(EBITDA)を価値評価に用いるもの。マーケット・アプローチのなかで最も公平性が高い。
スタートアップ企業がバリュエーションを高める方法
ここまで紹介したとおり、バリュエーション評価につながる計算方法には、さまざまな視点があります。スタートアップ企業が資金調達などを目的にバリュエーションを高めるうえでは、事業を通じて以下のような状態をつくることが大切です。
- 生産性が高い
- 成長率が高い
- 市場シェアが高い
- 競合との差別化ができている
また、事業をするなかで上記の好循環が起こり続けるようにするためには、バリュエーションとは直接的な関係が薄いようにも感じられる以下の要素にも力を入れる必要があるでしょう。
- MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を浸透させる
- ビジネスモデルを確立する
- 自社に合う人材の採用・教育が成功する仕組みをつくる
- ステークホルダーから信頼される会社をつくる など
スタートアップ企業におけるバリュエーションの注意点
バリュエーションが自社の企業評価だとすれば、それらは「高ければ高いほど良い」ように感じられるかもしれません。しかし、等身大の自社に対してバリュエーションがあまりに高すぎた場合、世間や投資家の期待度が上昇することで、企業経営に悪影響が生じることがあります。
たとえば、高いバリュエーションによって資金調達などに成功し、事業の成功・成長から社会的な人気や注目度が高まったと仮定します。仮にそこで自社の成長が止まると、自社に期待をしてくれたステークホルダーを落胆させることになるかもしれません。
また、仮に高いバリュエーションで第1回目の資金調達ができた場合、第2回目は「1回目よりさらに成長しているはずだろう」という想定から、さらに高いバリュエーションが求められることが多くなります。
したがって、スタートアップ期からあまりにバリュエーションを高めすぎた場合、それ以降の経営に負担がかかることがあると考えたほうがよいでしょう。自社のバリュエーションを高めるうえでは、現実との乖離が大きくなりすぎないバランスを意識することも大切になります。
バリュエーションの計算方法について解説しました
今回は、スタートアップ企業の資金調達などでよく使われる3つのバリュエーション方法を紹介しました。自社に適した計算方法は、バリュエーションを行う目的や企業・業界の成長性などによっても異なります。
また、投資家や金融機関などからの融資を繰り返し受けるうえでは、バリュエーションを高めすぎないことも大切です。専門家と相談しながら、中長期的な視点で自社の価値を高めるバランス感覚も大切にしたほうがよいでしょう。